ダライ・ラマ法王の事務所が閉鎖! 中国の圧力?…カトマンズの話だけど
ネパールの首都カトマンズにあるダライ・ラマ代表部事務所とチベット難民福祉事務所(TRWO) がネパール政府によって閉鎖された。
40年以上も活動を容認してきたネパール政府が今になって急に「正式な許可がないから閉鎖」なんて言い出したのは、ネパールをじわじわと取り込んできた中国の圧力のせい、と勘ぐられて当然だ。
国内での報道はAFP-時事の「ダライ・ラマ代表事務所2カ所を閉鎖=ネパール」(1/28)。
2/1のサンケイ新聞に記事が出た(←この部分2/1追記)
中国圧力? ダライ・ラマ亡命政府事務所に閉鎖通告
http://www.sankei.co.jp/news/050201/kok047.htm
欧米での記事は例によって、まことさんのブログ「北朝鮮・チベット・中国人権ウォッチ−東北アジアの全ての民衆に<人権>の光を!」にいくつか翻訳が掲載されている。
ダライ・ラマ代表部事務所「中国がオフィスを閉鎖するようネパールに圧力を掛けた」と主張/アメリカ「深刻な懸念」を表明(ラジオ・フリー・アジア 05.01.29)
http://watch.blogtribe.org/entry-ff477826599cb8279ecd1db7d3c9e7c0.html
ネパール政府、カトマンズのダライ・ラマ関連施設を閉鎖(AFP 05.01.28)
http://watch.blogtribe.org/entry-ed02c0bb028b2d3e484c217848660330.html
チベットを逃れる難民たちのほとんどは、ヒマラヤを越えてネパールを目指す。
山中でネパール兵にワイロを払って見逃してもらったりしてカトマンズにたどり着き(たどり着けない者も多いだろうが)、受け入れセンターに収容され、国連の難民高等弁務官事務所(UNHCR)によって難民であるという法的身分が与えられてはじめて一息つくことができる。
このUNHCRの業務を実際に行なっていたのがチベット難民福祉事務所だ。
事務所がなくなったら、今なお年間1000人〜2000人もいる難民保護の活動に支障が出ることは明らか。
かつてネパール政府はチベット難民の受け入れに柔軟だった。公式には「チベットは中国の領土」と言ってはいるが、そこはそれオトナの対応で、実際にはダライ・ラマ法王のチベット亡命政府の動きも事実上容認していた。
もともとチベット人やチベット系諸民族が多く住んでおり、文化も近い。今も2万人のチベット難民が定住している。
[チベット難民についてはチベットハウスのコンテンツ「亡命チベット人」をどうぞ]
個人的にも、チベットからカトマンズに下りてくると、あちこちにダライ・ラマの写真が大っぴらに飾られていて、「やっと普通の世界に来たか」とホッとしたものである。
しかし、近年、チベット難民がネパールで不法入国者として捕まって中国に送還される(そして間違いなく投獄される)例が増えた。定住した難民たちの活動が制限されるようになり、ダライ・ラマ法王の誕生日も大っぴらに祝えなくなった。
[写真は、国際人権デーの集会を警備するネパール警察。International Campaign for Tibetのプレスリリース(2002/12/10)より]
山間部の毛沢東主義武装勢力(Maoist=マオイスト)や王室乱射事件などで政治も経済もどん底状態に陥ってしまったネパールは、隣国である中国に頼らざるをえない。
「またマオイストをひと暴れさせるぞ」とまで言ったかどうかは知らないが、「ダライ・ラマに与しなければ助けてあげる」という中国の圧力にますます逆らえなくなってきたということか。
[写真は、チベット難民を中国に送還するバスを阻止しようとしてネパールの警官に引きずられるチベット人女性。International Campaign for Tibetのプレスリリース(2003/5/31)より]
米国も英国もすでに遺憾の意を表明している。ネパールへの最大の援助国は日本だし、ロイヤルファミリー同士の交流もあるらしいし、何か一言ぐらい言えないもんなのかね?
ちなみに、日本のダライ・ラマ法王日本代表部事務所は1976年に創設され、東アジアを管轄。新宿にあります。
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» ゲッ!!ネパールにある「チベット難民福祉事務所」閉鎖か? [ぱるかん ちゅんちゅん]
もう、ネパールになんか行くのをよそうかな!
(でも、たぶん行くんだろうな…チベット人に会いに) [Read More]
Tracked on 2005.01.31 at 23:28
» 【報道】ネパールのダライ・ラマ事務所閉鎖 他 [ちべ者]
産経新聞2月1日朝刊から。 中国圧力? ダライ・ラマ亡命政府事務所に閉鎖通告 [Read More]
Tracked on 2005.02.01 at 12:49
» ネパールのチベット難民事務所再開を求めるアピールにご賛同ください [ちべログ@うらるんた]
事態のほうが進んでいて、フォローしきれずすみません。 Blogって速報してな [Read More]
Tracked on 2005.02.11 at 15:58

Comments
2002年1月14日
朱鎔基総理、ニューデリーでインドのバジパイ首相と会談。
2003年6月
バジパイ首相(当時)10年ぶりに訪中。
2004年12月23日~1月2日
ギャネンドラ・ネパール国王インド訪問
2005年01月24日
中国の武大偉外務次官は1月21日、温家宝首相が3月末にインドを訪問することを明らかにした。
武次官は中印両国の国境画定問題について「両国政府の前に横たわる重要課題だ。われわれは現在、問題解決に向けた原則を協議しており、原則で合意に達した後、具体的な境界交渉を開始する」と述べた。
以上のような中印両国の歩み寄り姿勢、カトマンズの亡命政府事務所閉鎖命令、ネパールの非常事態宣言と閣僚解任を見ると、何か我々のわからないところで密約があったと見るのが自然である。
印度・中国の両国は経済関係を緊密にしてゆきたい意志を共に持っている。両国が経済貿易交流を深める際に、昔戦火を交えた国境問題は避けて通れない。そして、国境を協議する際に中国は必ずチベットの主権問題という「原則」を印度にも認めさせたい。
また、ネパールも交易や道路整備など中国の支援等は、無視出来ないほど大きくなっている。中国の歓心を得ればマオイスト撃退への協力も期待できる。
一方、ここ数年中国は亡命政府の使者も受け入れており、ダライ・ラマが大中国の一員として「復帰」するのを望んでいる。
08年の北京オリンピックではチョモランマの頂上で採火した第二の聖火を青海-西蔵鉄道に乗せて運ぶことも検討されている。そこで開会式の中央席に「中国の」政協主席か何かの肩書きをつけてダライ・ラマを座らせることが出来れば、人権にも配慮している「先進国」として世界に宣伝が出来るまたとない機会になる。
西部大開発で金を投下し「開発支援」する一方、印度・ネパールへの圧力で亡命政府を弱体化させるという飴とムチを使った「チベットからめとり戦略」が成功すれば、中国が経済の高度成長から緩やかな成長の成熟社会に移行するためのイメージ作戦に大きく貢献する。
よって、中・印関係修復を進めるための露払いとして今回ネパールが動いたのではないだろうか。ここ数年でチベット情勢は大きく変化する。
(少し堅い目に書いてみました)
Posted by: WW@もうすぐ復帰 | 2005.02.07 at 12:10
復帰(間近)おめでとうございます♪
こちらは仕事が詰まっていて
かなりたてこんでいて^^;
ネパールのチベット人たちも、
まさか突然こんなことになるとは思わなかったでしょうね。
いざというときには、やっぱり法的地位とか、
登録してないとか、
そういうことを言われてしまうわけで、
むかしチベットが国を失ったときも、
やっぱ似たような感じで
やられてしまったような印象です。
守りが甘かったということでしょうか。。。
Posted by: 長田 | 2005.02.10 at 21:57