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2008.02.11

【訃報】西川一三さん、チベット暦元日に逝く

1945年、チベットの都ラサに、モンゴル僧に扮して潜入。8年にわたってヒマラヤで過ごした西川一三さんが2月7日、盛岡で亡くなった。享年89歳。

Nishikawa_kazumi■チベットが外国人の入国を禁じていた時代、さまざまな動機を秘め、命を賭してチベットを目指した日本人がいた。
能海寛、河口慧海、寺本婉雅、成田安輝、青木文教、矢島保治郎、多田等観、野元甚蔵、木村肥佐生、そして西川一三。
■西川一三さんはそのうち最も遅く、太平洋戦争前夜に「西北」への憧れからチベット潜入を目指した。故木村肥佐生氏とは「興亜義塾」で後輩にあたる。
■1943年、モンゴル僧ロブサン・サンボーとして内モンゴルを発ち、1年10カ月に及ぶ単独行の後、1945年にラサに到着。いわゆる“特務調査工作員”としての命を帯びていたが、すでに戦争は終わっていた。
▲写真は帰国後の西川さん

Nishikawa_tratsang■その後もチベット、シッキム、ブータン、インドで足掛け8年を過ごした。ラサではモンゴル僧としてデプン寺に入り、1年間にわたって下級僧として滞在。「底辺の人」として生きることを貫いた。
■結局、国が“特務”の成果を活かすことはなかったが、その壮大な体験な一部は『秘境西域八年の潜行』(全三巻)に詳細に綴られている。
■盛岡で理美容材卸業を営み、元旦以外は休まず働き続けた。チベットではずいぶんひどいめにあい、「チベット人は大嫌いです」(2001年「日本人チベット行百年記念フォーラム」での言葉)とまで言い切った西川さんだが、くしくもチベット暦の元日である2月7日、新たな「西北」への旅に発った。

▲写真は西川さんが滞在したデプン寺の僧坊

良き来世をお祈り申し上げます。

▼ニュース記事
【おくやみ】西川一三氏死去 特務調査工作員(中日新聞)

以下、西川さん関連の本。この機会にどうぞ。

Nishikawa8years■『秘境西域八年の潜行 抄』(西川一三/中公文庫BIBLIO)
『秘境西域八年の潜行』3巻(絶版)を1冊にまとめたもの。

100nenbook■『チベットと日本の百年』(新宿書房)
2001年、西川一三さん、野元甚蔵さんを招いて開催された「日本人チベット行百年記念フォーラム」が収録されている。
▼フォーラムのレポートはこちら(ダヤンウルス)

■その他、チベットを目指した日本人たちについての本は↓の「その他の先人たち」コーナーをどうぞ。
チベットの本のご案内

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Comments

訃報に接し、心からのお悔やみを申し上げます。

「秘境西域八年の潜行」は、他の日本人入蔵者の記録にはあまり見られない、入門僧の暮らしが描かれており、また、壮士坊主とか行商ラマとかの記述から、寺院が単なる宗教組織ではなく、ひとつの巨大な社会組織であることも教えてくれました。


Posted by: あさだ | 2008.02.11 at 09:58

西川一三さんがいらっしゃらなければ、今日の日本とチベットにおける友好の架け橋はなかったかもしれない人物の一人です。
ご冥福をお祈り申し上げます。

Posted by: 元留学生 | 2008.02.11 at 10:01

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Tracked on 2008.02.11 at 05:12

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