2008.08.05

10年前、ひとりのチベット人が自らの体に火を放った

7月28日、6人のチベット人がインドのデリーで無期限のハンガーストライキを始めた。北京オリンピックおよび中国によるチベット支配に抗議するチベット青年会議(Tibetan Youth Congress)メンバーによるものだ。

Tyc_hungerstrike_member

今回のハンストは水さえ摂らないという徹底したもの。暑いデリーで、無謀としか言いようがないが、追いつめられて危機感を抱いている600万チベット人の代表として彼らは非暴力の闘いを続けている。(ハンストは昨年もあった)
詳細な経緯は↓で見られる。
Tibetan Youth Congress(英語)
7日目の8月3日には、民主党の松原仁衆議院議員が応援に訪れた。

Ngodup_fire10年前の1998年3月10日、やはりチベット青年会議のメンバー6人が無期限ハンガーストライキに入った。水とレモン汁だけ摂るハンストだったが、途中で3人が強制的に入院させられ、48日目にはインド警察によって全員が排除された。
そして、このときひとりのチベット人が抗議の焼身自殺を図った。ダラムサラのツェチョリン寺の厨房で働いていたトゥプテン・ングゥドゥプ(Thubten Ngodrub)氏だ。

Thupten_ngodup当時、“I Love TIbet!”ホームページ上でこの「事件」を紹介するページを作った。1989年の春から秋にかけてツェチョリン寺に泊まっていたため、トゥプテン氏を知っていた(と思う、たぶん)からだ。
データが保存されていると思われるMOディスクがすでに読めなくなっていたため、webarchive.orgでサルベージして当時のページを復元してみた。

10年前、ひとりのチベット人が自らの体に火を放った(I Love Tibet!内)
もちろんYouTube等は今回加えたもの。

オリンピックの間も、ハンガーストライキは続く。

↓はトゥプテン氏追悼動画

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2008.07.26

「チベットを返せ!」在日チベット人デモ行進@8/9六本木

以下TSNJのチベット関連イベントカレンダーより転載です。

在日チベット人コミュニティー主催 デモ行進
「チベットを返せ!〜Tibet for Tibetans〜」

デモ日程 : 2008年8月9日(土)
集合場所 : 六本木・三河台公園  地図
東京都港区六本木4丁目2番27号
東京メトロ日比谷線・都営大江戸線六本木駅より徒歩3分
コース : 後日詳細発表
スケジュール:
16:00 集合
16:30 集会開始
17:00 デモスタート
19:00 キャンドルライト
20:00 解散

3月のラサ騒乱以降、日本でも関心が高まったチベット問題ですが、
政府間の対話再開、 チベット自治区への外国人観光客受け入れ再開などの報道により、
チベット情勢は落ち着いてきたかのように思われてしまいがちです。

しかし実際は、人権状況の改善はおろか
「愛国再教育キャンペーン」や武装警察による 厳戒体制が続き、
抵抗すれば即座に発砲される事件なども多発しています。
公約に反して、チベットの人権状況はますます悪化しています。

このような状況の下、まもなく北京では
『平和の祭典』オリンピックが、華やかに始まります。

この祭典の陰で、多くの人々の命と自由が犠牲になっていることを知ってほしい!という思いを表す為、
私たち在日チベット人は立ち上がりました。

在日チベット人コミュニティーが主催する、初めてのデモ行進です。
一人でも多くの方のご賛同、ご参加をお待ちしております。

注意事項
※ このデモ行進はオリンピックの開催そのものに反対するものではありません。
※ チベット、又は同じ状況下にある東トルキスタン、内モンゴル、
 中国民主化問題以外のアピールはご遠慮下さい。
※ 差別用語の使用や誹謗中傷行為を固く禁じます
※ あくまでも平和的で合法的な抗議活動です。必ずスタッフの指示に従って下さい。
※ キャンドルライト用にご自身のキャンドルをお持ち寄り・お持ち帰り下さい。
※ 熱中症対策など、参加者各自で体調管理に充分ご注意下さい。

お問合せ: Tibetan Community in Japan
     tcj@live.jp

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2008.06.21

リチャード・ギア、チベットへ(?)@Fiat LanciaのCM

日産のCMを下ろされたリチャード・ギアが、
フィアット・ランチアのCM(イタリアで公開)に登場。
思いっきりチベットネタで、雪辱(?)を果たした。


↓中国が敏感に反応→とりあえず謝罪しとけ、というお約束。
チベット絡むCMで謝罪 ギア氏起用のフィアット(2008.6.21、MSN産経)

【参考】日産 苦渋の選択“リチャード・ギアよりも中国が大事”(2008.3.25、gendai.net)


_44767182_supporter_ap466ラサでは聖火リレー・ショーが開催されました。
迷彩服の武装警官ずらり 沿道には有刺鉄線 ラサの聖火リレー(2008.6.21、MSN産経)
写真はBBCより。いかにも動員されました、って感じで。

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2008.06.12

中国当局、四川省でチベット人尼僧300人を拘束。暴行による負傷者も

3月10日から3カ月たちました。
聖火リレーが雲南省の“チベット族自治州”に入りましたが、
すぐ近くでは、チベット人が決死の思いで、
自由を求めて行動を起こしています。
そして、あいかわらずの暴力による圧殺が続いています。

Tsering_tsomo下のカコミの中はRadio Free Asia(6/10:Tibetan Nuns Stage Large Protest)が伝えた四川省での「尼さん300人拘束」事件の記事の抄訳です。
詳細は、ダラムサラ発の中原さんのブログ「チベットNOW@ルンタ」のエントリー↓をご覧下さい。
カンゼの状況一気に緊迫、僧一人死亡(6/9)
先ほどのニュースの続き(6/9)
どちらがテロリスト?(6/10)
暴行の模様なども含めて詳しーく書かれています。

6月8日早く、四川省のカンゼ州ダンゴ県で、ダライ・ラマ法王の帰還を求めるビラを配っていた28歳の尼僧ツェリン・ツォモが逮捕された。

これに対して、同日午後5時頃、彼女が所属するサムテンリン寺の尼僧300人以上が、県政府役所へのデモ行進を行なった。
全員が拘束され、暴行を受けた者も多いという。

「ウゲン・ラモという尼僧は鋭利な武器のようなもので殴られて重傷を負った」
午後10時半頃、10人を除いて釈放された。

「サムテンリン尼僧院には300〜400人の尼僧がいるが、今回は全員が抗議行動に参加した。彼女たちは捕まった後、4〜5台の警察のトラックで連行されていった」

これに先立つ6月6日、同県の政府の建物で、3人の僧侶が抗議行動を行なった。
「彼らはチベットの独立を訴え、拘束されて連行された」
3人は、ジャムヤン・ツェワン・ダクパ(22歳、ダンゴ出身)、トゥプテン・ギャンツォ(タウ出身)、ジャンセム・ニマ(22歳、セルシュ出身)。

「彼らは2種類のビラを配っていた。1つは、チベットの独立を訴え、実質的な自治を求めるダライ・ラマ法王の要求に積極的に応じない中国指導部を非難するもの。もう1つは、チベット人の政治的・経済的・文化的自由を求めるものだった」

Drango_samtenling_2サムテンリン尼僧院は、テホル・ダンゴ(炉霍県)のゾン(県府)の10kmくらいタウ側にある尼寺で、地元ではたぶんワダ寺という名前のほうが有名です。
写真はその寺の尼さんたち(クリックすると拡大できます)。中国人の能天気な旅ブログからパクってきました^-^;
ほぼ全員連行されたようなので、この子たちも、ひどいめにあったんでしょうか…。

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2008.06.11

チベット人たちの期待が今、日本に向けられています【ダライ・ラマ法王@洞爺湖サミット】締め切り(6/20)迫る!

先日のエントリー
【動画】署名のパワー+「洞爺湖でダライ・ラマ法王×胡錦濤」
紹介した「洞爺湖サミットでダライ・ラマ法王と胡錦濤主席の対話を実現させよう!」
というアクションの続報です。

7月7日から北海道の洞爺湖で開催されるサミット(主要国首脳会議、G8)には、
主要国の首脳とともに胡錦濤国家主席も招かれます。
たしか中国は「ダライ・ラマと対話したい」と言ってたハズなので、
その場にダライ・ラマ法王を招いて、ご対面を実現してあげようという運動です。

日本は今年の議長国。
誰を招くかを決められる立場なのです。
だからチベット人たちも注目しています。

日本でのアクションの中心は、
フリー・チベット・チーム・ジャパン(FTTJ)
ITSN(インターナショナル・チベット・サポート・ネットワーク)などを通じて、
キャンペーンは世界中に広まっています。
イギリスでは正式な「e-署名アクション」として政府に届けられることになりました。

で、気がつけばもうサミット本番まで1カ月。
日本では6月20日をめどに、署名運動を進めています。

いい感じのプロモーション映像もありますので、
ご覧のうえ、ぜひチベット人のために1票?を!
詳しくは↓
フリー・チベット・チーム・ジャパン(FTTJ)

▼Free Tibet Team Japan (FTTJ) PV "Team G8"

▼7-7 G8サミット キャンペーン動画

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2008.06.03

【イベント】6/21@宇都宮『チベット チベット』『ヒマラヤを越える子供たち』上映会+トークショー

主催者よりご案内いただきました。

ドキュメンタリー映画2本立て
『チベット チベット』上映会
キム・スンヨン監督のトークショー
『ヒマラヤを越える子供たち』上映会

開催日:08年6月21日(土)
開 場:13:10〜
開 始:13:30〜
終 了:16:50
☆有志追悼〜17:00

開催場所:宇都宮市駒生1−1−6
       とちぎ青少年センター 2F研修室
       (栃木県教育会館裏側) 
参加費:大人 1200円
    大学生1000円
    高校生以下500円

イベント終了後:監督を囲んで食事会を開催します。
問合先 :チベトチ(アムネスティ宇都宮&SFT日本)
     tibecycl_0111 @yahoo.co.jp
参加者の人数を把握するため、メールで連絡願います。

FREE TIBET!

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2008.05.17

【動画】署名のパワー+「洞爺湖でダライ・ラマ法王×胡錦濤」

カンヌ国際広告祭(2007年)で金・銀を受賞した、
人権擁護団体アムネスティ・インターナショナル・フランスのCMです。
日本のテレビでこんなのが流れたら、びっくりですねー。
「あなたの一筆は、思ったよりパワフル」とか言われても、
何のCMだかわかってもらえないかもしれないけど^-^;
ていうか、欧米では流れてるんでしょうか?

■Signatures, Amnesty International(Gold Lion受賞)

■BULLET - THE EXECUTION, Amnesty International(Silver Lion受賞)

アムネスティ・インターナショナル日本(チベット関連の緊急アクション等)
同チベットチーム


で、チベット関係の署名・請願アクションとしては、従来からのものに加えて、
「洞爺湖サミットでダライ・ラマ法王とコキントウ主席の対話を実現させよう!」
的なものが盛り上がってきそうです。

サミット(主要国首脳会議、G8)っていう恒例のビッグイベントが、
今年は北海道の洞爺湖で開催されるんですね。
ダライ・ラマ法王の誕生日の翌日(7月7日)から。

「主要国」に中国は入ってないけど、
中国やインドのトップは毎年招待されます。
誰を招待するかは議長国が決めていいそうで、
7年(ぐらい)に1度しか回ってこない議長国の座が、
よりによって今年回ってきてしまった日本に注目が集まっています。

たしか中国はダライ・ラマ法王との対話を望んでるようなことを言ってたし、
オリンピック前のちょうどいいタイミングでしょう。
法王は7月10日ぐらいに訪米の予定なので、
こないだみたいに途中で日本に寄ってもらって。

そこで、いま日本ではmixiを中心に「対話実現」ムーブメントが起こっているようです。
他の「主要国」での動きとシンクロして外圧に期待しつつ、
今後、実際のアクションが盛り上がっていくはずです。

たぶんまたあらためて書きますが、
とりあえず現時点での情報やリンクがまとまってるページを貼っておきます。

対話実現要請書 for G8(チベット事件のまとめガイドライン)

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中国四川省地震の救援募金(by在日チベット人歌手バイマー・ヤンジンさん@アバ出身)

中国四川省地震の被災地域(アバ州)出身の在日チベット人歌手
バイマー・ヤンジンさんが救援募金を始めました。
詳しくは↓をご覧下さい!

バイマーヤンジンのホームページ(チベット学校建設推進協会)
日記(ご家族の状況、経緯などが綴られています)
四川省大地震救援のため、ご協力お願いいたします!(振込先など)

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2008.05.16

【イベント】6/2シンポジウム「チベット〜終わらない人権侵害と中国の民族政策〜」

アムネスティインターナショナル日本 チベットによるイベントです。
メーリングリストから転載します。

************************************************************
シンポジウム
「チベット〜終わらない人権侵害と中国の民族政策〜」
************************************************************

2008年3月10日以降、チベット自治区と近隣地域において平和的抗議活動に参加したチベット人への弾圧・取り締まりに関して、深刻な人権侵害が報告されています。
アムネスティ日本チベットチームは、このチベットにおける人権侵害について、中国の民族政策の観点から考えることを目的として、今回のシンポジウムを企画しました。
2005年11月から12月にかけて北京・チベット自治区・新疆ウイグル自治区などに国連人権委員会調査を受け入れて以来、中国は国連による人権調査をずっと拒み続けています。
また報道の自由、表現の自由も制限されているため、国際社会はチベットの置かれている現状について正確な情報を得ることができません。
そこで今回は、中国やチベットの事情に詳しい4名のパネリストをお招きし、中国の民族政策を踏まえて、文化・宗教・社会など様々な角度からチベットの現状を分析・検討していただき、チベットの人権状況とその本質的な問題点を知り、考える機会を、一般の方々に提供できればと思います。

■日時:2008年6月2日(月)18:15開場 18:30開演 20:30終了予定

■場所:ちよだプラットフォームスクウェア(東京都千代田区神田錦町3−21) 
  最寄り駅 地下鉄東西線竹橋駅(3b KKRホテル東京玄関前出口より徒歩2分)       
地下鉄神保町駅(三田線・新宿線・半蔵門線A9出口より徒歩7分)   
(地図 http://www.yamori.jp/modules/tinyd2/index.php?id=10 )

■パネリスト:
加々美光行氏(愛知大学現代中国学部教授)       
ペマ・ギャルポ氏(桐蔭横浜大学教授)
石濱裕美子氏(早稲田大学教育学部教授)
長田幸康氏(フリーライター・チベットツアー現地ガイド)
【司会】寺中 誠(アムネスティ・インターナショナル日本事務局長)

■進行
【第一部】18:30〜19:20 加々美氏による基調講演・他    
【休憩】 19:20〜19:30 会場から質問用紙回収    
【第二部】19:30〜20:30 パネルディスカッション(質問への応答も含む) 

■参加費(資料付):一般2000円 学生1000円          
  (中国・チベットの人権状況に関する最新情報資料を配布)

■予約・申込み:先着 80名 メール予約は  TibetNL@hotmail.com まで。
 (当日参加も可能ですが、メールによる予約を優先させていただきます)

■主催:アムネスティインターナショナル日本 チベットチーム      
http://www.geocities.jp/aijptibet/index.html

■お問合せ:メール TibetNL@hotmail.com まで。

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2008.05.13

【2008年チベット動乱】目撃者の証言集(2)

前回エントリー(目撃者による証言)に続いて、同じくRadio Free Asiaのサイトにある“Update on Tibet”の5月5日分までの全訳です。
Update on Tibet(Radio Free Asia)
↑このページは逐次更新されていくかもしれません。

チベット現地から話を聞いた亡命チベット人の証言が中心です。
記事は新しい順に並んでいます。見出しは勝手に付けました。
急いで訳しているので、細かいところでミスがあるかもしれません。
だいたい合ってると思いますが、あやしそうだったら原文を参照して下さい。
地名についてはチベット語・中国語の併記はしませんでした(原文でも統一されていません)



■チベット内部の人々とのコミュニケーションがますます困難になる中、親族や友人との携帯電話を通じた会話や伝聞情報が、今起こっていることを伝えている。以下、報復を避けるための安全上の理由から、匿名にした部分もある。(5月5日更新)

■僧侶が射殺され、家族7人が拘束された(5月2日)

4月28日、ゴロク(果洛)チベット族自治州のホンコル寺のチュトゥプが中国の治安部隊に射殺されました。彼は初期の抗議行動に関わって、潜伏していました。4月の終わり、食べ物を取りに帰宅していたところ、警官が家を取り囲んで彼を殺害しました。

5月4日、彼の母親ワンドルも撃たれて2カ所の銃創を負ったことを知りました。家族のうち両親、姉妹1人、兄弟3人、そして転生ラマ1人が拘束されました。

残されたのは年の若い2人だけです。チュトゥプの父親は手錠をされて連行され、息子の遺体と対面しました。家族の財産はすべて政府が没収すると、当局が通告してきました。

(2008年5月2日、チベット内の知人の言葉を伝えるインド在住チベット人より)


■デモ参加者をかくまった僧侶も同罪で拘束(5月3日)

26歳〜30歳位のクンチョク・トンドゥプが最近ラサで拘束されました。チャムド地区マルカム県タイ出身です。タシ・ギャルツェン、チュトゥプ・ノルブという2人の僧侶も一緒に拘束されました。中国当局は地元の新聞とテレビで、クンチョク・トンドゥプの逮捕につながる情報の提供者には2万2000元の賞金を提供すると告知していました。

彼はラサの3月のデモや騒乱で積極的に活動していた嫌疑がかけられ、長い間、行方がわかりませんでした。しかし、4月終わり頃、ラサのラモチェ寺ギュトゥ学堂の僧坊で拘束されました。共に拘束されたタシ・ギャルツェン、チュトゥプ・ノルブの僧坊です。2人はクンチョク・トンドゥプをかくまったため、同じ罪が課せられるでしょう。

(2008年5月3日、チベット内の知人の言葉を伝える、ウィスコンシンのチベット人より)


■鉄道で装甲車や戦車が到着しました(5月1日)

高地でも燃えるオリンピックの聖火の第2弾が、エベレストの頂上に運ばれようとしています。安全を確保するため、ダム[訳注・中国とネパールの国境の町]の友誼橋周辺にすでに駐屯している2部隊に、さらに3部隊[原文注・人民解放軍または人民武装警察いずれかを指すと思われる]が加わりました。シガツェとディンリの間にはさらに5〜6部隊が配置されています。大雑把に言って、この地域には、50メートルに1人は兵士がいることになります。中国軍や警察などから退役したチベット人が多いディンリ地域では、警戒はさらに厳重だそうです。聖火がディンリを通過する際、いかなる抗議行動も制止しようという締め付けです。さらに悪いことに、中国の圧力によって、中国兵がエベレストのネパール側への入域を許されているのです。

ラサでは、締め付けは文化大革命のとき並みです。こうした状態になったのは1週間前でした。家を訪ねて来た者は全員ラサ市委員会に報告しなければなりません。当局者が一軒一軒家々を回り、居留許可証をチェックしています。ラサで生まれ育ったチベット人しかこの居留証を持つ資格はありません。許可証のないチベット人は連行され、理由を問わず拘束されます。不幸なことに、中国人にはこうした許可証は必要ないのです。これらはすべて、聖火がポタラ宮の前をパレードする際に不都合な事件が起こるのを避けるための予防措置です。

ラサ以外のチベット人が仕事や行商に来る場合、受け入れる者が、関係性や連絡先、滞在期間といった詳細を報告して身元を保証せねばなりません。[ラサ以外から来る]チベット人は10日以上滞在できません。巡礼のため滞在することは許されませんし、聖地はすべて閉鎖されています。1家族から1人だけ、ポタラ宮前の聖火の儀式の見物を許されるのだそうです。

ラサでの聖火リレーは4日から10日遅れると発表がありました。公式な理由はエベレスト周辺の天候不順ですが、本当の理由は軍[原文注・解放軍なのか武装警察なのかは定かではない]による準備が不完全だからだろう、と信頼できる筋から聞きました。こうした大規模な軍の存在を隠すため、彼らは青や赤の帽子と非戦闘員の制服をまとっています。中国はまた、チベット西北部ンガリ地方での、ウイグル人イスラム教徒とチベット人の共謀の可能性も懸念しています。ラサをはじめ聖火が通過する地域には数千人の正規軍が配置されています。

中国から到着した列車には2晩連続して装甲車や戦車が積まれていました。デプン寺の麓は兵士でぎっしりです。共産党員のチベット人は、厳格な政治教育を強いられています。こうした講習には政府職員のふりをした中国人治安要員が参加しています。彼らの本当の狙いはチベット人幹部の忠誠度を秘かに監視することなのです。

(2008年5月1日、チベット内の知人の言葉を伝えるヨーロッパ在住のチベット人より。彼は元中国政府職員であった)


※この後、原文には「2008年4月23日、カンゼからの電話」があるが、前の証言集とまったく同じものなので省略します


■成都で留置され、暴行・拷問を受けました(4月11日)

3月13日か14日、アムド地方ゾッゲのシャメ地域[四川省]のチベット人40人が、理由もわからないままラサで拘束されました。彼らは確かに騒乱中にラサにいましたが、抗議行動には参加していません。にもかかわらず2日間拘束されました。彼らは僧侶17人を含む、下は7歳位から上は80代までのグループで、巡礼のためラサを訪れていました。

ラサで拘束された時、ソナム・リンチェンという男性が中国人警官に殴られました。後に彼は連れ去られ、以来、誰にも行方はわかりません。残った僧侶17人を含む39人は四川省成都に連行され、1カ月近く留置されました。

4月10日、僧侶以外の22人が釈放されました。僧侶17人はまだ拘束されたままです。釈放された者からは、数多くの暴行や拷問についての体験が聞かれます。彼らは果物とお湯しか与えられませんでした。

(2008年4月11日、アムド・ゾッゲのシャメ地域の知人の言葉を伝えるインド在住の僧侶より)


■彼らはダライ・ラマの写真を踏みつけました(3月31日)

ンガバ(アバ)県にはアムド・ンガバ仏教論理学院という施設があります。3月30日、この学院の多くの僧侶が拘束され連れ去られたと聞きました。その地域では一般のチベット人も大勢逮捕されました。同じ県内にゴマン寺があり、この寺だけで16人の僧侶が拘束されました。大勢の警官が寺にやって来て、僧坊も含めてくまなく捜索しました。

アムド・アトブ寺も捜索を受けました。僧侶17人が拘束されて連行され、その行方は誰にもわかりません。ゾッゲ県のタクツァン・ラモ・キルティ寺にも大勢の私服治安要員や警官がやって来て、僧侶17人を拘束し、現地の拘置所に投獄しました。

現在のような厳戒状態では、僧侶も一般のチベット人も、医師の手当が必要でも受けようとしません。平時でさえ医療施設は貴重なのです。弾圧で負傷した人々は、手当を受けに行くことを恐れています。食料不足も深刻です。チベット人は、生活必需品を買いに外出することも許されません。

3月29日には、キルティ寺から500人以上の僧侶が連れ去られました。数百の武装警官が僧坊など、僧院内を捜索しました。彼らはダライ・ラマの写真を何枚か見つけると、それを叩き壊して、足で踏みつけました。一般のチベット人も大勢捕まりました。30人ほどのチベット人が警察のトラックに載せられて町中でさらし者になっていました。

(2008年3月31日、チベット内の知人の言葉を伝えるインド在住のチベット人より)


■報道ツアーに選ばれたメディアとは(3月27日)

[木曜日にラサに報道陣が入れる]という発表を聞いてから、外交部や国務院から必死で情報を得ようとしました。彼らによると、入域できるのはごく限られた人数で、かなりの狭き門とのことでした。主だったテレビ局は選ばれませんでした。例外は、現場でのレポート抜きのビデオ撮影のみのAP通信、そしてアルジャジーラのアラビア語サービス。同じアルジャジーラでも英語サービスは招待されませんでした。この選択には特定の意図があると考えるのが自然でしょう。[訪問中の]今日、抗議行動がありました。次回の報道ツアーは難しいと思います。

(2008年3月27日、欧米のテレビ局の仕事をしている北京在住のジャーナリスト)


■僧侶300人が抗議行動(3月26日)

3月25日、テホル・ダンゴ寺[訳注・四川省カンゼ州炉霍県]の僧侶たちが立ち上がり、抗議行動を起こそうと計画していましたが、当初は先頭に立つ者がいませんでした。その後、カンゼ地域の弾圧で殺された人々のための特別法要の最中、彼らは抗議行動を進めることを決断しました。

約300人の僧侶が袈裟をまとい、ダライ・ラマの写真を掲げ、寺からほど近いダンゴ県中心部に向かって平和的な行進を行ないました。主にチベット人からなる地元の警官隊が僧侶たちに対し、行進を止めて寺に戻るよう警告しましたが、僧侶らは警官に向かって野次を飛ばし、中国政府のために働くなんて恥を知れ、などと叫びました。その時、中国人警官が銃を構えましたが、チベット人警官らが説得して下ろさせました。

こうした緊迫した状況の中、チベット人警官は僧侶らが町の中心部に向かうことを容認したのです。僧侶らは「ダライ・ラマ万歳」「ダライ・ラマのチベット帰国を認めよ」「パンチェン・ラマを釈放せよ」「チベット人に宗教の自由と人権を」といったスローガンを叫びました。町の中心部では他のチベット人たちも合流しました。そのとき武装警察が到着し、僧侶らを排除しようとしましたが、お互いに引き離されないようスクラムを組んで踏みとどまりました。

その後、僧侶らは寺に向かって行進し、抗議行動を続けました。発砲されましたが、僧侶らは地面に伏せて銃弾をかわし、暴力では応じないと宣言しました。中には、寺に戻る途中で中国政府の車両を壊した者もいましたが。

寺は今、人民武装警察に包囲され、すべての僧侶は立ち去るよう命令されています。

(2008年3月26日、インド在住のチベット人による)


■「電話1本で、とどめを刺せる」(3月24日)

アムド地方のチャプチャ地域[青海省海南チベット族州共和県]に、アツォ寺という小さな僧院があります。私はその寺の僧侶です。

3月22日の午前11時15分頃、僧侶たちが抗議行動を始めました。チベット国旗を掲げ、寺の裏の丘の上に集まって香を焚きました。「チベットに自由を」「ダライ・ラマ万歳」「パンチェン・ラマ釈放」といったスローガンを叫びました。

寺には100人ほどの僧侶がいます。

寺の周囲での抗議行動の後、さほど遠くない町の中心部に向かいました。そして、地元政府の学校で中国国旗を降ろして燃やしました。それから寺に戻って抗議行動を続けていると、警官を満載したトラック3台が到着し、そのリーダーが「これ以上続けると“重大な事態”になる」と脅しをかけてきました。彼は「電話1本で、とどめを刺せるんだ」と言いました。

僧侶らはこう叫びました。「これ以上、中国の抑圧に耐えることはできない。命を犠牲にする覚悟はできている」。その後、僧院長と若い高僧のとりなしで、僧侶らは平静になりました。

今のところ、この地域では逮捕や発砲といった事件は起きていません。

地元の一般人も集まって、僧侶らに加勢しようとしましたが、中国人に阻まれました。

(2008年3月24日、チベット内の知人の言葉を伝える、インドのデプン寺の僧侶)


■僧侶1000人以上が抗議行動(3月28日)

3月18日、サンチュ[甘粛省甘南チベット族自治州夏河県]で1000人以上の僧侶が抗議行動を起こしました。

「ダライ・ラマ万歳」「チベットに自由を」「パンチェン・ラマ釈放」といったスローガンを叫びながら町の中心部に向かって行進しました。彼らはまた、中国指導部に対し、ダライ・ラマとの対話を始め、ダライ・ラマのチベット訪問を認めるよう求めました。

彼らは地元の政府の学校に向かい、中国国旗を降ろして、代わりにチベット国旗を掲げました。その日、治安部隊はまったく現れませんでした。

しかし、3月21日午後7時頃、武装した治安部隊が寺に到着し、僧侶4人と俗人3人を拘束しました。

別の寺で4人の僧侶が拘束され、最終的に20人以上のチベット人が拘束されました。中には、読経していた十代の僧侶も数人いました。

今のところ彼らは無事です。拘束されているのは、タルギェル(43歳)、チューペル(42歳)、ケルサン・テンジン(40歳)、ジャムヤン(32歳)、サンギェ・ギャツォ(13歳)、タシ・ギャツォ(14歳)、ケルサン・ソナム(16歳)、ケルサン・トンドゥプ(17歳)、ケルサン・テンジン(16歳)、チュートゥプ(30歳)、ダムチュ(29歳)。別の寺で拘束されたのは、テンジン(27歳)、テンパ・ギャツォ(37歳)、ゾパ(年齢不明)、ケルサン・シェラプ(19歳)。

(2008年3月28日、チベット内の知人の言葉を伝える、インドのデプン寺の僧侶)


■僧院の食料不足が深刻です(3月23日)

3月23日、アムド地方ンガバ地域のチベット人たちは、上空を非常に低く飛ぶヘリコプターを目撃しました。

チベット人たちを脅かすつもりなのでしょう。これまでンガバ上空をヘリが飛ぶようなことはありませんでした。今、寺院やチベット人の住む地域の上を飛んで、チベット人たちを怖がらせています。

2日前の3月21日、地元の中国人指導者たちがキルティ寺に入り、僧侶への再教育講習を指導しました。その間、彼らはダライ・ラマ否定を強要はしませんでした。その代わり、僧侶らに対し、抗議行動は間違っており“役に立たない”のだと説得しようとしました。

キルティ寺に閉じ込められている僧侶に食べ物を届けようとしたチベット人がいましたが、治安部隊に制止されました。僧院の中の食料不足は深刻です。ンガバ県中心部に向かう大通りは人民武装警察によってブロックされています。僧侶も一般人も食料不足に陥っており、もし自暴自棄になれば再び蜂起する可能性もあります。

中国当局は、抗議行動に関わった人物についての情報を通報するよう誘惑しています。最初の通報にはいくらでも好きなだけ、2番手には5000元の報奨金が与えられるなどと言っています。

多くの一般のチベット人が拘束されています。平均して1家族につき1人は連行され、拘束されて尋問されています。中国当局は写真を見せて、写っているのは誰なのか特定しようとしています。

(2008年3月23日、チベット内の知人の言葉を伝える、インド・ダラムサラのキルティ寺分院の僧侶より)


■一家に1人が拘束されている(3月23日)

3月14日と15日のペンポ[ラサの北方]でのデモによって、5人の僧侶が拘束されました。

その後、ペンポ・ガンデン・チューコル寺などの僧侶・尼僧および一般人3000人以上がデモに加わり、拘束された者たちの釈放を求めました。

デモと弾圧の中で、チベット人の若者1人が殺されました。原因はわかっていません。

今、ガンデン・チューコル寺は中国の治安部隊に包囲されています。本来90人僧侶がいますが、老僧3人を除いて、すべて捕まって連れ去られました。同時に、160人のチベット人が拘束されていることが確認されています。総数はもっと多いのでしょう。

私が聞いた話では、1家族につき1人は連行されています。外部に電話して話したりすれば“深刻な事態”になると脅かされています。だから、彼らは詳しい話をするのを恐れているのです。

(2008年3月23日、チベット内の知人の言葉を伝える、ペンポ出身の亡命チベット人)

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2008.05.10

【2008年チベット動乱】目撃者の証言集

Radio Free Asiaチベット語サービスのサイトにある証言集の4月分までの全訳。超長いです。要約しちゃうと短くなりそうだけど、そのままがいいと思い、全訳にしました。
What witnesses are saying(Radio Free Asia)
ほとんどがチベット現地のチベット人・中国人に対する電話インタビューです。
記事は新しい順に並んでいます。見出しは勝手に付けました。
急いで訳しているので、細かいところでミスがあるかもしれません。
だいたい合ってると思いますが、あやしそうだったら原文を参照して下さい。
地名についてはチベット語・中国語の併記はしませんでした(原文でも統一されていません)



目撃者の証言

中国当局がチベットの都ラサを封鎖状態に置いている中、目撃者たちが各地に広がる抗議行動の報告を伝えている。ラジオ・フリー・アジア(Radio Free Asia)のチベット語サービスおよび中国語サービスに寄せられた目撃談を紹介する。(最終更新4月23日)

■以下は、3月18日(火曜日)以降、ラジオ・フリー・アジア(以下)RFAに寄せられた証言の元文である。報復を避けるための安全上の理由から、匿名にした部分もある。

■ラサは地獄です(4月23日)

「私たちは今、地獄にいます。日用品を買うため外出するには、2種類の身分証を持っていかねばなりません。ラサ市政府が発行した居留許可証と身分証明書です。5月末までは[ラサを]離れたり動き回ったりするなと告げられています。私たちはダライ・ラマを批判するよう強いられています。私たちのように商店や住宅を貸している者は『分離主義者とのつながりがあったり、所有地内で抗議運動の参加者が見つかった場合は、持ち主が逮捕され処罰される』と警告されました。ここチベットは地獄になってしまいました。」
(2008年4月23日、ラサからの電話)

■尼僧2人が拘束されました(4月23日)

「4月23日午後1時頃、2人の尼僧がカンゼの町の中心部で抗議行動を行ないました。32歳のプモ・ラガ、30歳のソナム・デチェン。カンゼ県のダカル尼僧院の尼僧です。彼女たちは、ダライ・ラマのチベット帰還を求め、『チベットは独立国だ』と主張する手書きのビラを配り始めました。中国の公安当局者がビラを見て、回収し始め、誰が配ったのかを探しました。」

「そして、2人の尼僧が、交差点でダライ・ラマ帰還とチベット人の自由を求めるスローガンを叫んでいるのが見つかりました。彼女たちはすぐに拘束され、警察車両で連れ去られました。連行される間も、叫び続けていました。2人は町にあるカンゼ拘置所に連行されましたが、同じ場所に捕われているのか、あるいは別の場所に移されるのかは、誰にもわかりません。ビラには、2人は自分自身で行動したのであり、ダカル尼僧院は抗議行動とは関係がないと記されていました。」
(2008年4月23日、カンゼからの電話)

■カンゼ公安局の職員

「尼僧など捕まっていません。私は知りません」
(カンゼ公安局の職員)

■チベット人共産党員からの電話(4月17日)

「本当に率直に言いたいのです。チベットに住むチベット人たちは、今回の抗議行動で多くの命を犠牲にしました。彼らがそうしたのには理由があります。その理由とは、自由です。彼らはすべてのチベット人のために行動しました。このことで私は深く傷ついています。私自身ひとりのチベット人です。しかし、中国共産党の党員であり、職務に携わっています。こうした犠牲を目にしたとき、本当に心を動かされました。私があなた方のラジオに電話した理由のひとつは、すべてのチベット人組織そしてカシャク[チベット亡命政府の内閣]に対し、チベット問題を解決する道を見出してくれるよう訴えるためです。チベットの外にいるすべてのチベット人たちは一致団結していると聞いています。団結を続けるべきです。私たちは、国外に住むチベット人たちに希望を託しているのです。だから、すべてのチベット人組織とカシャクは、どう中国とつきあっていくのかを真剣に考えるべきです」

「昨年チベットの使節が中国と会談したと聞きました。その対話は実りないものだっとも聞いています。対話では具体的な成果は何も得られないでしょう。過去にも、チベット人は、17条協定を論議しましたが、具体的な成果はありませんでした。中国人との対話は、いかなる成果ももたらさないでしょう。中国人高官との過去の議論において、具体的な成果がもたらされたことなどないのです」

「今、チベットの状況は、哀れで、非常に緊迫しています。すべてのチベット人は、特に高齢者は、中国の統治下で不安と恐怖を感じています。チベット内外のチベット人が、チベットに自由をもたらすために協力すべきなのです」

(共産党員と名乗るチベッと人からの電話、4月17日)

■100人以上が殺されました(4月14日)

「殺された人の数を正確に示すのは非常に困難です。主な理由は、ジョカン寺周辺では多くの人々が殺され、そして、彼らの多くはカム地方やアムド地方からさまざまな理由でラサに来ていたからです。彼らのほとんどは、居住許可証を持ってません。ですから、証明できるものがないため、犠牲者の数を確かめる術がないのです。100人以上のチベット人が殺されました。多くの友人が、チベット人たちが殺されるのを見ました」

「初めは、負傷した多くのチベット人が中国の病院に運ばれ、そこで手当を受けました。そのうち、負傷したチベット人が病院に運ばれると、手当を受けるかわりに拘束されるようになりました。抗議行動の2日目には、ケガを負ったチベット人さえ、容疑者として拘束されました。だから、ケガをしたチベット人は、死を待つしかなかったのです」

「今、ラサのチベット人の状況は非常に緊迫しています。チベット人が中国人の雑貨屋の店主と値段をめぐって口論になると、店主は警察を呼び、チベット人は容疑者として拘束されます。居留許可証を持っていないチベット人も拘束されます。まともに歩けない老人や学生さえ取り調べられています。漢族中国人には居留許可証は必要ありません。彼らの話す中国語それ自体が、許可証なのです」

(チベットからの電話、4月14日)

■3月10日、ジョカン寺前で起こったこと

「3月10日、3人の僧侶が、トムシカン市場で商店を営むあるチベット人の支援を受けて平和的な抗議行動を始めました。彼らはチベット国旗を掲げて抗議していました。治安当局によると、彼らはセラ寺の僧侶とのことです。3人は捕まって殴られました。

同じ日、武装警察部隊がデプン寺に派遣されました。僧侶らがラサの町に向かっていたからです。警官隊が僧侶らを制止すると、僧侶らは「なぜ家に帰れないのか」と説明を求めました。口論になり、衝突が起こりました。

3月12日と13日、セラ寺の僧侶らが立ち上がり、抗議行動を起こしました。実は私は12日にセラ寺に行く予定でしたが、すべての車両はラサ中学の所で制止され、だれもそこから先へ行けませんでした。友人の中にも同じ所で制止された者がいます。それから、ガンデン寺の僧侶らも抗議行動を起こしたとを聞きました。ラサ市内から十分な警官隊を送ることができず、小規模な分遣隊をタクツェ県に送り、県政府の若手職員全員にガンデン寺に出動するよう命じました。中国人の兵士も一緒に派遣されました。」

「3月14日、私はジョカン寺(ツクラカン)に向かっていました。ラモチェ寺に通じる道路はすべて塞がれていました。ラモチェ寺に着くと、寺自体も警察の車両によって封鎖されていました。突然、ラモチェ寺の僧侶らが抗議の声を上げながら駆け出してきました。彼らは警察車両を1台か2台引っくり返すと、寺の中に駆け戻っていきました。チベット人の若者たちが大勢集まって、その場ですべてを見ており、警官が彼らを威嚇すると、石を投げました。若者たちは警官に追いかけられて逃げていきました。」

「彼らがトムシカン市場の水場を走り過ぎたとき、その辺りにいた若いカムパ[訳注・東チベット出身の男性]たちがラモチェに向かって走り出しました。彼らも投石で警官に挑みました。その頃、大勢のカムパたちがツクラカンの前に集まっていました。私がそこに着いた時、彼らの何人かがジョカン寺に向かってカタを捧げていました。スカーフで顔を覆っている者もいました。ひとりのカムパがツクラカン前の車の上に立って叫びました。『お前たちがチベット人なら、起ち上がらねばならない!』。そして彼は下りて来て、ツクラカン前にあった警察車両3台に火を放ちました」

「続いて、彼らはチベット自治区人民政府に向かって行進しました。『ラサには中国人が多すぎる。インフレがチベット人を苦しめている』と叫びながら。その時、装甲兵員輸送車の音が聞こえ、人々が『軍隊が来た』と叫び始めました。武装警官がデモ参加者を追いかけ、逆にデモ参加者が警官を追いかける場面もありました。同じ日、ラサの別の地域でもチベット人たちが立ち上がり、抗議行動は拡大しました。ラサの中国当局は、これらの抗議行動はすべてダライ・ラマのせいだと非難しました」

「私自身は殺されたチベット人を1日のうちに6人見ました。ラサのアニ・ツァングン寺には診療所があります。チベット人5〜6人がここで亡くなったそうです。見に行くと、遺体に灯明が捧げられていたそうです。知り合いも何人か殺されました。たとえば、ルプク出身のラクパ・ツェリンというチベット人で、観光客相手の運転手です。友人は『ハーラ、ハーラ』とニックネームで呼んでいました。彼は頭を撃たれて死にました。群衆の中にいた時、誰かが『撃たれた!』と叫んだのが聞こえました。彼が近づいて来たとき、ズボンにいくつも穴が空いているのが見えました。警察は標的に当たると弾ける特殊な弾を使ったのです。彼はやがて意識を失い、顔は土色になりました。私は近くにいた人たちに、足を布で縛るよう頼みました」

「彼にあげる水を取りに行った時、カムパが撃たれて血を流しているのを見ました。さらに、少年が亡くなったと聞きました。まだ16歳位です。抗議行動に参加さえしていなかったのです。殺されたラクパ・ツェリンも、入院している母親の見舞いに行った帰りに撃たれたのです。16歳ぐらいの女の子も撃たれました。全身が血に染まっていました。白かったのは手だけでした。お母さんは泣いていました。ひとり娘だったんです。チベット人たちが、彼女を慰めようと箱にお布施を入れて渡しましたが、彼女はそれを放り投げました。彼女はこう言いました。『娘は正義のために死んだのです。悔いはありません』」

「大勢のチベット人が捕まりました。私の宿の窓から、大勢が連れて行かれるのが見えました。もし灯りをつけて外を見たら、撃たれていたかもしれません。ライフルを構えた武装警察が大勢待機していたからです。だから、私は灯りを消してから、窓越しに見ていました。50〜60人の武装警察が家々に押し入り、チベット人を連れ去りました。ある夜、後ろ手に縛られたチベット人を見ました。彼は引きずられて、下水溝につまづいて倒れました。警官たちは彼を殴りました。そのとき中国語でこう言うのが聞こえました。『撃っちまえ!』『殺しちまえ!』。3月14日と15日、まるでお祭りの時の爆竹のように、銃声が聞こえていました。私たちは外出を許されませんでした。大勢の漢族やチベット人の女性たちがチベット服を着ているのを見ました。彼らはすべて漢族のスパイで、地域に潜り込んでいた者もいたそうです。」

「これはすべてダライ・ラマのせいだと中国当局は宣伝しています。チベット人として、やってもいないことで非難されるのを見ると、胸が痛みます。多くのチベッと人が彼を批判しているのも見ました。ダライ・ラマ13世時代の大臣クンペー・ラの夫人だったお婆さんが、大声でダライ・ラマを批判していました。彼らの多くが中国からそうするよう強要されているのでしょうが、口をきわめて猊下を罵っているのです。そんな言葉で猊下を批判するのを聞いて驚きました。一方、私の会った別のチベット人たちは、チベットのあちこちで同じような抗議行動が起こっていることをラジオで聞き、してやったりと思ったそうです。彼らは情報をお互いにやりとりして、チベットの他の地域で起こっていることを知っていました。」

「チベット人は本当に隅に追いやられています。ラサには中国人が多すぎます。1989年に来た時には、あちこちにチベット人の若者がたむろしていたものです。今や、どこも漢族だらけ。本当かどうかよくわかりませんが、リウ[訳注・ラサ駅周辺]の新興住宅地には1万人以上の漢族の移民がやって来るそうです。ペンポの新市街にもさらに1万人。現在のバルコル地区のチベット人街は、ラサの何カ所かの高層団地に分散させられます。これらのすべての計画は、オリンピック後に実施されることになっています。」

「私がまだラサにいた時、ラサ市政府が、何人かの容疑者リストを発表したそうです。その中のトップは、中国の車の上に立ってチベット人の決起を訴えたカムパでした。後に、彼は空港で捕まったと聞きました。取り調べが始まった時には生きていましたが、出て来たときには死んでいたそうです。2人目は手足を折られて出てきて、生きているのかどうか、誰も知りません」

「多くのチベット人が外国の報道陣に来てほしいと望んでいます。しかし、必要ないと考える人もいます。アメリカは抗議行動の模様を衛星から撮影することができたでしょうから。チベット人たちは、その言葉を世界に伝え、広めてほしいと外国人に強く望んでいます。ラサには多くの刑務所があります。どこも捕まったチベット人で一杯です。私の知り合いの運転手は、ある拘置所に行き、チベット人たちが大部屋に囚われているのを見ました。ほとんどは裸でした。トイレも水もなく、その部屋で排便するしかないのです。100人以上のチベット人が連れて行かれるのが、私の宿から見えました。ラル地区で5〜6台の軍のトラックを見た人もいます。そのトラックには、中国人兵士に護送されるチベット人たちが手を縛られて詰め込まれていました。1000人を超えるチベット人が捕まったと私は思います」

(英国在住のチベット人。ラサの抗議行動とそれに続く弾圧を目撃した)

■娘の元に父親の灰だけが返ってきました(4月5日)

「短い時間で約200人のチベット人が捕まりました。混乱の最中で、誰が生きていて、誰が死んだのか、誰が連れ去られたのかは、わかりません。頭にケガを負った中国人を何人か見ました。それから、私の姉の話では、ルプク地区で9人のチベット人の遺体を見たそうです。私自身は、アニ・ツァングン診療所で、チベット人の女性と男性1人ずつが亡くなって横たわっているのを見ました。ラサ市人民医院に行った時、3人のチベット人が運び込まれるのを見ました。ケガ人の一人は、カム地方ペルバル出身のテンジン・ノルブです。彼の姉が連れて来たため、身元がわかりました。彼は頭を撃たれ、自治区人民医院に運んだほうがいいと勧められました。彼は嘔吐していました。助からなかったと思います。まだ若い…おそらく21か22でしょう…お姉さんによると、セラ寺のふもとにある学校の学生だそうです。別の若者も頭を撃たれていました。出血がひどく、助かる見込みはほとんどありませんでした。もう1人の若者は尻を撃たれ、4カ所ほど銃創を負っていました。」

「これ[決起]は正しい行為だと思います。私は抗議行動に参加し、ラモチェ寺周辺で2時間ほど抗議行動をしたうちのひとりです。この抗議は、私たちの祖国における中国による抑圧への絶望の表われだと理解しています。中国当局による実質的な鎮圧・弾圧は3月14日の夜、始まりました。夜8時頃、ラサのチベット人たちは、中国軍がやって来ることを知りました。多くはその場を立ち去って帰宅しましたが、抗議行動を続けた者もいました。まさにその夜、大勢のチベット人が連れ去られ、中国の武装警察がチベット人たちに発砲するのを見ました。」

「この目で見ました。3月14日、15日、16日には銃声が聞こえました。ルプク地区で亡くなった一人が、ラクパ・ツェリンです。彼のことは知っていました。娘さんが一人残されました。トゥールン・デチェン出身で、運転手をしていました。金曜に亡くなり、翌週の月曜に葬儀が予定されていました。しかし、頭に銃創を負っていたため、当局は遺体を解剖のため持ち去りました。後に遺体ではなく灰が返ってきました。ほとんどの犠牲者の身元はわかりません。家族が生きているのか、死んでいるのか、捕まっているのか、知る術はありません。遺体は当局に持ち去られて処分されてしまいました。」

「ラサにいた時聞いた話では、捕まったチベット人は、情勢が不安定なダプチやトゥールンの刑務所には連行されなかったそうです。多くはグツァや鉄道駅に近いニェタンの拘置所に入れられました。ニェタンでは約200人のチベット人が拘置され、取り調べを受けました。中国のテレビは、ペンポ・ルンドゥプ県でも農民や僧侶、学生らが抗議行動を起こしたと伝えていました。番組では、彼らは政府当局に投降したと主張していました。しかし、何人かのペンポ出身の人と話したところ、投降したことを否定し、中国当局は嘘を言っていると言っていました。」

(オーストラリア在住のチベット人女性。当時ラサにいた。4月5日にRFAの座談会に参加)

■東チベット・チャムドの緊張(4月2日)

「チャムド県では『人民と当局はアムド地方やカム地方カンゼ地域出身のチベット人に警戒しなければならない』という地元政府当局の通達が出ていました。チャムド市内では特に事件はありませんでした。居住者の多くは政府職員です。しかし、町には大きな武装警察の部隊があります。4月2日、政府は職員と住民らに、カンゼとアムド出身のチベット人に警戒するよう告げました。政府の通達によると、当局は、これらの地域からチャムドに来るチベット人を拘束する権限を有するといいます。こうした規制のため、旅行や仕事、あるいは日雇い労働などのチベット人は大きな迷惑を被っています」
(2008年4月2日、チャムドのチベット人が、オーストラリア在住のRFAのレポーターに語った)

■東チベット・ゴンジョで爆発事件(4月2日)

「チベット自治区ゴンジョ県のある町の近くで爆発がありました。そこには県と地元政府の職員の住居になっていた建物があります。はっきりした日付や時間はわかりませんが、最近、その建物が爆発で大破しました。調べてみると、爆破装置が4つ見つかり、実際に爆発したのは2つでした。住人にケガはありませんでした。」
(2008年4月2日、チベット人がオーストラリア在住のRFAのレポーターに語った)

■東チベット・パシュの事件(4月2日)

「3月28日、チベット自治区チャムド地区パシュ県のニェラ寺のツェリン・ドルジェという僧侶が中国警察に拘束されました。彼はパシュの町の中心部に行き、宗教の自由とダライ・ラマの帰還を求めるポスターを貼りました。その地域には武装警察があるため、彼はすぐ連行されました。現地のチベット人たちは、彼は地元の刑務所に投獄されたと信じています。彼の釈放を求めるためニェラ寺の僧侶100人以上が町に出向く準備をしていましたが、僧院長や高僧に説得されて思いとどまりました。」
(2008年4月2日、チベット人が、RFAチベット語サービスに語った)

■東チベットの僧院に大規模な武装警察部隊(4月2日)

「カムの主立った僧院の近くに、大規模な中国の武装警察部隊が配置されています。ペユル寺には2,000人。トムタク寺に約500人。カトク寺のすぐ近くのホルポには約1,000人。武装警察は僧院に立ち入り、僧坊や高僧たちの住居を捜索しています。ダライ・ラマの写真を見つけると、警官はそれを押収し、所持していた僧侶を非難します。地元のチベット人住民は、夜9時以降は外出しないよう警告されています。その時間帯に見つかれば、3カ月拘留されます。また、武装警察が町を通って移動する際には、妨げてはならない、そして、もし妨害すれば、一切の容赦なく殺されると警告されました。ペユル寺の僧侶らは、中国国旗を寺の屋根に掲げるよう命令されましたが、応じませんでした。」

「当局は、ダライ・ラマ批判のキャンペーンを始め、[最近の騒乱における]『ダライ集団』の関与を示す宣伝フィルムを上映し、ラサでイスラム教寺院や漢族の商店・レストランを襲ったチベット人を非難しています。高僧らはダライ・ラマを批判するよう強要され、自由に移動することが許されません」
(2008年4月2日、カム地方のチベット人がRFAチベット語サービスに語った)

■何も言えません(4月2日)

「まさに渦中にいます。何と言っていいのかわかりません。私はチベット人ですが、政府の職員でもあります。個人的な意見を言うのは困難です。」

(2008年4月2日、サンチュ[甘粛省夏河県]のラプラン寺近くに住むチベット人公務員が、RFA中国語サービスに語った)

■テレビは信じません(4月2日)

「[中国政府に管制された]テレビの言うことは信じません。しかし、あなたと電話で話すことはできません。」
(2008年4月2日、四川省カンゼ州に住むチベット人女性がRFA中国語サービスに語った)

■成都のチベット人大学生(4月2日)

「ダライ・ラマという名に触れることさえタブーです」

(2008年4月2日、四川省成都のチベット人大学生が、RFA中国語サービスに語った)

■僧侶が殺された(3月31日)

「3月14日、彼らは軍隊によって殺されました」

(2008年3月31日、甘粛省のチョネに住むチベット人女性が、RFA中国語サービスに語った。現地での初期の抗議行動で僧侶が中国軍に殺害されたことについて)

■騒乱はまだ起こっています(3月30日)

「河北省武漢の部隊がチョネ周辺に配置されています。武装警察が、逃げたチベット人たちを逮捕しようとしています。散発的な騒乱はまだ起こっています。」

(2008年3月30日、甘粛省の男性が、RFA中国語サービスに語った)

■旅行者の立ち入りは禁止されています(3月30日)

「四川省のラモ寺[訳注/タクツァン・ラモ寺]近くにはまだ大勢の武装警察が駐留しています。ラモには、甘粛省側と四川省側に[省境をはさんで]1つずつ僧院があります。四川側のラモ寺の僧侶はまだ抗議行動を続けています。衝突は起きていませんが、旅行者の立ち入りは禁止されています」
(2008年3月30日、地元チベット人男性が、RFA中国語サービスに語った)

■自由を求めています(3月30日)

「私たちはまだ自由を求めています。」
(2008年3月30日、四川省ダンゴ県[炉霍県]のチベット人僧侶が、RFA中国語サービスに語った)

■ダライ・ラマ批判を求められました(3月30日)

「数日前に、さらに多くの部隊が到着しました。正確な数はわかりませんが、今回は武装警察だそうです。市内にも郊外にも配置されています。30〜40人が拘束されました。多くは地元の遊牧民です。自ら出頭した者もいますし、捕まった者もいます。数日前、パトロール中の兵士が遊牧民たちに教われました。私は、今回の騒乱についての自分の意見と、ダライ・ラマ批判を書くよう求められました。他の商人たちの多くも同じことを言われました。もちろん、書きたいように書くわけにはいきません」
(2008年3月30日、青海省チクディル県[久治県]住人が、RFA中国語サービスに語った)

■処罰されました(3月30日)

「私はあのインタビューを受けたことで処罰されました」

(2008年3月30日、四川省カンゼ州の政府職員が、RFA中国語サービスで語った。彼は以前、RFAに対して騒乱を認める発言をした)

■話さないことにしましょう(3月27日)

「私たちには状況はよくわかりません。そう出歩きません。それについては話さなないことにしましょう。お願いです。お願いします」
(2008年3月27日、ラサ近くに住むチベット人女性が、RFA中国語サービスに語った)

■ラサの中国人女性(3月27日)

「今は大丈夫なはずです。ほんの数日前までは、交差点ごとに兵士がいました。トラブルの起こっている地域もあれば、平穏な地域もあります。兵士たちは昨日引き上げました。…[僧院には]まだ兵士はいるにちがいありません」

(2008年3月27日、ラサで商店を営む漢族女性が、RFA中国語サービスで語った)

■チベット人を大勢捕まえました(3月27日)

「彼らはチベット人を大勢捕まえました。重大な犯罪に関わった者が逮捕されています。罪がそう重くない者は釈放されています。…[捕まった人たちは]県の私たちの側に車で次から次へと運ばれてきていました」

(2008年3月27日、甘粛省チョネ県[卓尼県]在住の漢族女性が、RFA中国語サービスで語った)

■彼らは僧侶に発砲し、1人を殺しました(3月26日)

「月曜日、チョクリ寺の僧侶とンゴコク寺の尼僧を含む約1,000人がダンゴ県[炉霍県]で抗議行動を行ないました。中国警察は僧侶を殺害しました。彼らは僧侶らに発砲し、1人を殺したのです。彼は『チベットに自由を!』と唱えていました。私たちは行進していました。警官隊が道を塞ぎ、撃ってきました。月曜の夜、僧侶30が捕まりました。」

「火曜には、さらにダンゴ寺の僧侶200人以上がやはりダンゴの町に出ました。私も加わりました。私たちは行進しながら『私たちは自由がほしい!』と唱えました。警官は100人くらいいました。しかし、衝突はありませんでした。今日は誰も町に出ていないと思います。なぜなら今日は外出を禁じられているからです。僧院の入り口には武装した警官が配置されています。」

(2008年3月26日、チベット人僧侶が、RFA中国語サービスで語った)

■世界に伝えて下さい(3月22日)

「今、私たちはツォロ[訳注/青海省海南州]で抗議行動を行なっています。私たちは、中国指導部がダライ・ラマ猊下との対話を始め、チベット問題を平和的に解決することを求めています。また、猊下のチベット訪問が許されるよう求めています。私たちの抗議行動は平和的であり、ツォロ州のセルロ寺の僧侶10〜15人によるものです。たった今、私たちは、町の役所がある中心部に向かって行進しています。そこから、県政府の役所へ向かう予定です。大勢の地元のチベット人、主に遊牧民たちが加わっています。」

「…セルロ寺から4〜5マイル行進してきましたが、中国の治安部隊が、町と県の中心部に向かうことを許さないのではないかと懸念しています。この抗議の行進はまた、ラサなどチベット各地で平和的な抗議行動を起こしたチベット人たちを応援する気持ちの表われです。今、治安部隊がやって来たようです。ありがとう。私たちがしていることを他の人々に伝え、世界に放送して下さい」

(2008年3月22日、抗議デモを行なっている最中の僧侶が、RFAチベット語サービスのインタビューに答えて)

■チベットの国旗を掲げました(3月22日)

「3月18日、私たち、アムド・ゴロク[青海省果洛州]のペユル・タルタン寺の僧侶は、地元の県政府の役所に向けて行進をしました。地元のチベット人も加わり、約300人になりました。そのとき、武装警察はいませんでした。ほんの40人ほどの地元の警官だけでした。私たちは、県政府の役所まで行進し、中国の国旗を引きずり下ろし、チベットの国旗を揚げました。地元の警察は特に邪魔しませんでした。彼らはただ遠くから見て、写真を撮っていました。それから私たちは地元の学校や病院に行進し、中国の国旗を下ろし、代わりにチベットの国旗を掲げました。私たちはまた拘置所に向かい、すべての囚人の釈放を当局に求めると、彼らはそれに応じました。私たちはすべての抗議行動を平和的に行ない、誰ひとり傷つけず、一切の損害をもたらしていません。それから午後になると、武装した治安部隊を満載したトラックが4台到着しました。彼らは、5人か6人、おそらくもっと大勢のチベット人を逮捕しました。」

「今、抗議行動に参加しなかった僧侶しか寺にはいません。残りは山中に身を潜めています。高僧らは罪人を引き渡すよう圧力をかけられています。[中国は]自首すれば酌量すると言っています。自首しなければ“深刻な事態”になるでしょう。僧院は今、治安部隊に包囲されています。私たちがしたこと、そして私たちどんな状況にあるのかを伝えて下さい。ありがとう」

(2008年3月22日、ペユル・タルタン寺の僧侶が、RFAチベット語サービスに語った)

■治安部隊が発砲し、2人を殺しました(3月21日)

「3月20日、中国の治安部隊がセルタ県[四川省色達県]キクの町に到着しました。約1,000人いました。彼らは、17日の抗議行動で町の役所の建物に掲げられたチベット国旗を引きずり下ろそうとしました。抗議行動の参加者たちが平和的に抵抗していると、治安部隊が発砲し、2人を殺しました。犠牲者の名はキャリとツェド。2人ともツェシュル村の出身です。イェシェ・ドルジェ、タプケなど8人は重傷を負い、セルタ県の病院に運ばれました。セルタでは、セルタ・セラ寺の僧侶らが率いる1,000人以上のチベット人が抗議の行進を始め、約30マイル進んだところで、その2人のチベット人が殺されたのです。彼らはチベット国旗とダライ・ラマの写真を掲げ、『ダライ・ラマ万歳!』『チベットに人権を』そして『チベット独立!』といったスローガンを叫んでいました。彼らはまたチベット独立を訴えるビラを配りました。治安部隊は“深刻な事態”になると彼らを脅しましたが、彼らは平和的なデモを続けることにしました。今のところ[それ以上の]発砲はありません」

(2008年3月21日、セルタ在住者が、RFAチベット語サービスのインタビューに答えて)

■外出したチベット人はみんな捕まりました(3月20日)

「ラサの兄弟の家にいます。でも、町に入ることはできません。治安部隊がすべてを封鎖してしまっていて…居留許可証を持っている者は動き回れますが、持っていない者は外出できません。15日と16日、外出したチベット人はみんな捕まりました。今も、中国の治安部隊による封鎖は続いています。彼らは治安要員が撮影した写真を持って、そこに写っているのは誰か、どこにいるのかを尋ねて回っています。最近、僧侶がひとり捕まったと聞きました。中国が妨害電波を出しているため、RFAとVOAのラジオ放送はラサでは聞けません」
(2008年3月20日、ラサ在住のアメリカ国籍のチベット人が、RFAチベット語サービスに語った)

■僧侶たちは再教育を拒否しました(3月20日)

「カムのガパ地域のセルカル寺の僧侶に対する再教育を実施するため、大規模な治安部隊が到着しました。しかし、すべての僧侶は参加を拒否し、かわりに宗教の自由と人権を求めるスローガンを叫びました。約500人の僧侶がいます。治安部隊は寺を去る前に、明日戻って来て捕まえてやると脅したそうです。その後どうなったかはわかりません」
(2008年3月20日、ンガバ[四川省ンガバ]のチベット人目撃者)

■治安部隊が学生たちを包囲しました(3月20日)

「青海省では、3月19日、玉樹州出身のチベット人学生が抗議行動を起こしました。約800人の学生のうち、約400人が参加しました。彼らは中国国旗を下ろし、火をつけました。治安部隊が到着し、学生たちを包囲しました。治安部隊は、その地域で騒乱を起こす者には発砲せよと命じられたことを告げました。学生たちは他のチベット人たちとの接触を禁じられています」

(2008年3月20日、青海省より)

■2,000人がデモに参加しています(3月20日)

「アムドのツェコ[青海省沢庫県]では、3月20日も僧侶らが平和的な抗議行動を続けています。僧侶を含む2,000人のチベット人が参加しています。参加者が求めているのは、中国の指導部がダライ・ラマとの平和的な対話を開始し、チベット問題を平和的に解決することです。彼らはまた、すべてのチベット地域での実質的な自治を求めています。そして、ダライ・ラマがアムドを訪問することを許すよう求めています。今ここには治安部隊はいませんが、こちらに向かっていると聞きました。中の世界には自由はありません。私たちは今、県政府の役所の前で抗議行動をしています。約2,000人います。私たちは平和的に抗議しています」

(3月20日、アムドのデモの最中、参加者がRFAチベット語サービスに語った)

■オリンピックが終わるまで拘束される(3月20日)

「今日もまた中国の警察が、アムド・ンガバ[四川省アバ]地域のチベット人の家々を1軒1軒捜索しています。ダライ・ラマの写真や、政治的に問題のある物や文書はすべて押収されます。自宅から見つかった場合は逮捕されます。オリンピックが終わるまで拘束されると言われています。オリンピックが終わったら、裁判が始まるのだそうです」
(3月20日、ンガバのチベット人の証言)

■まだ外出禁止令(3月20日)

「町に出入りする時は、身分証明書を提示しなければなりません。まだ外出禁止令が出ていて、通りはほとんど放ったらかしの状態です。商店は仕事になりません。みんな家にいます」
(3月20日、ラサ在住のチベット人がRFA中国語サービスで語った)

■何も話せません(3月20日)

「言ってはならないことを一言でも口にすれば捕まってしまいます。怖いです。何も話せません」
(3月20日、ラサ在住のチベット人女性がRFA中国語サービスで語った)

■携帯電話はつながりません(3月20日)

「大勢が捕まりました。私は家にいて、友だちと連絡もとれません。私の携帯電話はつながりません。私に電話すると、電源が切れているというメッセージが流れます。実際は一度も切ったことはないのですが」
(3月20日、ラサ在住のチベット人男性がRFA中国語サービスで語った)

■ラサの刑務所は満杯です(3月20日)

「ラサでは、抗議行動に参加しようがしまいが、身分証明書を持っていないチベット人は捕まってしまいます。身分証を持っていない遊牧民も多いんです。ラサの刑務所は満杯です」
(3月20日、チベット亡命政府スポークスマンが、RFA中国語サービスで語った)

■バイク30台以上が大破しました

「昨夜、60台の警察のトラックがボラ地域にやってきました。7台ないし10台はすでにこの地域に配置されていました。今朝、60台すべて去って行きました。近くの僧院の僧侶たちは外出を許されず、外にいる僧侶は帰ることを禁じられました。3月18日、さまざまな地域のチベット人たちが馬で町の中心部にやって来ました。バイクで来た若者も大勢いました。バイクは警察のトラックに引かれ、30台以上が大破しました。今のところ、この地域での逮捕や発砲の知らせはありません」
(ボラ地域の人と話したインドのデプン・ゴマン寺のクンチョク・ギャツォ)

■今朝だけでも、市場で3人捕まるのを見ました

「ラサでは、大勢のチベット人が捕まりました。今朝だけでも、タリン市場で3人が捕まるのを見ました。ひどい暴行を受け、手錠をかけて連れて行かれました。中国とコンポ地方からさらに治安部隊が送り込まれたそうです。町中に入るチベット人は検問で調べられます。男性や若者は全身くまなく調べられますが、女性には少し緩いようです。体だけでなく、手荷物を調べられます。軍隊で一杯になったラサの町を見るのは恐ろしいです。中国の装甲車のナンバープレートは、どの部隊かを特定されないよう覆われています」

(ラサ在住のチベット人の証言)

■昨日も1人殺され、9人が連行されました

カンゼの町に平和はありません。昨日も1人殺され、9人が殴られて連行されました。連行された人の家族には、生きて会える望みはありません。ただ遺体を待つのみなのです。しかし、家族にとって悔いはありません。彼らは正義のために命を落としたのだと信じているからです。最近さらに7人チベット人が逮捕されました。ギュルメ、ペンパ、ドルジェ、ジャムヤン、クンガ、チメ・ゴンポ、そして、ナムサ・ワンデン。カンゼの町の中心部では、チベット人は自由に移動できません。そこに行けるのは人民武装警察だけです。地元の県政府幹部には何の権限もなく、武装警察が管制を敷いています。40台の新品の車両と2機の航空機、そして1万人近いと思われる武装警官が駐留していると地元の人々は見ています。

(カンゼのチベット人の証言)

■学生たちは帰郷を許されません

「ンガワ[アバ]に両親がいるマルカム普通学院のチベット人学生たちは、噂を聞いて帰郷したいと希望しました。学校当局は、学校にいたほうが安全だと言って制止しました。衝突が起きたのは何日だったのか、定かではありません。しかし、キャンパスは事実上の戒厳状態に置かれ、3月15日以来、学生たちは帰郷を許されていません。学校にいる限り、安全は保証されています。学校側は、人々が騒乱を起こすことを憂慮しています」
(四川省マルカム県のマルカム普通学院の漢族教師が、RFA中国語サービスで語った)

■家族の安否が心配です

「この状況について話すのは適切ではありません。家族には電話もつながりません。呼び出し続けてるんですが、話し中の音になって、つながらないんです。家族の安否が本当に心配です。現地で何が起こっているのか、まったくわかりません。通信手段が機能していないんです」
(四川省成都の西南民族大学のチベット人学生が、RFA中国語サービスで語った)

■話すのはまずいんです

「話すのはまずいんです。携帯電話は盗聴されています。校内で抗議行動があるかどうかは言えません。まずいんです…」
(上海在住のチベット人学生が、RFA中国語サービスのインタビューに答えて)

■四川省成都でも検問

「成都のチベット自治区事務所へつながるすべての大通りには、車両の中で待機する機動隊と武装警察が配置されています。私は近所を歩きましたが、ミニバンや普通車など、治安関係の表示を付けた車両は60台を下りません。チベット自治区事務所方向へ向かう車はすべて検問を受けます。トランクが調べられ、ドライバーは車から下りて、身分証を提示しなければなりません」
(成都在住の漢族活動家Huang Xiaominが、RFA中国語サービスのインタビューに答えて)

■私たちの政策に不適切なところがあったのだと考えるのが自然です

「ラサで抗議行動を起こした僧侶たちがきわめて乱暴に扱われ、戦車まで投入されているのを、“FreeGate”を使ってインターネットで見ることができました。やりすぎだと思います。死者が出たと聞きました。私は大勢のチベット人と仕事をしたことがあります。多くの少数民族を知っています。特にチベット人は好きです。ひとつ例をあげましょう。料理や水が足りなくなったとき、チベット人の家を訪ねて行けば、だれもが面倒をみてくれます。食べ物や泊まるところを提供してくれます。私だけでなく、友人5〜6人がそういった体験をしました。彼らが本当に騒乱を起こそうとしたというなら、私たちの政策に不適切なところがあったのだと考えるのが自然です。チベット人の友人たちにお願いします。漢族全員を嫌いにならないでほしいんです。目に映るのは本当に悲しい風景です。戦車ですよ…戦車なんて、ひどいものです…」
(北京在住の中国人が、RFA中国語サービスのリスナー参加番組に電話して語った)

■この地域だけで18人の遺体が確認されました

「ンガバ[アバ]の抗議行動では、計18の遺体が確認されました。キルティ寺だけで、15人が葬儀のため運び込まれました。近くの遊牧地帯で、さらに3人の遺体が確認されました。ンガバには他にも多くの僧院がありますから、他の僧院にも遺体が運び込まれているのでしょう。だから、この地域だけで18人が確認されたということです。彼らはあえて中国の病院に行くことをせず、自宅で治療を受けました」
(チベット人目撃者の証言)

■家宅捜索で無実の6人が連れ去られました

「ラサでは、中国人警官が人民武装警察を伴ってチベット人の家々を捜索しています。居留許可証の提示を求め、もし持っていない者がいれば、何の説明もなしに連行されます。許可証を持っているチベット人でさえ、何かの理由で疑われると連行されてしまいます。

例えば、3月15日の夜10時頃、武装警察を伴った警官たちがチベット人の家々の捜索を始めました。カム地方ツァワ・パシュ出身の家が捜索されました。ケルサン・ギャルツェンには2人の息子ロチュ、チャンパと、娘がひとりいました。娘は居留許可証を持っていましたが、他の家族は申請中で、まだ発給されていない状態でした。すると、中国人警官は父と息子2人を逮捕して連れ去りました。娘さんには、彼らがどこに連れて行かれたのかわかりません。警官は家の中を捜索し、現金1万元を発見しました。一家は小さな商店を営んでいたからなのですが、警官は彼らの言うことに耳を貸さず、その金を持ち去りました。娘さんはお金もなく、ひとりきりで残され、父と兄弟がどこで捕らえられているかもわかりません。彼女は父と兄弟の安否を心配し、憂いています。

同じ区画の中に、カム地方デルゲ出身の家族が住んでいました。父の名はツォニ。彼にもまた2人の息子がいます。同じ夜、家宅捜索を受け、彼らも逮捕されました。

6人はいずれも無実であり、抗議行動には参加していないそうです。中国は政策として、男だろうが女だろうが、チベット人の若者のほとんどを捕まえようとしているのです。彼らがどこに連れていかれたのかは、誰にもわかりません。外出しようとすれば、逮捕されてしまうでしょう。殺されてしまったのか、拘束されているのか、あるいは暴行を受けているのか。生きているか死んでいるかさえもわからず、見つけ出す術もないのです。ラサは事実上の恐怖政治の中にあります。」
(ラサの親戚に電話をかけた、カナダ在住のジャンペル)

■リーダーは射殺されました

「3月18日午後2時5分頃、四川省のカンゼで抗議行動が起こりました。僧侶も俗人も参加していました。ペマ・デチェンとンゴガという2人に率いられた参加者たちは『ダライ・ラマ万歳』『チベットに自由を』と叫び、ビラを配りました。数百人の武装警官が動員され、デモ隊を制止しました。デモ隊が抗議行動を続けたため、当局は10人を逮捕しました。捕まったのは、ペマ・デチェン、ゴンポ、ツェテン・プンツォク、ロブサン、サンポ、パルデン、ゴンポなどです。リーダーのひとりンゴガは射殺されました。他の9人は引きずられていきました。ケガを負っているように見えましたが、はっきりとはわかりません。今、カンゼ中が警官と兵士だらけです。チベット人は誰ひとり外出して、町を歩くことはできません」
(四川省カンゼのチベット人)

■僧侶のひとりが射殺されました

「タルギェ寺の僧侶200人以上が抗議行動にやって来ました。しかし、中国人スパイが当局に通報しました。デモ隊がカンゼの旧市街へと行進していると、警官隊が立ちはだかりました。僧侶が抗議すると、僧侶のひとりが射殺されました」
(四川省カンゼのチベット人)

■学校で抗議のスローガンを叫びました

「昨日と一昨日、私たちの学校[陝西省咸陽のチベット民族学院]の学生たちは、抗議のスローガンをたくさん叫びました。学生寮は7階建てですが、スローガンのほとんどは3〜7階から聞こえてきました。学生たちは屋上から魔法瓶などを放り投げました。この学校には約1,000人のチベット人学生がいます。今日は学校当局が全学生を大きな集会に招集し、事件に関わった者は告白文を提出せよと告げました。そして、党員は資格を失うことになると警告しました。今のところ学校には警官の姿はありません。しかし、この事件はすべて省の政府に報告され、あらゆる必要な措置が講じられると、集会で告げられました。」
(陝西省咸陽のチベット民族学院の学生の証言)

■警官が遺体を持ち去りました

「以前、射殺された男性の話をしました。昨日、その家族が葬儀のため遺体を運ぼうとしたところ、警官が家にやって来て、遺体を持ち去りました。解剖して調査するため、すべての遺体を持ち去っているのだと警官は言いました。そして、騒乱の遺体はまとめて火葬にする。火葬の前に家族には連絡があり、火葬後、火葬場を訪ねることが許可されるのだと。こうして家族に有無も言わさず、遺体は強引に運び去られました」
(ラサのチベット人による証言)

■戒厳状態です

「ラサは全体に戒厳状態です。最近の破壊の跡を片付ける作業があちこちで進んでいます。市内では、市の身分証を持っていれば移動はできます。しかし、巡礼や旅行などで外から来た者は中に入れませんし、すでにいる者は出られません。私は巡礼に来ましたが、最後の4日間は旅行も外出もできず、宿にこもっていました」(ラサのチベット人による証言)

■デモ隊の先頭では少女がダライ・ラマの写真を掲げていました

「3月18日、リタンでは300人以上のチベット人が抗議行動をしました。デモ隊の先頭では、[アッパ・ブモという]少女がダライ・ラマの写真とカタを掲げていました。彼女は中国の治安要員に逮捕されました。この地域には大規模な中国の軍隊が駐留し、さまざまな規制が敷かれました。ニュースメディアはすべて遮断されています。学校もオフィスも商店も閉まっています」
(リタンのチベット人による証言)


■以下は3月17日(月曜日)のチベット人と中国人による証言

■武装警官が通行人の身分証をチェックしています(3月17日)

「今日はよくなりましたから、外出できます。多くの人々が食料を買いに出て来ています。しかし、町には武装した警官が大勢立っており、通行人の身分証をチェックしています。町には警官が大勢います。現地政府は私たち外国人にラサを離れるようには言ってきません。しかし、出て行きたいなら、外事事務所が手助けしてくれるでしょう」
(ラサにいる香港人女性商人)

■北京の中央民族大学で沈黙の抗議(3月17日)

「北京の中央民族大学のチベット学部門には約2,000人の学生がいます。そのうち40人が、チベットのさまざまな所で殺されたり、傷ついたりした人々を悼むため沈黙の抗議に参加しました。警官がやって来ました。彼らは今、教室に閉じ込められています。」
(北京で抗議行動に参加したチベット人の証言)

■病院が被害を受けました(3月17日)

「ラサの人民医院が被害を受けました。地元のチベット人は、これはチベット人が手当を受けられないようにするための中国人の仕業だと疑っています。ラサの病院に運ばれたチベット人は今、追い返されています」
(匿名のチベット人)

■犠牲者が出ました(3月17日)

「地元の寺院の僧侶が武装警察と衝突しました。犠牲者が出ました」
(四川省ンガバのチベット人住民)

■大勢の警官がいます(3月17日)

「町中でも郊外でも騒乱が起き、町には大勢の警官がいますが、自分の身の安全が心配になるほどではありませんでした」
(四川省ンガバの中国人住民)

■旅行者は立ち去るよう命じられました(3月17日)

「旅行者はンバガ地域から立ち去るよう命じられました。到着したばかりの外国人の3グループが、すぐに立ち去るよう告げられました」
(四川省ンガバの中国人ホテル従業員)

■400〜500人の僧侶が町に現れました(3月17日)

「土曜の午後、400〜500人の僧侶が町に現れました。彼らは窓ガラスを割り、1時間足らずで去って行きました。この地域を守るため約2000人の兵士が駐留していました。」
(甘粛省と四川省の省境にある寺院の近くに住む漢族目撃者)

■甘粛省の中国人(3月17日)

「抗議行動の規模は小さいですが、まだ続いています…マチュ県とルチュ県それぞれに約1,000人の武装警察が配置されました」
(3月14日に始まった抗議行動について、中国人の証言)

■青海省の中国人(3月17日)

「チベットで暴動が起