95 posts categorized "経済・政治・国際"

2009.10.21

【イベント】11/8 ミニシンポジウム「チベット人ジャーナリストと見る「聖地チベット」展」@早稲田

続々イベントのご案内。

見る・聞く・考える「聖地チベット—ポタラ宮と天空の至宝—」
◆チベット人ジャーナリストと見る「聖地チベット」展◆

ダライ・ラマ14世同行取材のため来日中のチベット人ジャーナリスト2人を迎え、
上野の森美術館「聖地チベット」展に展示中の「美術品」について、また展示を巡るさまざまな話題について、
意見交流の機会を持てることになりました。

聖地チベット展をご覧になって「何かもの足りない」と思われた方、
「これはこれでいいじゃん」と思われた方、ぜひお越し下さい。
チベット文化の奥深さ、チベットの魅力について、
さらに感じる機会になればと思います。

■日時:2009年11月8日(日)午後2時〜4時半
■場所:新宿区立榎町地域センター4階多目的ホール(新宿区早稲田町85)→地図
■参加費:700円
■主催:ノルブ・クリエイト
■問い合わせ:090-7108-1913

■内容
・「聖地チベット」展解説 長田幸康さん(I Love TIBET!主宰)
・在日チベット人からの報告ツェリン・ドルジェさん(SFT Japan代表)…聖地チベット展についての経緯とSFT Japanの活動について
・パネルディスカッション
・シェーラプ・ウーセルさん(記者、亡命政府報道官)
テンジン・チュジョルさん(亡命政府法王庁カメラマン)
・ツェリン・ドルジェさん(SFT Japan代表)
 ほか

■言語:日本語、チベット語、英語(通訳あり)
■予約不要
■終了後、懇親会もあります(参加費別途)。参加希望者は事前にご予約ください。

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2009.08.28

【イベント】9/26(土)第6回「チベットの歴史と文化学習会」(上田豊/渡辺一枝/テンジン・タシ/福島香織他)

2008年蜂起をきっかけに始まった「チベットの歴史と文化学習会」。第6回目です。
【2009/9/10更新】産経新聞の福島香織さんの出演が決定!

pdf版のチラシはこちら

第6回「チベットの歴史と文化学習会」
2009年9月26日(土)18:15〜21:15(開場18:00)
文京区民センター 3-A会議室(東京都文京区本郷4-15-14)

第6回「チベットの歴史と文化学習会」

■日時:2009年9月26日(土)18:15〜21:15(開場18:00)
■場所:文京区民センター 3-A会議室
    交通 営団丸ノ内線・南北線 後楽園駅徒歩3分
    都営三田線・大江戸線春日駅徒歩1分
    JR総武線水道橋駅 徒歩13分
    http://www.city.bunkyo.lg.jp/gmap/detail.php?id=1754
■参加費:¥600

■参加のお申込み
 当日参加も可能ですが、事前にお申込みいただいた方を優先させていただきます。申込みページ(↓)からお申込み下さい。
 参加お申込みページはこちら(http://www.tibet.to/gaku6/)
※定員になり次第締め切らせていただきます。

■プログラム(予定)

(1)特別講義「ヒマラヤ・チベット圏の氷河の変貌と地球環境」
講師:上田 豊(元名古屋大学大学院環境学研究科教授)

(2)チベット報告「チベットで見た鉱物資源の採掘場」
報告:渡辺一枝(作家)

(3)映像とディスカッション「チベット問題を問う(1)」
チベットのサポーターとして、日本人として、いかに「チベット問題」に向き合うか?
映像の後、発言者それぞれの立場からの考えを語り合います。
発言者:福島香織(産経新聞 元中国総局記者) テンジン・タシ(在日チベット人)
    渡辺一枝(作家) 長田幸康(I love Tibet!HP 主宰)
司会:藤田祐子 *発言者は都合により変更となる場合もあります。

●主催:チベットの歴史と文化学習会
●お問い合わせ:e-mail: trb.gakusyuukai★gmail.com
       (★を半角の@に換えて下さい↑)


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2009.08.16

【講演】9/11(金)@町田「チベットって何?〜いま何が問題か」(長田幸康)

内容的には、かなり入門編です。
お近くの方は是非どうぞ!
以下フライヤーから抜粋します。

講演会「チベットって何?〜いま何が問題か」

1949年、東隣りに中華人民共和国という国ができた。毛沢東という指導者が北京で「チベットを解放するぞ!」と宣言したのが、チベットの終わりの始まりである。圧倒的な武力でチベットはすぐに陥落し、1959年、指導者のダライ・ラマ14世がインドに亡命。北インドのダラムサラにチベット亡命政府を樹立した。チベットは、チベット自治区と四川省、青海省、甘粛省、雲南省の一部として組み入れられ、現在は中国の一部になっている。そして今、チベットの中では? チベットの何が問題か?

開催日時:2009年9月11日(金)18:30〜20:30(開場18:00)
会場:町田市民フォーラム 3階ホール(定員180名)
   →地図
参加費:無料
講師:長田幸康(おさだゆきやす)氏
主催:(財)町田市文化・国際交流財団 町田国際交流センター(担当:国際理解部会)

申込みは……ハガキかFAXらしいです……
詳細は↓をご参照ください。申込書もついています。
http://www.tibet.to/cover_img/090911machida_by_osada.pdf

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2009.08.05

消えたチベット人作家たち(ウーセルのブログより)

北京在住のチベット人作家ウーセル(唯色)の中国語ブログ『看不見的西蔵』(Invisible Tibet)より、声を上げ、どこかへ消えてしまったチベット人文筆家たちについてのエントリーを(勝手に)ほぼ全訳。ラフに訳している部分もあるので、正確さや、本来の文学的な格調を求める方は原文でご確認ください。

▼原文
「突破噤声、遠離恐怖、接踵被抓的幾位蔵人作家」(看不見的西蔵)



声を上げ、恐怖を乗り越え、そして捕らえられたチベット人作家たち
文/ウーセル(唯色)

昨年3月“チョルカスム”(ウ・ツァン、カム、アムド3地域)全域に及んだ抗議行動の後、年末の記事『誰も知らない果てしない暗闇に消え去る...』で次のように書いた。

「一つひとつの事件がまるで昨日起こったことのようだ。鮮血は今なお流れている。硝煙は今もまだ漂う。血との炎の中にほとばしる熱い涙、沸きあがる怒り。私たちの多くにとって、依然として鮮烈な体験だ。なぜなら巨大なベールの裏側では陰謀が着々と進んでいるのだから。..... 私たち一人ひとりがこうした統計を残すことができるかもしれない。より詳細に、より多くの事実を記録することもできるだろう。それはすぐに完成できるものではないが、きめ細かく、確実に、完璧に、誰も知らない果てしない暗闇に消え去った命を網羅し、2008年の鮮血と炎をもって、だれも無視できない、言い逃れのできない真相を提供すべきである。」

090804_ph02__2今に至るまで、母国語による書籍、雑誌、文章、歌詞は絶えることなく登場している。チベット人作家たちは、つぐんでいた口を開き、恐怖を乗り越え、先人に続いて、さらに多くのチベット人を鼓舞している。

以下は、捕らえられたチベット人作家たちについて、私の知る範囲での記録である。そして、チベットの真相について記録した書籍・雑誌についても紹介する。十分でない点があれば、読者各位の補足に期待したい。

母語作家、クンガ・ツァヤン(筆名カンニ)、ドクル・ツルティム、カム・クンチョク、タシ(筆名テウラン)に深く感謝する。

090804_ph03__51)クンガ・ツァヤン(筆名カンニ)
アムド・ゴロク・ルンカル寺の僧侶。ラプラン寺高等佛学院に学んだ。ニェンポユルツェ環境保護協会のカメラマンでもある。20代。

著作に「誰が真の覚醒者なのか」「誰が真の分裂主義者なのか」「誰が我々を支持しているのか」「チベット転生活仏の責任」「ラサはすでにラサではない」「中国は尊者ダライ・ラマを尊重すべきだ」「チベット人民、我々はエイズの真相をよく知るべきだ」「我々チベット人は、真実の証人だ」などがある。

2009年3月17日の日中、警察によってラプラン寺から連れ去られた。今なおどこかに監禁されている。

090804_ph04__22)ドクリ・ツルティム
アムド・マンラ(青海省貴南県)出身。貴南県ルツァン寺と化隆県ティクギャ寺に学んだ後、四川省アバ県ゴマン寺に学ぶ。現在27歳。
2009年4月2日前後、ゴマン寺で警察に拘束される。彼の書いた文章が分裂と煽動の嫌疑を受けたため。今なおどこかに監禁されている。
彼が創刊し主宰した文芸紙『雪の生命』はすでに発禁となっている。

090804_ph05__23)カムクンチョク
四川省アバ県ドソ村出身。アバ州バルカム民族師範学校に学ぶ。同校『南賈報』創刊メンバーのひとり。アバ県キルティ寺『カンサルメト』の編集も担当し、執筆も手がけた。
2008年3月20日夜、他の学生らとともにチベット人の射殺や拘束に抗議したため懲役2年の判決を受け、成都市綿陽刑務所に投獄されている。

090804_ph06__24)タシ(筆名テウラン)
2009年1月25日、『血書』を自費出版。勇敢にも、昨年3月10日にチベットで起こった抗議行動の真相を明らかにした。『血書』は序文と32編の文章からなり、「地獄からの報告」「魂の旋律」「我がチベット」「心より捧ぐ」「真実の報復」の5章に分かれている。西北民族大学のチベット語雑誌『シャルトゥンリ』(夏東日)で発表された文章もある。

タシは『血書』出版後、当局に拘束され、今なお行方がわからず、まったく音信がない。一部のチベット語のブログはすでに、彼が密かに拘束されたことを伝え、広く関心を呼びかけている。

タシは四川省アバ州ゾッゲ県出身。『血書』は1000部を出版し、500部が売り出され、500部は当局に没収された。逮捕されたのは先週、場所はゾッゲであったと言われている。年齢は20代。これ以上の詳細は不明である。

090804_ph07__3昨年のチベットでの事件の後、民間で出版されたチベット語書籍を紹介する。写真の上から順に:
1)『雪域チベットの聖なる宝』 2)『心の内の平和』
1)『慈悲の力』 2)『時代の私』3)『時代の私』4)『私たちの民族と私たちの思想』
1)『私の故郷と聞き耳』2)『仏教紹介』3)『捕われたチベット人』(作者・永冷智は、青海省尖扎県民族中学高等部1年の学生。2008年10月18日、当局の政策に抗議するため自殺した)

最近、以下の出版物が青海・甘粛で発禁となったと伝えられている。

090804_ph08__3『血書』:タシ(筆名テウラン)著

090804_ph09__3『シャルトゥンリ』:西北民族大学のチベット人学生が刊行するチベット語雑誌。21号掲載の9編が、2008年3月のチベット事件についてのもの。

『赤風呼嘯』:小説。ツェリン・トゥンドゥプ著。青海省河南州のモンゴル人地区出身。
『ナクツァンワの歴史』または『ナクツァンの男の子の悲劇』:ナクツァン・ノルブ(またはニテン・ロブサン)著。甘粛省甘南州マチュ県出身。青海チベット族研究会の常任顧問・理事を務めている。
『ツェンポの精神』:詳細不明。

以下の2枚の写真は、作家でありカメラマンである前述のクンガ・ツァヤン(カンニ)撮影によるもの。

090804_ph10_

090804_ph11_

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2009.07.25

ドキュメンタリー映像『チベット騒乱の真実〜Uprising in Tibet 2008』日本語ナレーション版が公開

NGOチベット人権民主化センター(TCHRD)によるドキュメンタリー映像『Uprising in Tibet 2008〜チベット騒乱の真実』の日本語ナレーション版が公開された。2008年3月10日に始まったチベットでの一連の蜂起をまとめたもの。日本語版はStudents for a Free Tibet (SFT) Japanのメンバーなどが協力して制作にあたった。他にはチベット語・英語・中国語版がある。

UPRISING IN TIBET 2008 - Japanese narration (MPEG-4, 44.6 MB)

Tchrd_uprising

SFT Japan関連で日本語版が完成したのは、『Leaving Fear Behind 〜恐怖を乗り越えて』『Undercover in Tibet 〜チベット潜入取材』に続いて3本目。
Jigdrel (ジグデル)〜Leaving Fear Behind 〜恐怖を乗り越えて〜
Undercover in Tibet 〜チベット潜入取材〜(英国Channel 4)

★『Leaving Fear Behind 〜恐怖を乗り越えて』については、
チベット本土で撮影を敢行したドンドゥプ・ワンチェン氏が不当な裁判で裁かれる可能性があるため、
アムネスティ・インターナショナルが緊急行動を呼びかけている。

アムネスティ・インターナショナルがトンドゥプ・ワンチェンに関する『緊急アクション』を開始(SFT Japan)

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2009.06.23

【イベント】6/27@護国寺…上映「すべてのチベット人たちの勇気ある、勇敢な平和的行為」

護国寺でのイベントの案内をいただきました。
ちょっと内輪向けに書かれた感のある案内ですが、
そのまま転載します。

「すべてのチベット人たちの勇気ある、勇敢な平和的行為」
6/27(土)
護国寺(東京都文京区大塚5-40-1)

「すべてのチベット人たちの勇気ある、勇敢な平和的行為」

2008年3月10日にチベット本土で起きた騒乱は一体何だったのか?
これからのフリーチベットをどのように考えたらよいのか?

Tibet Online TV(チベット亡命政府外務省のTV)が制作したDVD、
「すべてのチベット人たちの勇気ある、勇敢な平和的行為」を解説付きで見ながら、
昨年の騒乱とチベット問題について、
考え方をちょっと整理し、明日のフリチベ活動を考えるということをいたします。

DVDのタイトルは「すべてのチベット人たちの勇気ある、勇敢な平和的行為」。
上映DVDの内容は、中国共産党が報道した映像と、チベット亡命政府などが報道した
映像を対比させたもの。
音声はチベット語ですが、日本語で詳しく解説します。
あわせて昨年のチベット会議で話されたことについても会議に参加したチベット人から話が聞けるかも。

どうぞ皆様お誘い合わせのうえ覚悟していらして下さい。

上映会のあとは、定例のキャンドルライトのお祈りです。
リードボーカルはソナムさんです。
ダラムサラ(インド)よりチベットのお坊さん2名も参加します。
時間によっては、チベット仏教についての質問時間もあるかもしれません。

■日時:6月27日(土)16時より
(質疑応答など含めて2時間程度を予定。お祈りは40分程度)
■会費:無料
■会場:護国寺 http://www.gokokuji.or.jp/
■会場定員:約120名(先着順)

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2009.06.10

【写真展】〜6/21「祈りは武器より美しい」〜チベット潜入2人の写真展〜(野田雅也×西条五郎)、6/14はトーク&パーティー

「祈りは武器より美しい」〜チベット潜入2人の写真展〜
6/2〜6/21
パクチーハウス東京(世田谷区経堂1-25-18 2F)

「祈りは武器より美しい」
〜チベット潜入2人の写真展〜

■日時:6/2(火)〜6/21(日)
■場所:パクチーハウス東京
    世田谷区経堂1-25-18 2F
    TEL:03-6310-0355
    月曜定休 ※詳細は→http://paxihouse.com/

■6/14(日) トーク&パーティー
16:00〜 トーク 野田雅也×西条五郎
中国軍による厳重な警備をくぐり抜け、閉ざされたチベットに潜入したジャーナリスト・西条五郎とフォトジャーナリスト・野田雅也。中国人に変装したり、身を隠して軍の検問所を迂回したり、それでも私服警官による尾行や密告により、強制退去させられることもある。
それでもなぜチベットを撮るのか?カメラが捉えたのは、武器を向けられても一心に祈り続ける人びとの深遠な眼差しだった。

18:00〜 パーティー
料理3000円(ドリンク代別)※チベット人は料理代無料

【野田雅也】
1974年福岡県生まれ、フォトジャーナリスト。世界放浪中にチベットに出会い、人びとの祈りの姿に魅了される。以来、長期にわたってチベットを訪れ、08年3月に始まった騒乱後も、2度の潜入取材を行なう。09年2月にはチベット難民の亡命ルートであるヒマラヤ山脈のナンパ・ラ(峠)を踏破し、迫害を逃れる難民たちの実態に迫った。現在、失われたチベットの50年を描く映像プロジェクトを進行中。08年、上野彦馬賞の部門・毎日新聞社賞を受賞。日本ビジュアルジャーナリスト協会(JVJA)会員。

【西条五郎】
1974年東京生まれ、ジャーナリスト。2008年4月、中国人に“占拠”された長野市での北京オリンピック聖火リレー取材を契機にチベット問題に興味を持つ。北京五輪期間中には北京のほか、チベット難民が住むインドのダラムサラやチベットの首都ラサを取材。ラサ民衆蜂起とダライ・ラマ14世の亡命から50周年にあたる今年3月、事実上の戒厳令下にあった東チベットのリタンに潜入。

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2009.05.23

【イベント】7/11(土)第5回「チベットの歴史と文化学習会」(吉水千鶴子/渡辺一枝/野田雅也)

2008年蜂起をきっかけに始まった「チベットの歴史と文化学習会」。第5回目です。

pdf版のチラシはこちら

第5回「チベットの歴史と文化学習会」
2009年7月11日(土)13:00〜16:30(開場12:30)
文京区民センター 3-A会議室(東京都文京区本郷4-15-14)

第5回「チベットの歴史と文化学習会」

■日時:2009年7月11日(土)13:00〜16:30(開場12:30)
■場所:文京区民センター 3-A会議室
    交通 営団丸ノ内線・南北線 後楽園駅徒歩3分
    都営三田線・大江戸線春日駅徒歩1分
    JR総武線水道橋駅 徒歩13分
    http://www.city.bunkyo.lg.jp/gmap/detail.php?id=1754
■参加費:¥600

■参加のお申込み
 当日参加も可能ですが、事前にお申込みいただいた方を優先させていただきます。申込みページ(↓)からお申込み下さい。
 参加お申込みページはこちら(http://www.tibet.to/gaku5/)
※定員になり次第締め切らせていただきます。

■プログラム(予定)

(1)講座「チベット仏教の潮流」第3回「現代チベット仏教思潮〜ダライ・ラマの時代を中心に〜」
講師:吉水千鶴子(筑波大学人文社会科学研究科哲学・思想専攻准教授)

(2)チベット報告「今、チベットの人々は」
報告:渡辺一枝(作家)

(3)「国境線リポートII〜50年目の証言〜」
報告:野田雅也(フォトジャーナリスト)

(4)「Tibet2009 vol.3…チベット支援の現状」
基調報告:長田幸康(ライター、I love Tibet! ホームページ

●主催:チベットの歴史と文化学習会
●お問い合わせ:e-mail: trb.gakusyuukai★gmail.com
       (★を半角の@に換えて下さい↑)

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2009.03.11

【イベント】4/11(土)第4回「チベットの歴史と文化学習会」(吉水千鶴子/渡辺一枝/野田雅也)

2008年蜂起をきっかけに始まった「チベットの歴史と文化学習会」。第4回目です。

pdf版のチラシはこちら

第4回「チベットの歴史と文化学習会」
2009年4月11日(土)18:00〜21:00(開場17:45)
文京区民センター 3-A会議室(東京都文京区本郷4-15-14)

第4回「チベットの歴史と文化学習会」
〜ラサの蜂起から50年、チベットの政変から60年〜

■日時:2009年4月11日(土)18:00〜21:00(開場17:45)
■場所:文京区民センター 3-A会議室
    交通 営団丸ノ内線・南北線 後楽園駅徒歩3分
    都営三田線・大江戸線春日駅徒歩1分
    JR総武線水道橋駅 徒歩13分
    http://www.city.bunkyo.lg.jp/gmap/detail.php?id=1754
■参加費:¥600

■参加のお申込み
 当日参加も可能ですが、事前にお申込みいただいた方を優先させていただきます。下記申込みページ(↓)からお申込み下さい。
 参加お申込みページはこちら(http://www.tibet.to/gaku3/)
※定員になり次第締め切らせていただきます。

■プログラム(予定)

(1)講座「チベット仏教の潮流」第2回「仏教のチベット的展開」
講師:吉水千鶴子(筑波大学人文社会科学研究科哲学・思想専攻准教授)

(2)チベット報告「受難ということ」
報告:渡辺一枝(作家)

(3)緊急報告「国境線リポート」
報告:野田雅也(フォトジャーナリスト)

(4)基調報告「Tibet2009 vol.2…チベットの政変から60年」
質疑応答:長田幸康(ライター、I love Tibet! ホームページ 主宰)

●主催:チベットの歴史と文化学習会
●お問い合わせ:e-mail: trb.gakusyuukai★gmail.com
       (★を半角の@に換えて下さい↑)

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2009.02.28

チベット・アバの僧侶が焼身自殺を図り、射殺された

チベット暦の新年が明けたばかりの2月27日、チベット・アムド地方アバ(四川省アバ県)の僧侶が街中で焼身自殺を図り、その場で兵士に射殺された。

P1010796_s以下、北京発ツェリン・ウーセル(唯色)のブログ「Invisible Tibet」(看不見的西蔵)の記事の全訳。訳が不安な方は原文↓をご覧ください。
http://woeser.middle-way.net/2009/02/blog-post_6324.html

英語の記事は現時点では↓などが出ています。
Tibetan monk sets himself on fire: activist group (Reuters, 2009/02/27)

上の写真は2週間ほど前のアバの町のメインストリートにて。私が撮影したもの。


■アバの僧侶タペーが街中で焼身自殺し、銃殺された
(文・ウーセル)

2月25日午後、北京の繁華街・王府井で、新疆ナンバーの車の中で3人が焼身自殺した。身元は今なお明らかではない。海外メディアはチベット人ではないかと懸念している。その日がチベット暦新年の元日だったからだ。

しかし、ロサル(新年)3日、ついにチベット人が焼身自殺してしまった!
チベット本土で、チベット人が抗議の焼身自殺をしたのは初めてだろう。

この知らせを聞いたとき、しばし言葉を失い、声さえ出せなかった。胸がうずき、辛くてたまらない。
目の前に燃え盛る炎が現れた。炎の中には、若い僧侶がいる。雪山獅子旗とダライ・ラマ法王の写真を高く掲げ、叫びながら走っている。彼は油をかけた袈裟に火をつけ、火の玉となって街中に飛び出した。
銃声が響いた!

ニュースらしく書いてみよう。

2月27日、アムド地方ンガワ(現在の四川省アバチベット族羌族自治州アバ県)。アムドの著名な大僧院キルティ寺(格爾登寺)で、千人以上の僧侶が仏殿に集まり、祈願の法会を執り行おうとして、阻止された。同寺の管理委員会は僧侶らに法会の中止を求め、当局による懲罰は免れた。僧侶らはやむをえず僧坊に戻った。

しばらく後、午後1時40分、ひとりの若い僧侶が寺を出て、ほど近い町の中心部に向かった。そして、突然、雪山獅子旗とダライ・ラマ法王の写真を掲げ、油をかけた袈裟に火をつけ、叫び声をあげながら駆け出した。町にあふれるほどいる兵士が直ちに彼に発砲した。3発、射ったという。自らの身に火を放ったこの僧侶は射たれて倒れた。兵士は飛びかかって火を消した後、銃弾に倒れた僧侶を運び去った。

若い僧侶の名はタペー。25〜30歳位で、キルティ寺近くの村の出身だ。

タペーが亡くなったのかどうかは、わからなかった。午後、数百人の僧侶が彼の実家を訪れ、供養の法会を執り行った。

昨年3月27日には、キルティ寺の32歳の僧侶ロブサン・ジンパが遺書を残して、僧坊で首を吊った。彼は遺書の中で、当局がキルティ寺に着せた罪(抗議行動を指導し組織した罪、兵士が銃殺した遺体を保存し、外部に情報を漏らした罪)について書いていた。いわく、すべて彼ひとりによるもので、寺院やその他の僧侶には関係がない。抗議行動を率いたのは自分であり、その責を負う。遺書の終わりにはこう書かれていた。「中国の圧迫の下では暮らしたくない。1日といわず、1分でさえ我慢できない」。最後に彼の署名があった。

昨年4月16日夜には、同じくキルティ寺の29歳の僧侶トゥソンが自殺した。彼は盲人だった。命を絶つ前、家族にこう言った。「目の見えるあなた方には、こんな日々が耐えられないでしょうね。何も見えない私でさえ耐えられないのですから」。

2009年2月27日記録

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2009.01.27

オバマ氏のポケットの中にはダライ・ラマ法王のスカーフがあった

1月20日の就任式。オバマ氏が大統領になったその瞬間、ポケットの中にはダライ・ラマ法王から贈られたカタ(祝福の白いスカーフ)があった……NY在住のアーティスト藤田理麻さんが教えてくれました!

Obama_with_dl就任式の司会を務めたダイアン・ファインスタイン上院議員の夫、リチャード・ブラム氏が伝えたお話。
就任式に先立って、こんなやりとりがあった。
ブラム「ダライ・ラマのカタを持ってるんだけど、後で届けようか?」
オバマ「いや、今ほしい」
オバマはカタを受け取り、ポケットに入れた。そして、法王のカタをポケットに入れたまま就任式に臨み、リンカーンの聖書に手に置いて宣誓を行なった(語順を間違えて、やり直しになったけど^-^;)。

写真は2005年。オバマ氏が首から掛けているのがカタですね。
チベットのあれこれを是非ともCHANGEしてほしいです。

Obama Had The Dalai Lama's Scarf In His Pocket During His Swearing In(beliefnet)
すごいニュース!(藤田理麻さんのサイトの掲示板)
ダライ・ラマ法王、オバマ大統領を祝福(ダライ・ラマ法王日本代表事務所)

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2008.12.08

1/14〜国際交流基金の連続講座「世界の人々を魅了するチベットの仏教思想・歴史・美術・自然」

来年の話ですが、もう受付が始まってるようなのでご案内。
国際交流基金の異文化理解講座で、全10回のチベット講座があります。
2009年1/14〜3/27(金曜の19:00〜20:30)。

私も最終回に暗い話(^^;をさせていただく予定です。

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国際交流基金・異文化理解講座
「世界の人々を魅了する
チベットの仏教思想・歴史・美術・自然

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主催:ジャパンファウンデーション
日時:2009年1月14日から3月27日
   19時から20時30分 各講座週1回
会場:ジャパンファウンデーション JFICホール[さくら]
定員:各講座80名(先着順)
受講料金:各講座全10回分10,000円(税込み)

●講師
石濱 裕美子(早稲田大学教育・総合科学学術院教授)
幸島 司郎(京都大学野生動物研究センター教授)
小林 尚礼(写真家)
小川 康(チベット医学暦法大学医学研修生)
渡辺 一枝(作家)
ゲシェー・チャンパ・トンドゥプ師(デプン・ゴマン学堂)
  [通訳:野村 正次郎(文殊師利大乗仏教会)]
福田 洋一(大谷大学文学部教授)
平岡 宏一(清風学園専務理事)
田中 公明(東方研究会研究員)
長田 幸康(文筆家)

詳細、申込等は↓
http://www.jpf.go.jp/j/culture/civil/cross/lecture/asia/index.html

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12/4〜「『チベット』から現代を見る」@川崎市教育文化会館

もう始まってるんですが、まだ大丈夫なようなのでご案内。
川崎市教育文化会館の平和・人権セミナーで、チベット関連の講座があります。
2008年12/4〜2009年3/26(概ね木曜の18:30〜20:30)。

私は1/15の回「チベット問題とは何か(2)」でお話しさせていただく予定です。
内容や講師は流動的のようです。

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川崎市教育文化会館・平和人権セミナー
「『チベット』から現代を見る
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期間:2008年12月4日〜2009年3月19日
   主に木曜 全9回(予定)
   18:30〜20:30
会場:教育文化会館ほか
費用:無料
対象:関心のある方30人
申込:電話またはFAX(先着順)
   川崎市教育文化会館 社会教育振興担当
   電話044-233-6364 FAX 044-244-2347

12/4(木)…オリエンテーション
12/18(木)…チベット問題とは何か(1)
1/15(木)…チベット問題とは何か(2)(長田幸康)
1/29(木)…チベットの風土と文化
     (ダライ・ラマ法王に本代表部事務所ラクパ・ツォコ代表)
2/5(木)…ダライ・ラマの思想(ラクパ・ツォコ代表)
2/19(木)…東トルキスタンの現状
3/5(木)…
3/19(木)…
3/26(木)…


詳細は↓(pdfファイルが開きます)
http://www.city.kawasaki.jp/88/88kyobun/home/ibennt/kyobun-dayori0811.pdf
川崎市教育文化会館(アクセス等)

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2008.12.01

チベット人作家ウーセル(唯色)の生い立ち『私のアルバム〜我が家の三代記』

北京で活躍するチベット人作家ウーセル(唯色)がブログ『看不見的西蔵』で「私のアルバム」と題して、自らの生い立ちを綴っている。

Woeser_on_voaなぜ彼女が北京で無事でいられるのか、その生い立ちが大いに関係あるのだろう。今までよく知らなかったので、とりあえず訳してみた。

ほぼ毎日ブログを更新しているウーセルだが、11/30付けのエントリーで「今日から新刊の執筆の集中するので、更新はゆっくりになる」と記している。
ただし、同時に、毎日更新の『民間藏事』というウーセル夫妻編集のサイトがオープンした。チベット本土・中国内のチベット人が書いている中国語ブログを中心にRSSを拾ってくる形のようだ。

『看不見的西蔵』(Invisible Tibet)http://woeser.middle-way.net/
『民間藏事』http://tibet.woeser.com/

以下、『我的相冊〜我家三代』(文/ウーセル、2008年11月26日付)より(勝手に)全訳。[]内は私の訳注。なんとなく雰囲気で訳してるところもあるので、心配な方は原文でご確認ください。


1970_3

ここで紹介する写真は1947年から1991年にかけてのもの。登場するのは、私の父方の祖父、母とその弟・妹。母方の祖父母もいる。そして、私と妹・弟。ここに我が家の3代にわたるチベット人たちの歴史がある。

上の写真は1970年に撮られた、4歳の私。背景はポタラ宮だ。よく見ると、その頂にぼんやりと5つの文字が見える。大書された『毛主席万歳』。当時、ポタラ宮は『東方紅宮』と改名されそうだった。

『私のアルバム〜我が家の三代記』

1947_2

▲1947年。母方の祖父はカシャク[訳注・チベット政府内閣]のカロン[閣僚]を務めており、チャムド総督ラルの次官として命を受け、東部のダルツェド(康定)で商いをしながら情報収集にあたっていた。妻と女の子2人が一緒だった。その女の子のひとりが私の母である。写真で祖父母の間に立っているのが母。ダルツェドの写真館で撮影したそうだ。母の実家はウ・ツァンのシガツェである。

1954

▲1953年、父方の祖母は、夫とともに初めて漢族地域に赴いた。これは成都の写真館で撮影したもの。祖母が、父の幼い妹を抱いている。祖母はカムのデルゲ出身だ。

1955

▲1955年、私の父、若きカムパである。1950年、毛沢東は「帝国主義の圧迫の下にあるチベット同胞を解放」すべしと軍隊を派遣した。中国西南部からラサへ進軍した先遣部隊はその途中で数百人の若いチベット人を召集した。その中にまだ13歳だった父がいた。この写真では、すでに18歳になっている。彼は党が育成すべき新たな力であり、従軍する前にチベット語・漢語両方ができたため、西南民族学院に送られた。

1956

▲1956年、父はチベット軍区が選抜した唯一のチベット人士官として、北京に赴いて建国記念式典に参加し、毛朱周劉[毛沢東・朱徳・周恩来・劉少奇]と会った。その後、故郷カムのデルゲに戻り、父親や弟・妹とともに写真を撮った。当時、祖母が亡くなってすでに2年たっていた。私の祖父は漢人であり、国民党某部隊の中佐副官を務めた後、カムのデルゲで余生を過ごし、チベット仏教を信仰していた。

1960

▲1959年、母はラサのチベット人幹部学校に学んでいた。中国共産党がチベット人幹部を育成するために設けた学校である。この写真は父が撮ったもの。当時母は出身家庭の問題から、すでに思想上の重荷を抱えていた。

1964

▲1963年頃、母は北京の中央政法幹部学校に学んでいた。彼女の学友たちは皆、後にチベット自治区の公的機関の高級幹部となった。ラディ[元チベット自治区共産党副書記]もそのひとりだ。この写真は、父と、四川の雅安で学んでいた妹が母に会うために北京を訪ねたときのもの。有名な写真館のスタジオでずいぶん時間をかけて撮ったそうである。

1965_1

▲1965年9月、ふたりは結婚した。私の父と母になったのだ。この写真の背景はラサのツクラカン(大昭寺)のようだが、ムル・ゴンパ(上密院)のようにも思える。

1966_1

▲1966年7月、北京に始まりラサまでを巻き込んだ文化大革命の暴風雨の中で、私は幸せそうに生まれた。この写真は父が撮ってくれたもの。私は毛沢東の肖像バッジをつけている。これ以降、我が家の写真はすべて父が撮影したもので、自分で現像したものもある。すべて私が保管している。

1967

▲1968年、チベット軍区の中の我が家の戸口にて。ドアの上の「忠」の字は、父がはさみで刻んだもの。毛沢東に対する忠誠を表わすためだ。母が抱いているのは妹。大きくなった私はまるで男の子みたいだ。中央の女性はアジャ・イシ・ラ。私たち姉妹の面倒を見てくれた、大好きな乳母だ。

1970_1

▲1970年、筆舌に尽くしがたい文化大革命によって、一家はラサを離れ、東部カムに移った。出発間際、空港に向かう車の前で撮った写真だ。母のお腹の中には私の弟がいる。面白かったのは、親友デチェン・ラにこの写真を見せたら、「あなたの横にいる男の子は誰?」と言われたこと。私は笑いをこらえて答えた。「それが私よ!」。デチェン・ラは驚きのあまりコンピュータの前でひっくり返りそうだった。

1972

▲1971年、カムのタウ(現在のカンゼチベット族自治州タウ県)にて。弟がすでに生まれており、どういうわけか、私も妹も髪を短く切っている。当時、父は人民武装部副部長をしていた。母は出身家庭の問題から公安関連の仕事に就くことはできなかった。彼女は新華書店で本を売っており、これが私にとっては幸運だった。そこに行けば革命書籍や革命劇画をいくらでも目にすることができたからだ。ともかくそんなわけで私は本を読むのが好きになり、近視になってしまったのだ。

1973_1

▲1973年、母はあまりにラサを懐かしがり、どうしても帰りたがった。しかし、私たちは一緒にいくことはできない。理由は航空券ではなく、頑固な父が帰りたがらなかったからだ。父はもともと文革時代の軍隊内でのいざこざが原因でラサを離れざるをえなかったのだ。それでも私たちは揃って成都までは行った。私と妹はまた髪を切られてしまった。母が何カ月もいなくなってしまい、父は私たちの髪を編めないからだ。成都はとても暑く、あまり楽しくはなかった。この写真は成都の写真館で撮った1枚だ。

1974

▲おそらく1974年、私は小学2年生になった。当時学校で「毛沢東思想宣伝隊」の女優だった。だから母は私にこのチベット服を作ってくれた。これもやはりタウで撮った写真だ。

1975

▲おそらく1975年だろう。タウの冬はとても寒く、大雪が降った。雪が止むと、私たちは外へ飛び出して雪だるまを作ったり、雪合戦をしたりした。私はちょうど雪のボールを手にしている。妹はとても可愛らしく、賢い女の子だ。背後のあの山を、私は忘れられない。幼い時代の思い出だ。

1991

▲1991年、ラサの軍分区で撮影したもの。我が家の門戸では、夏の花々が満開だ。20年の時を経て、一家はようやくラサに帰った。しかし、これが家族全員での最後の1枚だ。3カ月後、父は突然病いに倒れた。当時、父はラサ軍分区副司令官だった。3年後、母は私を連れて軍区を離れ、ポタラ宮の裏のショル村に引っ越した。

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2008.11.23

【イベント】11/30渡辺一枝さんお話会 「チベットのことを、お話ししましょうか」

イベントのお知らせです。
会場の四谷ひろばは、廃校になった小学校を利用したギャラリー。
「世界のつくり手たち展」(11/27〜12/8)の一環として、
渡辺一枝さんの写真展(全期間)とお話会(11/30)が開催されます。


………………………………………………………………………
渡辺一枝さん お話会
「チベットのことを、お話ししましょうか
………………………………………………………………………

チベットに通い続ける渡辺一枝さんが語る、
チベットの人々の暮らし、
そして、布、紙、器などのつくり手たちのお話し。

日時:2008年11月30日(日)14:00〜

場所:四谷ひろば(旧四谷第四小学校)内
CCAAアートプラザ ギャラリーランプ1,2
〒164-0004 東京都新宿区四谷4-20 tel:03-3359-3413
http://www009.upp.so-net.ne.jp/ccaa/
(東京メトロ・四谷三丁目駅5分、都営新宿線・曙橋駅7分)

会費:大人1,000円、中学生以下500円、未就学児無料
※定員50名 要予約→井上080-5078-1822

詳しくは→「世界のつくり手たち2008冬」

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2008.11.11

【イベント】11/15-23『50人のチベット』展 --チベットって、知っていますか?@東村山

『50人のチベット』展のお知らせ。
11/22(土)には私も何かしゃべることになりました。
下のカコミには書いてありませんが、チベット料理やチベット服の着付け、チベット語、ミニコンサートなどなど盛りだくさん!
 最新情報は公式サイトをチェックしてみてください。
 ↓
 http://tibet-daisuki.at.webry.info/200811/article_2.html

東京・狛江、長野・善光寺、ヒマラヤ国際映画祭で反響を呼んだ「50人のチベット」展、いよいよ最終展示です!

「チベットのことを一人でも多くの人に知ってもらいたい」
そんな想いのこもった写真・絵画の数々。
これまで多くの方から好評をいただきましたが、今回をもってこれらの作品の巡回展示は終了することになりました。
最後は美味しいカレー屋さんにあるギャラリーでの展示です。
様々なサブイベントともに皆様のお越しをお待ちしております!
ぜひお見逃しのなきよう!!

『50人のチベット』展
 --チベットって、知っていますか?--


【テーマ】
「チベット」という言葉がこんなに語られる時はないのかもしれません。
けれどもチベットのことを本当に知っている方がどれだけいるでしょう。
報道には現れない本当のチベットの姿を伝えたい。
ふと、かつてチベットを旅したわたしたちは思いました。
チベットの風に吹かれ、その大地にふれた50人それぞれにチベットの光輝く一瞬を写真や絵に表現してもらいました。
ご覧になった方ひとりひとりが何を思うかは自由です。
50人の心に咲いたチベットの花を、ぜひ感じ、ふれていただけたら嬉しいです。

チベットや世界の人々が平和に生きられますように。
わたしたちの世界や心が平和でありますように。

【場所】
「MARU」2Fギャラリー
・住所:〒189-0022 東村山市野口町1-11-3
 西武新宿線 東村山駅西口から徒歩5分
 http://map.yahoo.co.jp/pl?p=%C5%EC%C2%BC%BB%B3%BB%D4%CC%EE%B8%FD%C4%AE1-11-3&lat=35.7584&lon=139.46724083&type=&ei=euc-jp&sc=3&gov=13213.8.1.11.3
・TEL&FAX:042-395-4430
・営業日:火曜〜日曜(月曜定休)
・営業時間:(平日)11:30〜15:30 17:30〜23:00 (土)11:30〜23:00 (日)11:30〜20:00

【日時】
11/15(土)〜11/23(日)
 (平日)12:00〜15:30 17:30〜22:00
 (土)12:00〜22:00
 (日)12:00〜20:00
 ※ギャラリーの開館時間です。店の営業時間とは異なります。
 ※17(月)は定休日のためギャラリーも閉館となります。

【サブイベント】
詳細はこちら↓
http://tibet-daisuki.at.webry.info/200811/article_2.html
決定次第随時更新中!
無料の日替わりプチイベント毎日やってます!

★11月22日(土)★
長田幸康さんのトーク決定!
1ドリンク付き¥1,000-
※完全予約制となります。
お名前、人数、お電話番号をご記入の上、
tibet-daisuki@hotmail.co.jp
までご予約お願いいたします。
参加希望多数の場合は先着順とさせていただきます。ご了承下さい。

【入場料】
無料
※22日(土)に行なわれるトーク・歌イベントのみ 1000円

【主催】
「チベット大好き」の会
世代も仕事も住んでいるところも様々、でもチベットが好きで好きでたまらない人たちがこの展覧会に集まりました。
  http://tibet-daisuki.at.webry.info/

【問い合わせ先】
tibet-daisuki@hotmail.co.jp
042-395-4430 (MARU 17時以降にお願いします)

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2008.11.03

ダライ・ラマ法王記者会見(11/2)

都内某所。合同記者会見に潜入です。←いちおうオシゴト
さしつかえなさそうな範囲でちょっとだけ以下に。
胆石の手術は3時間かかったけど1週間でリカバリ
とにかくお元気そうで何よりでした^_^

P1010683rev現在の状況について法王いわく、1988年のストラスブール提案から、ずーーーーっと「独立は求めない」って言ってるのに、中国からの前向きな反応はナシ。もう私ができることは、すべてやった。でも結果は出なかった。(もともとそう言ってるんだけど)チベットの未来は(私じゃなくて)チベット国民が決定する。話し合ってくれ。

という主旨の「もう中国には失望した」スピーチの直後というわけで、
今北京でやってる特使による8回目の会談と、
その後開かれる全世界チベット人緊急召集特別会議と、
サポーター会議が終わるまでは
すべて「ノーコメント」だよ、と言いながらも、
(実際、日々法王のスピーチとかをチェックしてる人にとっては、
 とくに新しいネタは無いっぽいです)
毛沢東と会ったときにさかのぼり、
ものすごい勢いでチベット現代史のあれこれを展開してくれました。
4月の成田会見もそうだったけど、さすがの迫力。

今回、中国政府は自発的に「対話してます」とアピールをし、
法王訪日へのお約束の抗議もなし。
中国経済が弱ってるから、助けてほしいというサインなのか?
これはチベットにとってチャンスなのか。
あるいは、またもや欧米向けのポーズだけなのか。

他、
メディアに対しては「メディアは長い鼻を持て。象のように。長い鼻で、こんなふーに深く調べまくれ。あ、日本には象はいないか」(←録音聞かずに記憶で。たしかこんな感じ)

世界経済の話(資本主義が行き詰まってる)の中で
『ダスキャピタル』という本が売れに売れて、
っていう話が出てきて、欧米方面の記者は当然のようにうなづいてたけど、
すみません、わかりませんでした^-^;
いま調べたら、なんだ、『資本論』(Das Kapital)じゃないか^-^;
お恥ずかしいかぎりで。

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2008.10.07

【action】「チベット人への拷問をやめて!」オンライン署名

mixi発祥のオンライン署名プロジェクト第1弾。
「中国政府のチベット人に対する不当な拷問への抗議」の署名運動が展開されています。

Signature4tibet国連拷問禁止委員会に宛てるちゃんとした署名なので、署名自体は実名ですが、画面上に表示されないようにもできます。

■PCサイト
http://www.shomei.tv/project-101.html

■モバイルサイト
http://www.shomei.tv/mobile/project.php?pid=101

■チベットのためのオンライン署名プロジェクト
http://www39.atwiki.jp/signature4tibet/
(Q&Aなどが掲載された、まとめサイト)

■mixiチベットコミュニティ内イベントトピック
【第1回オンライン署名】中国政府のチベット人に対する拷問への抗議
http://mixi.jp/view_event.pl?id=34032409&comm_id=7228

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【イベント】10/18・19「チベット・モンゴル・ウイグル三民族連帯シンポジウム/デモ」

チベット亡命政府の元主席大臣テンジン・テトン氏も参加するシンポジウム、
およびデモのお知らせ。
以下、告知サイトから抜粋します。

チベット・モンゴル・ウイグル三民族連帯シンポジウムおよびデモ
- 真の多民族共生を考える -
2008年10月18日(土)13:00〜16:00
→シンポジウム@拓殖大学文京キャンパス
2008年10月19日(日)13:00〜15:30
→デモ@渋谷

☆3民族連帯シンポジウム
【場所】拓殖大学文京キャンパスC館101教室 (東京都文京区小日向3-4-14)
【日時】平成20年10月18日(土) 13:00 ~ 16:00 シンポジウム
【パネリスト】
セイット・トムトルコ(世界ウイグル会議副総裁・日本ウイグル協会専務理事)
テンジン・テトン(元チベット亡命政府主席大臣)
オルホノド・ダイチン(モンゴル自由連盟党幹事長)
宮崎正弘(評論家)
藤井厳喜(国際政治学者)

【コーディネーター】荒木和博(戦略情報研究所代表)
【総合司会】    小林秀英(チベット問題を考える会代表)
【資料代】     千円

☆3民族連帯デモ
【場所】宮下公園→渋谷駅前→宮下公園(東京都渋谷区神宮前6丁目)
【日時】平成20年10月19日(日)
13:00〜14:00 集会
14:00〜 デモ行進
15:30 解散

【主催】3民族連帯シンポジウム実行委員会
代表:ペマ・ギャルポ(チベット自由人権日本百人委員会事務局長)
   オルホノド・ダイチン(モンゴル自由連盟党幹事長)
   イリハム・マハムティ(日本ウイグル協会会長)
事務局:文京区白山1-16-6-102 電話03-3815-7815 FAX03-3815-7816

公式サイト→http://3natioco.web.fc2.com/

【参加団体】
(シンポジウム):チベット自由人権日本百人委員会、モンゴル自由連盟党、日本ウイグル協会、イリハム応援団、中国民族問題研究所、台湾研究フォーラム、在日台湾人アジア人権研究会
(デモ):チベット問題を考える会、モンゴル自由連盟党、日本ウイグル協会、イリハム応援団、台湾研究フォーラム、中国民族問題研究所、台湾研究フォーラム、在日台湾人アジア人権研究会

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2008.09.18

【最新チベット事情】10/4(土)勉強会「チベットの民族と文化を訪ねて」(幸島司郎、渡辺一枝他)

以前10/4の「チベットの民族と文化を訪ねて」について、
ここでご案内しましたが、
出演者に変更がありましたので再掲します。

★クンサン・ハモさん→渡辺一枝さん(作家)

渡辺一枝さんは、8月下旬から9月にかけてチベットに滞在。
最もホットなチベット事情をお話しいただけるはずです。
ひきつづき、予約受付中です。

チベットの民族と文化を訪ねて
2008年10月4日(土)13:00〜16:00(開場12:20)
文京区民センター 3-A会議室(東京都文京区本郷4-15-14)

チベットの真実を注視し、学び、語り合おう
「チベットの民族と文化を訪ねて」

■日時:2008年10月4日(土)13:00〜16:00(開場12:20)
■場所:文京区民センター 3-A会議室
    交通 営団丸ノ内線・南北線 後楽園駅徒歩3分
    都営三田線・大江戸線春日駅徒歩1分
    JR総武線水道橋駅 徒歩13分
    http://www.city.bunkyo.lg.jp/gmap/detail.php?id=1754
■資料代:¥500

■予約・申し込み
 当日参加も可能ですがメールによる予約を優先させていただきます。
 お名前、連絡先をご記入の上、メールでお申し込みください。
 定員になり次第締め切らせていただきます。
 e-mail:momoakken★yahoo.co.jp
 (★を@に換えて下さい↑)

(1)講座「チベット=ヒマラヤの自然と氷河」
講師:幸島司郎京都大学野生動物研究センター教授)
(こうしましろう) 1955年 名古屋市生まれ。1990-2008年 東京工業大学大学院生命理工学研究科准教授。2008年 現職。理学博士。専門は動物行動学、生態学、雪氷生物学。世界で最初に発見された氷河昆虫ヒョウガユスリカ(Diamesa kohshimai)には発見者のkoshimaの名がついています

(2)チベット報告「2008オリンピック直後のラサ」
報告:渡辺一枝(作家)
8月下旬から9月にかけてチベットで見聞したことの報告です。

(3)映像『1989─ラサとダラムサーラ─』
(TBS報道特集「ダライ・ラマ 亡命チベットの30年」から)

(4)検証と質疑「チベットはどうなっているのか?」
報告:長田幸康(ライター、I love Tibet! ホームページ 主宰)

●主催:チベットの歴史と文化学習会
●お問い合わせ:e-mail: momoakken★yahoo.co.jp
       (★を@に換えて下さい↑)

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2008.09.09

【イベント】9/27(土)チベット高僧、祖国を語る@ほびっと村

イベントのご案内をいただきました。

チベット高僧、祖国を語る

9月27日(土)2:00~

語り手/ニチャン・リンポチェ師(お話は日本語です)
聞き手/梅野 泉
参加費/3000円
★要予約 TEL:03-3332-1187

中国支配以前の古き良きチベットを知る最後の世代、
ニチャン・リンポチェに「チベット」を語って頂きます。
チベット文化の豊かさ、仏教の深さ、ふるさとの村でのこと、
僧院でのこと、亡命の体験・・・・
そして、チベット仏教を必死で守るための亡命社会での教育・・・・
きっとお話しは尽きないことでしょう。
詩のコラボレーションもしていただけることになりました。
質問の時間もたっぷりとって、「チベット」をもっと知りたいと思います。
となりのギャラリーでは、亡命してきた子どもたちの絵も展示しています。

詳細は
http://www.nabra.co.jp/hobbit/

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2008.09.01

ラサではショトゥン祭が(無理矢理)開催された。

平和のための世界一斉12時間断食が行なわれた8月30日、
チベットの都ラサでは「ショトゥン祭」が始まった。
デプン寺とセラ寺で巨大なタンカ(仏画)が開帳され、
アチェラモ(チベットオペラ)が上演されるショトゥン祭は、
ラサ周辺のチベット人にとって夏の一番のお楽しみ。
普通なら最低3日は休んでリンカ(ピクニック兼宴会)へと繰り出すはずだ。夏のチベット観光の目玉でもある。

2008shoton今年のショトゥン祭の模様を、
先日、ラサに帰省した際に一時拘束されたあげく北京に追い返された
チベット人女性作家ウーセル氏が自身のブログで綴っている。
拉薩今日“雪頓”了(看不見的西蔵〜唯色)

全訳を以下に↓中国語は自信ないのでニュアンスが間違ってたらごめんなさい。

ラサは本日“ショトゥン祭”

【中国の公式メディアの報道】
デプン寺でショトゥン祭の仏画を披露する儀式が行なわれた(中国西藏信息中心)

ラサでは今日“ショトゥン祭”を熱烈に祝ったそうだ。
観光中の友人は、デプン寺に大タンカの開帳を拝みに行った。
午前10時に開帳が始まり、12時に終わったという。

人はたくさんいた? そう尋ねてみた。
チベット人がけっこう大勢いたよ。
タンカを開帳してたのはどんな人たちだった?
とりあえず赤い服を着ていたよ。

もちろん、彼らは、すばらしい役者たちだ。
ラサで“ショトゥン祭”を見事に演じた。

デプン寺、セラ寺、ガンデン寺の僧侶たちは、すでに千人以上が捕まっている。
残された数少ない僧侶たちは“タンカ開帳”に参加しないわけにはいかない。
寺院管理委員会の命令に逆らえる者がいるだろうか?
従わなければ?
従わなければ、武装警察と公安にすぐに取り押さえられ、
ゴルムドの“グァンタナモ”に送られるだろう。

ラモチェ、トムシカン、カルマクンサンといったチベット人が暮らす地域では、
どれほど多くのチベット人が捕まって連れ去られただろう?
チベット人たちは恐怖にふるえながらも“ショトゥン祭”を祝わないわけにはいかない。
居民委員会の命令に逆らえる者がいるだろうか?
祝わなければ?
祝わなければ、年間200元の食糧費の補助金がすぐ取り消されるだろう。

3・14以降、外国のメディアが来訪したときだけは、
退職公務員や現職公務員が寺院に動員され、
参拝する信者を装って、仏像のまわりをぐるぐる回らされた。
行かなければ?
行かなければ、年金は取り消され、職を解かれるだろう。
外国人記者が去るのを待って、寺院は立ち入り禁止となった。
もう一度行ったら?
やはり年金は取り消され、職を解かれるだろう。

はは…
今日、押し合いへしあいデプン寺やセラ寺にタンカを拝みに行った人々も、
ノルブリンカに賑々しく“ラモ”見物に行った人々も、
偽物だよね。
まことしやかな偽物ばかりだと、本物も偽物に見えてしまう。
何もかもが偽物で、心さえ偽物。
ただ涙だけが本物。心の中を流れる涙。

はは…
なんて素早いことか、新華社のニュースがもう流れている。
ラサ人民は“ショトゥン祭をお祝いした”そうだ。
中国西蔵伸息中心の写真も出ている。
去年のタンカ開帳では上演禁止になったチベットオペラが、
今年は不思議なことに上演されている。
あろうことか“伝統儀式”とはまた、あつかましい。
忘れたわけではないだろうな。
では、なぜ去年“伝統”を継承しなかったのかな?

こう言う人がいる。今の中国って…
“小康(そこそこの暮らし)だ小康だっていうのも偽物、
宗教だ宗教だっていうのも偽物、改革だ改革だっていうのも偽物、
開放だ開放だっていうのも偽物、発展だ発展だっていうのも偽物だ”。

私ならこう言おう。今のラサって…
ショトゥン祭だショトゥン祭だっていうのも偽物!
調和だ調和だっていうのも偽物!

2008年8月30日

文中“グァンタナモ”は、多くの僧侶が拘束されていると言われるゴルムド(青海省)にある収容所を、米軍のテロ容疑者収容施設になぞらえたものだ。

原文ではこの後に、昨年書かれた「今年の“ショトゥン祭”は普通じゃなかった」という文章が再掲されている。
このへんの事情は『レイプ・オブ・チベット』(晋遊舎)にも詳しく書かれている通りだ。

みっともないショトゥン祭をまたブログに書かれては困るから、
ウーセル氏はラサから追い出されたのかもしれない。
きっと現場を見ているであろう日本人からの報告を楽しみにしたい。

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2008.08.29

【入院】がんばれ、ダライ・ラマ!【来日妨害工作?】

ご存知の通り、ダライ・ラマ法王が過労で倒れてしまった。この先3週間の予定はすべてキャンセル。
ダライ・ラマ、「体調不良」訴えインドで入院=病院(ロイター、2008/08/28)
前回の急病は2002年だったかな。ゆっくり休んでいただきたい。

Kitakyusyu_dl1それと、11月に予定されているダライ・ラマ法王の来日。
福岡県仏教連合会の『ダライ・ラマ法王 来日特別記念講演』(11/4予定)がすでに発表されていたが、会場としてパンフ等に明記されていた北九州メディアドームを運営する北九州市経済文化局というところが、HP上に掲載されたパンフの画像を削除しろと要求してきたそうだ。
会場使用の正式契約はまだだったらしい。中国or中国シンパの圧力なのか?

いちおう↓のリンクを貼っておくが、
【チラシ】ダライラマ法王来日記念講演会(ブッポウソウblog)
もっと色々知りたい方は、2chやmixiで騒ぎになってるので探せばすぐ見つかる。

こういうのって政治家や地元の有力者に根回しした上で決まってるんだと思ってたけど、
そうでもないのかな。

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2008.08.25

【イベント】10/4(土)学習会「チベットの民族と文化を訪ねて」

◆出演者に変更がありました◆
◆作家の渡辺一枝さんにご登場いただきます◆

新しい情報は↓をご覧下さい!

【最新チベット事情】10/4(土)勉強会「チベットの民族と文化を訪ねて」(幸島司郎、渡辺一枝他)

お手数おかけいたします。

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2008.08.20

【チベット・イベント】8/30「平和のための12時間断食」@護国寺

8月30日、世界中のチベットサポーターたちが、
12時間の断食・法要を行ないます。

日本では護国寺で法要が行われますが、
各自それぞれの場所でやればいいようです。

以下、主催者からの案内を転載します。

平和のための断食法要
全ての生きとし生きるもののために、
世界中で12時間の断食を!

チベット暦6月の最終日に当たる2008年8月30日、
チベット人ならびにチベットの支援者の皆さん、
そして世界中の平和を愛する人々が参加し、
世界中で12時間の断食および法要を行います。

日本では以下の概要で開催いたします。
皆さまのご参加をお待ちしております。

日時:平成20年8月30日(土)
   朝7時〜午後7時迄(12時間)
会場:大本山護国寺 桂昌殿(東京都文京区大塚5-40-1)
主催:ダライ・ラマ法王日本代表部事務所
注意事項:座布団は各自で持参してください。

詳細は↓をどうぞ。
http://www.tibethouse.jp/event/2008/080830_fasting.html

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2008.08.19

ラサで何が起こったのか? チベット人の証言(1)DZ編

オリンピックが開催されている北京で、
当局に監視されながら、中国語のブログで思いを綴り続けている
チベット人女性作家ツェリン・ウーセル(中国名は唯色)。
看不見的西蔵〜唯色 Woeser's blog

↓先日、中日新聞(東京新聞)にもインタビューが掲載された。
中国・チベット暴動 その後 チベット人女性作家 ツェリンウォセ氏(中日新聞、2008年8月17日)
↓あともうひとつ
ただ独りのチベットの声、今なお語らんとす(ワシントンポスト@チベットハウスのHP)

Woeser01ここでは、彼女が記録した、2人のチベット人の証言を紹介する。
まず1人目。ラサから北京に逃げ、どこかの国へ逃げようとしているDZ(もちろん仮名)の証言だ。

原文は
在北京看見拉薩的恐懼(一)(2008.06.21)
英文は
The Fear in Lhasa, as Felt in Beijing(2008.08.03)

翻訳は基本的には中国語ベースで、
よくわかんないところは英語も参考にしつつ。
急いでやったので、正確さは90%くらい。
長いです。


ラサで何が起こったのか? チベット人の証言(1)DZ編

DZに会ったのは4月のある日だった。彼は明りの灯り始めたばかりの賽特商場近くの街角に立ちつくして、絶え間なく行き交う車と人の流れをぼんやりと眺めていた。ラサから来て、めったに外出しない彼のようなチベット人がいるという話は、以前JMから聞いていた。DZは仲間の催すパーティーにも出たことがない。典型的なチベット人そのものの風貌が、昨今の北京では注目の的となってしまうからだ。誇張ではない。最も初期のチベット人共産党員プンツォク・ワンギェル氏でさえ、外出すれば、北京の若者たちに指をさされ、こう言われるのだ。
「あいつを見ろよ。チベット独立派か、そうでなければ、新疆独立派だ」

名前を呼ばれたDZが、かなりぎょっとした様子を見せたのには、私のほうが驚かされた。思いがけず彼と出くわしたJMは、さっそくカフェへと誘った。そもそも私がJMに会うことにしたのは、何日かしたらチベットへ帰ると聞いたからだ。JMはここ数年、北京で仕事をしていたが、民族を理由に辞職を強いられた。JMによれば、同じく8人のチベット人が辞めさせられたという。それは社長のせいではなく、警察当局からの圧力が強まったからだ。帰れというなら帰るしかない。20年前の3月、去る3月と同様に、ラサで多くのチベット人が起ち上がった。当時10代だったJMは商店の戸口に放火し、4年間獄中で過ごした。こうした経歴があるため、JMはそれほど気に留めていなかった。

JMとは違い、DZは無遠慮にチベット語を話そうとはしなかった。この思いがけない誘いに乗り気でないようにも見えた。しかし、なぜ拒まなかったのだろう? 私は静かに彼を観察した。遊牧民のような長い髪をたたえた、このチベット人は、黒い衣服に身を包んでも隠せない孤独を漂わせた、このチベット人は、今この時、同じ民族の仲間と一緒にいることを求めているように思えた。

カフェにはチベット語のわかる者は他にだれもいない。しかし、私にはなおためらいがあり、ラサで起こったことをDZになかなか尋ねられなかった。DZにはかつての貴族のような、ある種の気風が感じられたため、私はこんな冗談を言った。
「あなたは私たちの中で一番チベット人らしいわ。もしチベット服を着れば、“チツォク・ニンパ”(旧社会)のチベット人そのものね」
JMは笑って、色白でやせている自分は完全に民衆に紛れ込めそうだと言った。
するとDZが突然口を開いた。
「今でも度々ラサの夢を見るよ。いたるところ銃を構えた軍人だらけだ。北京の街を歩いていて、武装警察や警官を目にすると、無性に怒りと恐怖がこみあげてくるんだ」
DZは窓の外を眺めながら穏やかにそう言った。話す気になったようだ。

「外国人旅行者をダム(樟木)に迎えに行き、ギャンツェまで来ていた。ちょうど3月14日のことだ。移動中に受けた電話で、ラサで事件が起こったと聞いた。ラモチェ(小昭寺)周辺でチベット人たちが抗議行動を起こしたという。初めはラサに戻らず、ギャンツェにいたほうがいいという話だったが、また電話があり、帰ってこいと言われた。ラサに着くと、私は急いで旅行客をホテルに送りとどけた。

午後のことだ。ラサの東側では、商店が壊され、車が燃やされていた。郵便局の方に走っていくと、多くの人々が路上で、チベット人たちの抗議行動を見ていた。この数時間、チベットは独立したかのようにも思えた。しばらくすると、装甲車が数台やって来るのが見えた。“タンタンタン”と催涙弾が発射され、人々は散り散りに逃げ出した。経験のある者は、商店の水道で目を洗った。私は喉をやられただけのようだ。涙が止まらなかった……」

「発砲するのは見た?」

「私は見ていない。しかし、友人はラサ中学のあたりで、男性が射殺されるのを見た。チベット人だ」
DMは額を指して、話を続けた。

「私は急いで家に帰った。疲れていたし、怖かったので、横になるなり眠ってしまった。しかし、翌日は、外国人旅行客の面倒を見なければならない。家から一歩出るや、足がすくんだ。目の前が軍人だらけだったからだ。警棒を持っている者もいれば、銃を持っている者もいる。引き返したかったが、兵士が大声で私に向かって怒鳴った。『来い!』。いやでも行くしかない。2人の兵士が、私に両手を挙げるように命じた。投降したように両手を挙げさせられて、身体検査をされた。ぞっとしたよ。上着のポケットにお守りが入っていたからだ」

DZは上着からお守りを出して、私たちに一瞬見せた。“スンドゥ”(お守りの紐)に加えて“テンスン”(護符)があることがわかった。テンスンはダライ・ラマ法王が特別に加持をした神聖なものだ。魔除けの意味を持つ、チベット人にとっては非常に大切なお守りだ。

「クンドゥン(ダライ・ラマ法王)のバッジも付けていた。もし兵士に見つかれば、命はないだろう。心の中でクンドゥンに祈り続けた。クンドゥンは守ってくれたんだ。兵士はポケットを何度か探ったが、何も見つからなかった。そして兵士は叫んだ。『行け!』」

DZの幸せそうな表情には感激があふれていた。もちろんそれはダライ・ラマに対する感謝の気持ちだった。彼は祈った。そして祈りは叶えられたのだ。

私は尋ねた。
「軍人はチベット人の首を調べると聞いたことがある。“スンドゥ”にクンドゥンのバッジが付いていると、引きちぎって投げ捨てると。そうなの?」

「ああ。地面に投げ捨てた後、チベット人に踏ませるんだ。拒めば、捕まってしまう。手首に数珠を巻いていて、それが兵士に見つかって捕まった若者もいる」
DZは左手首の数珠を指差した。

「それは男性だけ? あなたのように、投降したように両手を挙げて調べられるのは」
DZは私の目を見て、ゆっくりと言った。

「いや、男だけじゃない。男も女も、老いも若きも、チベット人であるというだけで、すべて私のように両手を挙げさせられて検査される。わかるだろ? 私たちはそんな侮辱をこれまで受けたことはない。チベット人が一人ひとり投降したように手を挙げさせられ、銃を構えた軍人たちに体を調べられる。老人も、女性や子どもも見逃してくれない。そういうシーンを映画で見たことがある。日本鬼子が中国を侵略する映画や、国民党が共産党を攻撃する映画で見たのと、そっくりなことが目の前で起こった」
私もまたDZの細い目を見た。その瞳の奥は屈辱に満ちていた。

私は叔父の話をしないわけにはいかなかった。8年前[訳注:間違いかも]のラサ、チベット人たちは今日と同様に抗議行動を進めていたが、後に鋼鉄のヘルメットをかぶった胡錦濤率いる兵士たちに鎮圧されただけでなく、戒厳令まで敷かれた。ある日、叔父は通勤時に通行証を持って行くのを忘れたため、軍人に身体検査された。彼もまた両手を挙げさせられたのだ。叔父はこのことに強くショックを受け、以来、この話をする度に腹を立ててむせび泣いていた。彼は1950年代初頭に中国共産党に追随した、初期の党員であり御用学者であった。しかし、その事件以来、チベット人である以上、永遠に信頼されることはないのだと悟った。

少し興奮していたのだろう。私の声のトーンは高くなりがちだった。DZは神経質そうに辺りを気遣っていた。少し時間をおいて彼は話を続けた。

「私が借りていた部屋も調べれられた。幸運にも、私はお客と一緒にホテルに泊まっていた。部屋にはタンカ[仏画]が1枚ある。これはダライ・ラマの肖像だが、伝統的なタンカの様式で描かれたものだ。後で近所の人に聞いた話では、捜査は2回あったという。1度は武装警察、もう1度は居民委員会の幹部によるものだった。武装警察は、そのタンカが観音菩薩のようにダライ・ラマを描いたものだとわからなかったため、何事もなかった。居民委員会の幹部はもちろん知っているから、きっと写真を撮って記録したはずだ。また、私はチベットの貨幣を集めていて、ガイドをした旅行者からもらった各国のコインと一緒に小さな箱に入れておいた。この箱は持って行かれてしまった。武装警察なのか居民委員会幹部なのかはわからない。こそ泥みたいなやつらだ」

「もうラサにはいられない。どこかへ行かなければ、捕まってしまうだろう。少なくとも、5人のツアーガイドが捕まったと聞いていた。そのとき、ホテルで中央電視台の記者たちと知り合った。彼らが私たちを助けてくれた。ラサを発つ時、一緒に連れて行ってくれたのだ。私は見た目がこうだから、途中に何カ所もある軍人の検問を通過するのは難しいが、私は撮影スタッフだと記者たちが言ってくれた。私たちは一緒に鉄道駅に向かった。駅では、髪の短いチベット人の若者が捕まるのを見た。おそらく僧侶だろう」

「列車は沱沱河駅でしばらく停まった。窓の外には大量の軍の車両や軍人が見えた。中央電視台の記者は面白いと思ったのか、カメラを取り出して撮影し始めた。すると、軍人が数人ただならぬ様子でやって来て、すべてのビデオを削除しただけでなく、記録をとった。もしチベット人が撮影していたら、間違いなく捕まっていただろう。西寧に着いたが、ホテルが、チベット人は泊めてやらないという。記者たちの助けで、私と2人のアムドのモーラ(おばあさん)は、なんとか眠れる部屋を確保することができた」

「北京に着いたばかりの数日間、街を歩いていると、どこから来たのかと聞かれたものだ。正直にチベット人だと答えると、彼らはテロリストに出くわしたかのように顔色を変えた。武装警察に尋問されたこともある。だから、用事がないかぎり外出しないようになり、退屈してしまった。テレビを見れば、チベット人が破壊や略奪、放火をする場面ばかり流れる。ラサやその他のチベット人地域がどのように軍人たちの管制下に置かれ、どれだけのチベット人が殺され、捕らえられたのかは伝えられたことがない。あんな当局の言っていることはすべて嘘だ。軍隊は発砲していないとか、軍隊が来たのは町の清掃のためだとか。ああ、たしかに、彼らは掃除に来たさ。私たちチベットを片付けに来たのだ。私たちは、彼らの目にはゴミに見えるのだ」

DZは軽く笑った。しかし、その笑い声の中には、怒りと絶望が垣間見えた。しばらく、沈黙が続いた。窓の外を、欧米人が数人通り過ぎた。その振る舞いは、すべての毛穴の一つひとつから自由の空気を発散しているかのようだ。それは何も怖れずに思うがままでいられる気分であり、もう怖れるものはないのだという自由だ。DZは北京に逃げてきて、恐怖の日々を耐え忍びながら、ある大使館の許可を辛抱強く待っているところだ。

カフェを出たのは、かなり遅い時間だったことを覚えている。灯りはさらに明るくなり、中国人たちはまだひっきりなしに動き回っている。誰よりもチベット人らしいDZが突然、手のひらを広げて小声で言った。
「チベット人だとわかってしまうのが怖いから、もう付けないようにする」
彼の手のひらには、小さなトルコ石のイヤリングがあった。

2008年4月、北京にて


後編(ラサで何が起こったのか? チベット人の証言(2)WD編)へ

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2008.08.14

「チベットを返せ!」サイレントマーチ@8/24恵比寿

北京オリンピックの閉会に合わせて、在日チベット人コミュニティ主催のサイレントマーチが東京・恵比寿で行なわれます。
以下の案内はStudents for a Free Tibet日本のサイトにも掲載されています。

在日チベット人コミュニティー主催
「チベットを返せ!〜Tibet for Tibetans〜 サイレントマーチ」

【主催】在日チベット人コミュニティー
【日程 】2008年8月24日(日)16:00集合
【コース】恵比寿公園→渋谷→神宮通公園

【集合場所】 恵比寿公園(渋谷区恵比寿西1-19-1)→地図
東京メトロ日比谷線・JR恵比寿駅西口より徒歩5分

【スケジュール】
16:00 集合
16:30 集会開始
17:00 行進スタート
19:00 解散

中国政府が人権状況改善の約束と引き換えに開催した北京五輪の幕が下ります。
オリンピックの成功を喜ぶその陰には、更なる弾圧に怯える人達がいます。
オリンピックが終わっても私達チベット人の自由への戦いは終わりません。
すべてのチベット人が抱いている悲しみと強い懸念を表わすため、
サイレントマーチを行ないます。

チベット人が求めているのは人として当たり前の自由と人権です。
その為に命を奪われた者、投獄され傷付き苦しんでいる者、
帰らぬ家族や友人を案じて悲しみに耐えている者、
こうしたすべてのチベット人兄弟姉妹の代弁者として歩きたいと思います。

闇に葬り去られた声と、言葉では言い尽くせないメッセージを、
私達の歩く姿で表わしたいのです。
私達、日本に住むチベット人とともに、
サイレントマーチを歩いてください。

【サイレントマーチについて】
※喪に服す意味合いを込めて、葬送の隊列のイメージになるよう、
 黒を基調としたシンプルな服装や、
 黒い色の小物(リボン、腕章など)を身に付けてご参加下さい。
 また、派手なコスチュームの着用もお控え下さい。
※サイレントを強調するため、マスクの着用もおすすめします。
 マスクの色や形は問いません。
 メッセージ(FREE TIBET など)も入れると効果的です。
※犠牲になった方々の遺影、行方不明者の写真、チベット国旗、
 横断幕を掲げて行進します。
※行進中のシュプレヒコールは行ないません。
 楽器など鳴り物のご使用もご遠慮ください。

【注意事項】
※このサイレントマーチはオリンピックの開催そのものに
 反対するものではありません。
※チベット、又は同じ状況下にある東トルキスタン、内モンゴル、
 中国民主化問題以外のアピールはご遠慮ください。
※差別用語の使用、誹謗中傷行為を一切禁じます。
※あくまでも平和的で合法的な抗議活動です。
 必ずスタッフの指示に従ってください。
※熱中症対策など、参加者各自で体調管理に充分ご配慮ください。

【お問合せ:】
Tibetan Community in Japan tcj@live.jp

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2008.08.05

10年前、ひとりのチベット人が自らの体に火を放った

7月28日、6人のチベット人がインドのデリーで無期限のハンガーストライキを始めた。北京オリンピックおよび中国によるチベット支配に抗議するチベット青年会議(Tibetan Youth Congress)メンバーによるものだ。

Tyc_hungerstrike_member

今回のハンストは水さえ摂らないという徹底したもの。暑いデリーで、無謀としか言いようがないが、追いつめられて危機感を抱いている600万チベット人の代表として彼らは非暴力の闘いを続けている。(ハンストは昨年もあった)
詳細な経緯は↓で見られる。
Tibetan Youth Congress(英語)
7日目の8月3日には、民主党の松原仁衆議院議員が応援に訪れた。

Ngodup_fire10年前の1998年3月10日、やはりチベット青年会議のメンバー6人が無期限ハンガーストライキに入った。水とレモン汁だけ摂るハンストだったが、途中で3人が強制的に入院させられ、48日目にはインド警察によって全員が排除された。
そして、このときひとりのチベット人が抗議の焼身自殺を図った。ダラムサラのツェチョリン寺の厨房で働いていたトゥプテン・ングゥドゥプ(Thubten Ngodrub)氏だ。

Thupten_ngodup当時、“I Love TIbet!”ホームページ上でこの「事件」を紹介するページを作った。1989年の春から秋にかけてツェチョリン寺に泊まっていたため、トゥプテン氏を知っていた(と思う、たぶん)からだ。
データが保存されていると思われるMOディスクがすでに読めなくなっていたため、webarchive.orgでサルベージして当時のページを復元してみた。

10年前、ひとりのチベット人が自らの体に火を放った(I Love Tibet!内)
もちろんYouTube等は今回加えたもの。

オリンピックの間も、ハンガーストライキは続く。

↓はトゥプテン氏追悼動画

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2008.07.26

「チベットを返せ!」在日チベット人デモ行進@8/9六本木

以下TSNJのチベット関連イベントカレンダーより転載です。

在日チベット人コミュニティー主催 デモ行進
「チベットを返せ!〜Tibet for Tibetans〜」

デモ日程 : 2008年8月9日(土)
集合場所 : 六本木・三河台公園  地図
東京都港区六本木4丁目2番27号
東京メトロ日比谷線・都営大江戸線六本木駅より徒歩3分
コース : 後日詳細発表
スケジュール:
16:00 集合
16:30 集会開始
17:00 デモスタート
19:00 キャンドルライト
20:00 解散

3月のラサ騒乱以降、日本でも関心が高まったチベット問題ですが、
政府間の対話再開、 チベット自治区への外国人観光客受け入れ再開などの報道により、
チベット情勢は落ち着いてきたかのように思われてしまいがちです。

しかし実際は、人権状況の改善はおろか
「愛国再教育キャンペーン」や武装警察による 厳戒体制が続き、
抵抗すれば即座に発砲される事件なども多発しています。
公約に反して、チベットの人権状況はますます悪化しています。

このような状況の下、まもなく北京では
『平和の祭典』オリンピックが、華やかに始まります。

この祭典の陰で、多くの人々の命と自由が犠牲になっていることを知ってほしい!という思いを表す為、
私たち在日チベット人は立ち上がりました。

在日チベット人コミュニティーが主催する、初めてのデモ行進です。
一人でも多くの方のご賛同、ご参加をお待ちしております。

注意事項
※ このデモ行進はオリンピックの開催そのものに反対するものではありません。
※ チベット、又は同じ状況下にある東トルキスタン、内モンゴル、
 中国民主化問題以外のアピールはご遠慮下さい。
※ 差別用語の使用や誹謗中傷行為を固く禁じます
※ あくまでも平和的で合法的な抗議活動です。必ずスタッフの指示に従って下さい。
※ キャンドルライト用にご自身のキャンドルをお持ち寄り・お持ち帰り下さい。
※ 熱中症対策など、参加者各自で体調管理に充分ご注意下さい。

お問合せ: Tibetan Community in Japan
     tcj@live.jp

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2008.06.21

リチャード・ギア、チベットへ(?)@Fiat LanciaのCM

日産のCMを下ろされたリチャード・ギアが、
フィアット・ランチアのCM(イタリアで公開)に登場。
思いっきりチベットネタで、雪辱(?)を果たした。


↓中国が敏感に反応→とりあえず謝罪しとけ、というお約束。
チベット絡むCMで謝罪 ギア氏起用のフィアット(2008.6.21、MSN産経)

【参考】日産 苦渋の選択“リチャード・ギアよりも中国が大事”(2008.3.25、gendai.net)


_44767182_supporter_ap466ラサでは聖火リレー・ショーが開催されました。
迷彩服の武装警官ずらり 沿道には有刺鉄線 ラサの聖火リレー(2008.6.21、MSN産経)
写真はBBCより。いかにも動員されました、って感じで。

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2008.06.12

中国当局、四川省でチベット人尼僧300人を拘束。暴行による負傷者も

3月10日から3カ月たちました。
聖火リレーが雲南省の“チベット族自治州”に入りましたが、
すぐ近くでは、チベット人が決死の思いで、
自由を求めて行動を起こしています。
そして、あいかわらずの暴力による圧殺が続いています。

Tsering_tsomo下のカコミの中はRadio Free Asia(6/10:Tibetan Nuns Stage Large Protest)が伝えた四川省での「尼さん300人拘束」事件の記事の抄訳です。
詳細は、ダラムサラ発の中原さんのブログ「チベットNOW@ルンタ」のエントリー↓をご覧下さい。
カンゼの状況一気に緊迫、僧一人死亡(6/9)
先ほどのニュースの続き(6/9)
どちらがテロリスト?(6/10)
暴行の模様なども含めて詳しーく書かれています。

6月8日早く、四川省のカンゼ州ダンゴ県で、ダライ・ラマ法王の帰還を求めるビラを配っていた28歳の尼僧ツェリン・ツォモが逮捕された。

これに対して、同日午後5時頃、彼女が所属するサムテンリン寺の尼僧300人以上が、県政府役所へのデモ行進を行なった。
全員が拘束され、暴行を受けた者も多いという。

「ウゲン・ラモという尼僧は鋭利な武器のようなもので殴られて重傷を負った」
午後10時半頃、10人を除いて釈放された。

「サムテンリン尼僧院には300〜400人の尼僧がいるが、今回は全員が抗議行動に参加した。彼女たちは捕まった後、4〜5台の警察のトラックで連行されていった」

これに先立つ6月6日、同県の政府の建物で、3人の僧侶が抗議行動を行なった。
「彼らはチベットの独立を訴え、拘束されて連行された」
3人は、ジャムヤン・ツェワン・ダクパ(22歳、ダンゴ出身)、トゥプテン・ギャンツォ(タウ出身)、ジャンセム・ニマ(22歳、セルシュ出身)。

「彼らは2種類のビラを配っていた。1つは、チベットの独立を訴え、実質的な自治を求めるダライ・ラマ法王の要求に積極的に応じない中国指導部を非難するもの。もう1つは、チベット人の政治的・経済的・文化的自由を求めるものだった」

Drango_samtenling_2サムテンリン尼僧院は、テホル・ダンゴ(炉霍県)のゾン(県府)の10kmくらいタウ側にある尼寺で、地元ではたぶんワダ寺という名前のほうが有名です。
写真はその寺の尼さんたち(クリックすると拡大できます)。中国人の能天気な旅ブログからパクってきました^-^;
ほぼ全員連行されたようなので、この子たちも、ひどいめにあったんでしょうか…。

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2008.06.11

チベット人たちの期待が今、日本に向けられています【ダライ・ラマ法王@洞爺湖サミット】締め切り(6/20)迫る!

先日のエントリー
【動画】署名のパワー+「洞爺湖でダライ・ラマ法王×胡錦濤」
紹介した「洞爺湖サミットでダライ・ラマ法王と胡錦濤主席の対話を実現させよう!」
というアクションの続報です。

7月7日から北海道の洞爺湖で開催されるサミット(主要国首脳会議、G8)には、
主要国の首脳とともに胡錦濤国家主席も招かれます。
たしか中国は「ダライ・ラマと対話したい」と言ってたハズなので、
その場にダライ・ラマ法王を招いて、ご対面を実現してあげようという運動です。

日本は今年の議長国。
誰を招くかを決められる立場なのです。
だからチベット人たちも注目しています。

日本でのアクションの中心は、
フリー・チベット・チーム・ジャパン(FTTJ)
ITSN(インターナショナル・チベット・サポート・ネットワーク)などを通じて、
キャンペーンは世界中に広まっています。
イギリスでは正式な「e-署名アクション」として政府に届けられることになりました。

で、気がつけばもうサミット本番まで1カ月。
日本では6月20日をめどに、署名運動を進めています。

いい感じのプロモーション映像もありますので、
ご覧のうえ、ぜひチベット人のために1票?を!
詳しくは↓
フリー・チベット・チーム・ジャパン(FTTJ)

▼Free Tibet Team Japan (FTTJ) PV "Team G8"

▼7-7 G8サミット キャンペーン動画

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2008.06.03

【イベント】6/21@宇都宮『チベット チベット』『ヒマラヤを越える子供たち』上映会+トークショー

主催者よりご案内いただきました。

ドキュメンタリー映画2本立て
『チベット チベット』上映会
キム・スンヨン監督のトークショー
『ヒマラヤを越える子供たち』上映会

開催日:08年6月21日(土)
開 場:13:10〜
開 始:13:30〜
終 了:16:50
☆有志追悼〜17:00

開催場所:宇都宮市駒生1−1−6
       とちぎ青少年センター 2F研修室
       (栃木県教育会館裏側) 
参加費:大人 1200円
    大学生1000円
    高校生以下500円

イベント終了後:監督を囲んで食事会を開催します。
問合先 :チベトチ(アムネスティ宇都宮&SFT日本)
     tibecycl_0111 @yahoo.co.jp
参加者の人数を把握するため、メールで連絡願います。

FREE TIBET!

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2008.05.17

【動画】署名のパワー+「洞爺湖でダライ・ラマ法王×胡錦濤」

カンヌ国際広告祭(2007年)で金・銀を受賞した、
人権擁護団体アムネスティ・インターナショナル・フランスのCMです。
日本のテレビでこんなのが流れたら、びっくりですねー。
「あなたの一筆は、思ったよりパワフル」とか言われても、
何のCMだかわかってもらえないかもしれないけど^-^;
ていうか、欧米では流れてるんでしょうか?

■Signatures, Amnesty International(Gold Lion受賞)

■BULLET - THE EXECUTION, Amnesty International(Silver Lion受賞)

アムネスティ・インターナショナル日本(チベット関連の緊急アクション等)
同チベットチーム


で、チベット関係の署名・請願アクションとしては、従来からのものに加えて、
「洞爺湖サミットでダライ・ラマ法王とコキントウ主席の対話を実現させよう!」
的なものが盛り上がってきそうです。

サミット(主要国首脳会議、G8)っていう恒例のビッグイベントが、
今年は北海道の洞爺湖で開催されるんですね。
ダライ・ラマ法王の誕生日の翌日(7月7日)から。

「主要国」に中国は入ってないけど、
中国やインドのトップは毎年招待されます。
誰を招待するかは議長国が決めていいそうで、
7年(ぐらい)に1度しか回ってこない議長国の座が、
よりによって今年回ってきてしまった日本に注目が集まっています。

たしか中国はダライ・ラマ法王との対話を望んでるようなことを言ってたし、
オリンピック前のちょうどいいタイミングでしょう。
法王は7月10日ぐらいに訪米の予定なので、
こないだみたいに途中で日本に寄ってもらって。

そこで、いま日本ではmixiを中心に「対話実現」ムーブメントが起こっているようです。
他の「主要国」での動きとシンクロして外圧に期待しつつ、
今後、実際のアクションが盛り上がっていくはずです。

たぶんまたあらためて書きますが、
とりあえず現時点での情報やリンクがまとまってるページを貼っておきます。

対話実現要請書 for G8(チベット事件のまとめガイドライン)

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中国四川省地震の救援募金(by在日チベット人歌手バイマー・ヤンジンさん@アバ出身)

中国四川省地震の被災地域(アバ州)出身の在日チベット人歌手
バイマー・ヤンジンさんが救援募金を始めました。
詳しくは↓をご覧下さい!

バイマーヤンジンのホームページ(チベット学校建設推進協会)
日記(ご家族の状況、経緯などが綴られています)
四川省大地震救援のため、ご協力お願いいたします!(振込先など)

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2008.05.16

【イベント】6/2シンポジウム「チベット〜終わらない人権侵害と中国の民族政策〜」

アムネスティインターナショナル日本 チベットによるイベントです。
メーリングリストから転載します。

************************************************************
シンポジウム
「チベット〜終わらない人権侵害と中国の民族政策〜」
************************************************************

2008年3月10日以降、チベット自治区と近隣地域において平和的抗議活動に参加したチベット人への弾圧・取り締まりに関して、深刻な人権侵害が報告されています。
アムネスティ日本チベットチームは、このチベットにおける人権侵害について、中国の民族政策の観点から考えることを目的として、今回のシンポジウムを企画しました。
2005年11月から12月にかけて北京・チベット自治区・新疆ウイグル自治区などに国連人権委員会調査を受け入れて以来、中国は国連による人権調査をずっと拒み続けています。
また報道の自由、表現の自由も制限されているため、国際社会はチベットの置かれている現状について正確な情報を得ることができません。
そこで今回は、中国やチベットの事情に詳しい4名のパネリストをお招きし、中国の民族政策を踏まえて、文化・宗教・社会など様々な角度からチベットの現状を分析・検討していただき、チベットの人権状況とその本質的な問題点を知り、考える機会を、一般の方々に提供できればと思います。

■日時:2008年6月2日(月)18:15開場 18:30開演 20:30終了予定

■場所:ちよだプラットフォームスクウェア(東京都千代田区神田錦町3−21) 
  最寄り駅 地下鉄東西線竹橋駅(3b KKRホテル東京玄関前出口より徒歩2分)       
地下鉄神保町駅(三田線・新宿線・半蔵門線A9出口より徒歩7分)   
(地図 http://www.yamori.jp/modules/tinyd2/index.php?id=10 )

■パネリスト:
加々美光行氏(愛知大学現代中国学部教授)       
ペマ・ギャルポ氏(桐蔭横浜大学教授)
石濱裕美子氏(早稲田大学教育学部教授)
長田幸康氏(フリーライター・チベットツアー現地ガイド)
【司会】寺中 誠(アムネスティ・インターナショナル日本事務局長)

■進行
【第一部】18:30〜19:20 加々美氏による基調講演・他    
【休憩】 19:20〜19:30 会場から質問用紙回収    
【第二部】19:30〜20:30 パネルディスカッション(質問への応答も含む) 

■参加費(資料付):一般2000円 学生1000円          
  (中国・チベットの人権状況に関する最新情報資料を配布)

■予約・申込み:先着 80名 メール予約は  TibetNL@hotmail.com まで。
 (当日参加も可能ですが、メールによる予約を優先させていただきます)

■主催:アムネスティインターナショナル日本 チベットチーム      
http://www.geocities.jp/aijptibet/index.html

■お問合せ:メール TibetNL@hotmail.com まで。

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2008.05.13

【2008年チベット動乱】目撃者の証言集(2)

前回エントリー(目撃者による証言)に続いて、同じくRadio Free Asiaのサイトにある“Update on Tibet”の5月5日分までの全訳です。
Update on Tibet(Radio Free Asia)
↑このページは逐次更新されていくかもしれません。

チベット現地から話を聞いた亡命チベット人の証言が中心です。
記事は新しい順に並んでいます。見出しは勝手に付けました。
急いで訳しているので、細かいところでミスがあるかもしれません。
だいたい合ってると思いますが、あやしそうだったら原文を参照して下さい。
地名についてはチベット語・中国語の併記はしませんでした(原文でも統一されていません)



■チベット内部の人々とのコミュニケーションがますます困難になる中、親族や友人との携帯電話を通じた会話や伝聞情報が、今起こっていることを伝えている。以下、報復を避けるための安全上の理由から、匿名にした部分もある。(5月5日更新)

■僧侶が射殺され、家族7人が拘束された(5月2日)

4月28日、ゴロク(果洛)チベット族自治州のホンコル寺のチュトゥプが中国の治安部隊に射殺されました。彼は初期の抗議行動に関わって、潜伏していました。4月の終わり、食べ物を取りに帰宅していたところ、警官が家を取り囲んで彼を殺害しました。

5月4日、彼の母親ワンドルも撃たれて2カ所の銃創を負ったことを知りました。家族のうち両親、姉妹1人、兄弟3人、そして転生ラマ1人が拘束されました。

残されたのは年の若い2人だけです。チュトゥプの父親は手錠をされて連行され、息子の遺体と対面しました。家族の財産はすべて政府が没収すると、当局が通告してきました。

(2008年5月2日、チベット内の知人の言葉を伝えるインド在住チベット人より)


■デモ参加者をかくまった僧侶も同罪で拘束(5月3日)

26歳〜30歳位のクンチョク・トンドゥプが最近ラサで拘束されました。チャムド地区マルカム県タイ出身です。タシ・ギャルツェン、チュトゥプ・ノルブという2人の僧侶も一緒に拘束されました。中国当局は地元の新聞とテレビで、クンチョク・トンドゥプの逮捕につながる情報の提供者には2万2000元の賞金を提供すると告知していました。

彼はラサの3月のデモや騒乱で積極的に活動していた嫌疑がかけられ、長い間、行方がわかりませんでした。しかし、4月終わり頃、ラサのラモチェ寺ギュトゥ学堂の僧坊で拘束されました。共に拘束されたタシ・ギャルツェン、チュトゥプ・ノルブの僧坊です。2人はクンチョク・トンドゥプをかくまったため、同じ罪が課せられるでしょう。

(2008年5月3日、チベット内の知人の言葉を伝える、ウィスコンシンのチベット人より)


■鉄道で装甲車や戦車が到着しました(5月1日)

高地でも燃えるオリンピックの聖火の第2弾が、エベレストの頂上に運ばれようとしています。安全を確保するため、ダム[訳注・中国とネパールの国境の町]の友誼橋周辺にすでに駐屯している2部隊に、さらに3部隊[原文注・人民解放軍または人民武装警察いずれかを指すと思われる]が加わりました。シガツェとディンリの間にはさらに5〜6部隊が配置されています。大雑把に言って、この地域には、50メートルに1人は兵士がいることになります。中国軍や警察などから退役したチベット人が多いディンリ地域では、警戒はさらに厳重だそうです。聖火がディンリを通過する際、いかなる抗議行動も制止しようという締め付けです。さらに悪いことに、中国の圧力によって、中国兵がエベレストのネパール側への入域を許されているのです。

ラサでは、締め付けは文化大革命のとき並みです。こうした状態になったのは1週間前でした。家を訪ねて来た者は全員ラサ市委員会に報告しなければなりません。当局者が一軒一軒家々を回り、居留許可証をチェックしています。ラサで生まれ育ったチベット人しかこの居留証を持つ資格はありません。許可証のないチベット人は連行され、理由を問わず拘束されます。不幸なことに、中国人にはこうした許可証は必要ないのです。これらはすべて、聖火がポタラ宮の前をパレードする際に不都合な事件が起こるのを避けるための予防措置です。

ラサ以外のチベット人が仕事や行商に来る場合、受け入れる者が、関係性や連絡先、滞在期間といった詳細を報告して身元を保証せねばなりません。[ラサ以外から来る]チベット人は10日以上滞在できません。巡礼のため滞在することは許されませんし、聖地はすべて閉鎖されています。1家族から1人だけ、ポタラ宮前の聖火の儀式の見物を許されるのだそうです。

ラサでの聖火リレーは4日から10日遅れると発表がありました。公式な理由はエベレスト周辺の天候不順ですが、本当の理由は軍[原文注・解放軍なのか武装警察なのかは定かではない]による準備が不完全だからだろう、と信頼できる筋から聞きました。こうした大規模な軍の存在を隠すため、彼らは青や赤の帽子と非戦闘員の制服をまとっています。中国はまた、チベット西北部ンガリ地方での、ウイグル人イスラム教徒とチベット人の共謀の可能性も懸念しています。ラサをはじめ聖火が通過する地域には数千人の正規軍が配置されています。

中国から到着した列車には2晩連続して装甲車や戦車が積まれていました。デプン寺の麓は兵士でぎっしりです。共産党員のチベット人は、厳格な政治教育を強いられています。こうした講習には政府職員のふりをした中国人治安要員が参加しています。彼らの本当の狙いはチベット人幹部の忠誠度を秘かに監視することなのです。

(2008年5月1日、チベット内の知人の言葉を伝えるヨーロッパ在住のチベット人より。彼は元中国政府職員であった)


※この後、原文には「2008年4月23日、カンゼからの電話」があるが、前の証言集とまったく同じものなので省略します


■成都で留置され、暴行・拷問を受けました(4月11日)

3月13日か14日、アムド地方ゾッゲのシャメ地域[四川省]のチベット人40人が、理由もわからないままラサで拘束されました。彼らは確かに騒乱中にラサにいましたが、抗議行動には参加していません。にもかかわらず2日間拘束されました。彼らは僧侶17人を含む、下は7歳位から上は80代までのグループで、巡礼のためラサを訪れていました。

ラサで拘束された時、ソナム・リンチェンという男性が中国人警官に殴られました。後に彼は連れ去られ、以来、誰にも行方はわかりません。残った僧侶17人を含む39人は四川省成都に連行され、1カ月近く留置されました。

4月10日、僧侶以外の22人が釈放されました。僧侶17人はまだ拘束されたままです。釈放された者からは、数多くの暴行や拷問についての体験が聞かれます。彼らは果物とお湯しか与えられませんでした。

(2008年4月11日、アムド・ゾッゲのシャメ地域の知人の言葉を伝えるインド在住の僧侶より)


■彼らはダライ・ラマの写真を踏みつけました(3月31日)

ンガバ(アバ)県にはアムド・ンガバ仏教論理学院という施設があります。3月30日、この学院の多くの僧侶が拘束され連れ去られたと聞きました。その地域では一般のチベット人も大勢逮捕されました。同じ県内にゴマン寺があり、この寺だけで16人の僧侶が拘束されました。大勢の警官が寺にやって来て、僧坊も含めてくまなく捜索しました。

アムド・アトブ寺も捜索を受けました。僧侶17人が拘束されて連行され、その行方は誰にもわかりません。ゾッゲ県のタクツァン・ラモ・キルティ寺にも大勢の私服治安要員や警官がやって来て、僧侶17人を拘束し、現地の拘置所に投獄しました。

現在のような厳戒状態では、僧侶も一般のチベット人も、医師の手当が必要でも受けようとしません。平時でさえ医療施設は貴重なのです。弾圧で負傷した人々は、手当を受けに行くことを恐れています。食料不足も深刻です。チベット人は、生活必需品を買いに外出することも許されません。

3月29日には、キルティ寺から500人以上の僧侶が連れ去られました。数百の武装警官が僧坊など、僧院内を捜索しました。彼らはダライ・ラマの写真を何枚か見つけると、それを叩き壊して、足で踏みつけました。一般のチベット人も大勢捕まりました。30人ほどのチベット人が警察のトラックに載せられて町中でさらし者になっていました。

(2008年3月31日、チベット内の知人の言葉を伝えるインド在住のチベット人より)


■報道ツアーに選ばれたメディアとは(3月27日)

[木曜日にラサに報道陣が入れる]という発表を聞いてから、外交部や国務院から必死で情報を得ようとしました。彼らによると、入域できるのはごく限られた人数で、かなりの狭き門とのことでした。主だったテレビ局は選ばれませんでした。例外は、現場でのレポート抜きのビデオ撮影のみのAP通信、そしてアルジャジーラのアラビア語サービス。同じアルジャジーラでも英語サービスは招待されませんでした。この選択には特定の意図があると考えるのが自然でしょう。[訪問中の]今日、抗議行動がありました。次回の報道ツアーは難しいと思います。

(2008年3月27日、欧米のテレビ局の仕事をしている北京在住のジャーナリスト)


■僧侶300人が抗議行動(3月26日)

3月25日、テホル・ダンゴ寺[訳注・四川省カンゼ州炉霍県]の僧侶たちが立ち上がり、抗議行動を起こそうと計画していましたが、当初は先頭に立つ者がいませんでした。その後、カンゼ地域の弾圧で殺された人々のための特別法要の最中、彼らは抗議行動を進めることを決断しました。

約300人の僧侶が袈裟をまとい、ダライ・ラマの写真を掲げ、寺からほど近いダンゴ県中心部に向かって平和的な行進を行ないました。主にチベット人からなる地元の警官隊が僧侶たちに対し、行進を止めて寺に戻るよう警告しましたが、僧侶らは警官に向かって野次を飛ばし、中国政府のために働くなんて恥を知れ、などと叫びました。その時、中国人警官が銃を構えましたが、チベット人警官らが説得して下ろさせました。

こうした緊迫した状況の中、チベット人警官は僧侶らが町の中心部に向かうことを容認したのです。僧侶らは「ダライ・ラマ万歳」「ダライ・ラマのチベット帰国を認めよ」「パンチェン・ラマを釈放せよ」「チベット人に宗教の自由と人権を」といったスローガンを叫びました。町の中心部では他のチベット人たちも合流しました。そのとき武装警察が到着し、僧侶らを排除しようとしましたが、お互いに引き離されないようスクラムを組んで踏みとどまりました。

その後、僧侶らは寺に向かって行進し、抗議行動を続けました。発砲されましたが、僧侶らは地面に伏せて銃弾をかわし、暴力では応じないと宣言しました。中には、寺に戻る途中で中国政府の車両を壊した者もいましたが。

寺は今、人民武装警察に包囲され、すべての僧侶は立ち去るよう命令されています。

(2008年3月26日、インド在住のチベット人による)


■「電話1本で、とどめを刺せる」(3月24日)

アムド地方のチャプチャ地域[青海省海南チベット族州共和県]に、アツォ寺という小さな僧院があります。私はその寺の僧侶です。

3月22日の午前11時15分頃、僧侶たちが抗議行動を始めました。チベット国旗を掲げ、寺の裏の丘の上に集まって香を焚きました。「チベットに自由を」「ダライ・ラマ万歳」「パンチェン・ラマ釈放」といったスローガンを叫びました。

寺には100人ほどの僧侶がいます。

寺の周囲での抗議行動の後、さほど遠くない町の中心部に向かいました。そして、地元政府の学校で中国国旗を降ろして燃やしました。それから寺に戻って抗議行動を続けていると、警官を満載したトラック3台が到着し、そのリーダーが「これ以上続けると“重大な事態”になる」と脅しをかけてきました。彼は「電話1本で、とどめを刺せるんだ」と言いました。

僧侶らはこう叫びました。「これ以上、中国の抑圧に耐えることはできない。命を犠牲にする覚悟はできている」。その後、僧院長と若い高僧のとりなしで、僧侶らは平静になりました。

今のところ、この地域では逮捕や発砲といった事件は起きていません。

地元の一般人も集まって、僧侶らに加勢しようとしましたが、中国人に阻まれました。

(2008年3月24日、チベット内の知人の言葉を伝える、インドのデプン寺の僧侶)


■僧侶1000人以上が抗議行動(3月28日)

3月18日、サンチュ[甘粛省甘南チベット族自治州夏河県]で1000人以上の僧侶が抗議行動を起こしました。

「ダライ・ラマ万歳」「チベットに自由を」「パンチェン・ラマ釈放」といったスローガンを叫びながら町の中心部に向かって行進しました。彼らはまた、中国指導部に対し、ダライ・ラマとの対話を始め、ダライ・ラマのチベット訪問を認めるよう求めました。

彼らは地元の政府の学校に向かい、中国国旗を降ろして、代わりにチベット国旗を掲げました。その日、治安部隊はまったく現れませんでした。

しかし、3月21日午後7時頃、武装した治安部隊が寺に到着し、僧侶4人と俗人3人を拘束しました。

別の寺で4人の僧侶が拘束され、最終的に20人以上のチベット人が拘束されました。中には、読経していた十代の僧侶も数人いました。

今のところ彼らは無事です。拘束されているのは、タルギェル(43歳)、チューペル(42歳)、ケルサン・テンジン(40歳)、ジャムヤン(32歳)、サンギェ・ギャツォ(13歳)、タシ・ギャツォ(14歳)、ケルサン・ソナム(16歳)、ケルサン・トンドゥプ(17歳)、ケルサン・テンジン(16歳)、チュートゥプ(30歳)、ダムチュ(29歳)。別の寺で拘束されたのは、テンジン(27歳)、テンパ・ギャツォ(37歳)、ゾパ(年齢不明)、ケルサン・シェラプ(19歳)。

(2008年3月28日、チベット内の知人の言葉を伝える、インドのデプン寺の僧侶)


■僧院の食料不足が深刻です(3月23日)

3月23日、アムド地方ンガバ地域のチベット人たちは、上空を非常に低く飛ぶヘリコプターを目撃しました。

チベット人たちを脅かすつもりなのでしょう。これまでンガバ上空をヘリが飛ぶようなことはありませんでした。今、寺院やチベット人の住む地域の上を飛んで、チベット人たちを怖がらせています。

2日前の3月21日、地元の中国人指導者たちがキルティ寺に入り、僧侶への再教育講習を指導しました。その間、彼らはダライ・ラマ否定を強要はしませんでした。その代わり、僧侶らに対し、抗議行動は間違っており“役に立たない”のだと説得しようとしました。

キルティ寺に閉じ込められている僧侶に食べ物を届けようとしたチベット人がいましたが、治安部隊に制止されました。僧院の中の食料不足は深刻です。ンガバ県中心部に向かう大通りは人民武装警察によってブロックされています。僧侶も一般人も食料不足に陥っており、もし自暴自棄になれば再び蜂起する可能性もあります。

中国当局は、抗議行動に関わった人物についての情報を通報するよう誘惑しています。最初の通報にはいくらでも好きなだけ、2番手には5000元の報奨金が与えられるなどと言っています。

多くの一般のチベット人が拘束されています。平均して1家族につき1人は連行され、拘束されて尋問されています。中国当局は写真を見せて、写っているのは誰なのか特定しようとしています。

(2008年3月23日、チベット内の知人の言葉を伝える、インド・ダラムサラのキルティ寺分院の僧侶より)


■一家に1人が拘束されている(3月23日)

3月14日と15日のペンポ[ラサの北方]でのデモによって、5人の僧侶が拘束されました。

その後、ペンポ・ガンデン・チューコル寺などの僧侶・尼僧および一般人3000人以上がデモに加わり、拘束された者たちの釈放を求めました。

デモと弾圧の中で、チベット人の若者1人が殺されました。原因はわかっていません。

今、ガンデン・チューコル寺は中国の治安部隊に包囲されています。本来90人僧侶がいますが、老僧3人を除いて、すべて捕まって連れ去られました。同時に、160人のチベット人が拘束されていることが確認されています。総数はもっと多いのでしょう。

私が聞いた話では、1家族につき1人は連行されています。外部に電話して話したりすれば“深刻な事態”になると脅かされています。だから、彼らは詳しい話をするのを恐れているのです。

(2008年3月23日、チベット内の知人の言葉を伝える、ペンポ出身の亡命チベット人)

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2008.05.10

【2008年チベット動乱】目撃者の証言集

Radio Free Asiaチベット語サービスのサイトにある証言集の4月分までの全訳。超長いです。要約しちゃうと短くなりそうだけど、そのままがいいと思い、全訳にしました。
What witnesses are saying(Radio Free Asia)
ほとんどがチベット現地のチベット人・中国人に対する電話インタビューです。
記事は新しい順に並んでいます。見出しは勝手に付けました。
急いで訳しているので、細かいところでミスがあるかもしれません。
だいたい合ってると思いますが、あやしそうだったら原文を参照して下さい。
地名についてはチベット語・中国語の併記はしませんでした(原文でも統一されていません)



目撃者の証言

中国当局がチベットの都ラサを封鎖状態に置いている中、目撃者たちが各地に広がる抗議行動の報告を伝えている。ラジオ・フリー・アジア(Radio Free Asia)のチベット語サービスおよび中国語サービスに寄せられた目撃談を紹介する。(最終更新4月23日)

■以下は、3月18日(火曜日)以降、ラジオ・フリー・アジア(以下)RFAに寄せられた証言の元文である。報復を避けるための安全上の理由から、匿名にした部分もある。

■ラサは地獄です(4月23日)

「私たちは今、地獄にいます。日用品を買うため外出するには、2種類の身分証を持っていかねばなりません。ラサ市政府が発行した居留許可証と身分証明書です。5月末までは[ラサを]離れたり動き回ったりするなと告げられています。私たちはダライ・ラマを批判するよう強いられています。私たちのように商店や住宅を貸している者は『分離主義者とのつながりがあったり、所有地内で抗議運動の参加者が見つかった場合は、持ち主が逮捕され処罰される』と警告されました。ここチベットは地獄になってしまいました。」
(2008年4月23日、ラサからの電話)

■尼僧2人が拘束されました(4月23日)

「4月23日午後1時頃、2人の尼僧がカンゼの町の中心部で抗議行動を行ないました。32歳のプモ・ラガ、30歳のソナム・デチェン。カンゼ県のダカル尼僧院の尼僧です。彼女たちは、ダライ・ラマのチベット帰還を求め、『チベットは独立国だ』と主張する手書きのビラを配り始めました。中国の公安当局者がビラを見て、回収し始め、誰が配ったのかを探しました。」

「そして、2人の尼僧が、交差点でダライ・ラマ帰還とチベット人の自由を求めるスローガンを叫んでいるのが見つかりました。彼女たちはすぐに拘束され、警察車両で連れ去られました。連行される間も、叫び続けていました。2人は町にあるカンゼ拘置所に連行されましたが、同じ場所に捕われているのか、あるいは別の場所に移されるのかは、誰にもわかりません。ビラには、2人は自分自身で行動したのであり、ダカル尼僧院は抗議行動とは関係がないと記されていました。」
(2008年4月23日、カンゼからの電話)

■カンゼ公安局の職員

「尼僧など捕まっていません。私は知りません」
(カンゼ公安局の職員)

■チベット人共産党員からの電話(4月17日)

「本当に率直に言いたいのです。チベットに住むチベット人たちは、今回の抗議行動で多くの命を犠牲にしました。彼らがそうしたのには理由があります。その理由とは、自由です。彼らはすべてのチベット人のために行動しました。このことで私は深く傷ついています。私自身ひとりのチベット人です。しかし、中国共産党の党員であり、職務に携わっています。こうした犠牲を目にしたとき、本当に心を動かされました。私があなた方のラジオに電話した理由のひとつは、すべてのチベット人組織そしてカシャク[チベット亡命政府の内閣]に対し、チベット問題を解決する道を見出してくれるよう訴えるためです。チベットの外にいるすべてのチベット人たちは一致団結していると聞いています。団結を続けるべきです。私たちは、国外に住むチベット人たちに希望を託しているのです。だから、すべてのチベット人組織とカシャクは、どう中国とつきあっていくのかを真剣に考えるべきです」

「昨年チベットの使節が中国と会談したと聞きました。その対話は実りないものだっとも聞いています。対話では具体的な成果は何も得られないでしょう。過去にも、チベット人は、17条協定を論議しましたが、具体的な成果はありませんでした。中国人との対話は、いかなる成果ももたらさないでしょう。中国人高官との過去の議論において、具体的な成果がもたらされたことなどないのです」

「今、チベットの状況は、哀れで、非常に緊迫しています。すべてのチベット人は、特に高齢者は、中国の統治下で不安と恐怖を感じています。チベット内外のチベット人が、チベットに自由をもたらすために協力すべきなのです」

(共産党員と名乗るチベッと人からの電話、4月17日)

■100人以上が殺されました(4月14日)

「殺された人の数を正確に示すのは非常に困難です。主な理由は、ジョカン寺周辺では多くの人々が殺され、そして、彼らの多くはカム地方やアムド地方からさまざまな理由でラサに来ていたからです。彼らのほとんどは、居住許可証を持ってません。ですから、証明できるものがないため、犠牲者の数を確かめる術がないのです。100人以上のチベット人が殺されました。多くの友人が、チベット人たちが殺されるのを見ました」

「初めは、負傷した多くのチベット人が中国の病院に運ばれ、そこで手当を受けました。そのうち、負傷したチベット人が病院に運ばれると、手当を受けるかわりに拘束されるようになりました。抗議行動の2日目には、ケガを負ったチベット人さえ、容疑者として拘束されました。だから、ケガをしたチベット人は、死を待つしかなかったのです」

「今、ラサのチベット人の状況は非常に緊迫しています。チベット人が中国人の雑貨屋の店主と値段をめぐって口論になると、店主は警察を呼び、チベット人は容疑者として拘束されます。居留許可証を持っていないチベット人も拘束されます。まともに歩けない老人や学生さえ取り調べられています。漢族中国人には居留許可証は必要ありません。彼らの話す中国語それ自体が、許可証なのです」

(チベットからの電話、4月14日)

■3月10日、ジョカン寺前で起こったこと

「3月10日、3人の僧侶が、トムシカン市場で商店を営むあるチベット人の支援を受けて平和的な抗議行動を始めました。彼らはチベット国旗を掲げて抗議していました。治安当局によると、彼らはセラ寺の僧侶とのことです。3人は捕まって殴られました。

同じ日、武装警察部隊がデプン寺に派遣されました。僧侶らがラサの町に向かっていたからです。警官隊が僧侶らを制止すると、僧侶らは「なぜ家に帰れないのか」と説明を求めました。口論になり、衝突が起こりました。

3月12日と13日、セラ寺の僧侶らが立ち上がり、抗議行動を起こしました。実は私は12日にセラ寺に行く予定でしたが、すべての車両はラサ中学の所で制止され、だれもそこから先へ行けませんでした。友人の中にも同じ所で制止された者がいます。それから、ガンデン寺の僧侶らも抗議行動を起こしたとを聞きました。ラサ市内から十分な警官隊を送ることができず、小規模な分遣隊をタクツェ県に送り、県政府の若手職員全員にガンデン寺に出動するよう命じました。中国人の兵士も一緒に派遣されました。」

「3月14日、私はジョカン寺(ツクラカン)に向かっていました。ラモチェ寺に通じる道路はすべて塞がれていました。ラモチェ寺に着くと、寺自体も警察の車両によって封鎖されていました。突然、ラモチェ寺の僧侶らが抗議の声を上げながら駆け出してきました。彼らは警察車両を1台か2台引っくり返すと、寺の中に駆け戻っていきました。チベット人の若者たちが大勢集まって、その場ですべてを見ており、警官が彼らを威嚇すると、石を投げました。若者たちは警官に追いかけられて逃げていきました。」

「彼らがトムシカン市場の水場を走り過ぎたとき、その辺りにいた若いカムパ[訳注・東チベット出身の男性]たちがラモチェに向かって走り出しました。彼らも投石で警官に挑みました。その頃、大勢のカムパたちがツクラカンの前に集まっていました。私がそこに着いた時、彼らの何人かがジョカン寺に向かってカタを捧げていました。スカーフで顔を覆っている者もいました。ひとりのカムパがツクラカン前の車の上に立って叫びました。『お前たちがチベット人なら、起ち上がらねばならない!』。そして彼は下りて来て、ツクラカン前にあった警察車両3台に火を放ちました」

「続いて、彼らはチベット自治区人民政府に向かって行進しました。『ラサには中国人が多すぎる。インフレがチベット人を苦しめている』と叫びながら。その時、装甲兵員輸送車の音が聞こえ、人々が『軍隊が来た』と叫び始めました。武装警官がデモ参加者を追いかけ、逆にデモ参加者が警官を追いかける場面もありました。同じ日、ラサの別の地域でもチベット人たちが立ち上がり、抗議行動は拡大しました。ラサの中国当局は、これらの抗議行動はすべてダライ・ラマのせいだと非難しました」

「私自身は殺されたチベット人を1日のうちに6人見ました。ラサのアニ・ツァングン寺には診療所があります。チベット人5〜6人がここで亡くなったそうです。見に行くと、遺体に灯明が捧げられていたそうです。知り合いも何人か殺されました。たとえば、ルプク出身のラクパ・ツェリンというチベット人で、観光客相手の運転手です。友人は『ハーラ、ハーラ』とニックネームで呼んでいました。彼は頭を撃たれて死にました。群衆の中にいた時、誰かが『撃たれた!』と叫んだのが聞こえました。彼が近づいて来たとき、ズボンにいくつも穴が空いているのが見えました。警察は標的に当たると弾ける特殊な弾を使ったのです。彼はやがて意識を失い、顔は土色になりました。私は近くにいた人たちに、足を布で縛るよう頼みました」

「彼にあげる水を取りに行った時、カムパが撃たれて血を流しているのを見ました。さらに、少年が亡くなったと聞きました。まだ16歳位です。抗議行動に参加さえしていなかったのです。殺されたラクパ・ツェリンも、入院している母親の見舞いに行った帰りに撃たれたのです。16歳ぐらいの女の子も撃たれました。全身が血に染まっていました。白かったのは手だけでした。お母さんは泣いていました。ひとり娘だったんです。チベット人たちが、彼女を慰めようと箱にお布施を入れて渡しましたが、彼女はそれを放り投げました。彼女はこう言いました。『娘は正義のために死んだのです。悔いはありません』」

「大勢のチベット人が捕まりました。私の宿の窓から、大勢が連れて行かれるのが見えました。もし灯りをつけて外を見たら、撃たれていたかもしれません。ライフルを構えた武装警察が大勢待機していたからです。だから、私は灯りを消してから、窓越しに見ていました。50〜60人の武装警察が家々に押し入り、チベット人を連れ去りました。ある夜、後ろ手に縛られたチベット人を見ました。彼は引きずられて、下水溝につまづいて倒れました。警官たちは彼を殴りました。そのとき中国語でこう言うのが聞こえました。『撃っちまえ!』『殺しちまえ!』。3月14日と15日、まるでお祭りの時の爆竹のように、銃声が聞こえていました。私たちは外出を許されませんでした。大勢の漢族やチベット人の女性たちがチベット服を着ているのを見ました。彼らはすべて漢族のスパイで、地域に潜り込んでいた者もいたそうです。」

「これはすべてダライ・ラマのせいだと中国当局は宣伝しています。チベット人として、やってもいないことで非難されるのを見ると、胸が痛みます。多くのチベッと人が彼を批判しているのも見ました。ダライ・ラマ13世時代の大臣クンペー・ラの夫人だったお婆さんが、大声でダライ・ラマを批判していました。彼らの多くが中国からそうするよう強要されているのでしょうが、口をきわめて猊下を罵っているのです。そんな言葉で猊下を批判するのを聞いて驚きました。一方、私の会った別のチベット人たちは、チベットのあちこちで同じような抗議行動が起こっていることをラジオで聞き、してやったりと思ったそうです。彼らは情報をお互いにやりとりして、チベットの他の地域で起こっていることを知っていました。」

「チベット人は本当に隅に追いやられています。ラサには中国人が多すぎます。1989年に来た時には、あちこちにチベット人の若者がたむろしていたものです。今や、どこも漢族だらけ。本当かどうかよくわかりませんが、リウ[訳注・ラサ駅周辺]の新興住宅地には1万人以上の漢族の移民がやって来るそうです。ペンポの新市街にもさらに1万人。現在のバルコル地区のチベット人街は、ラサの何カ所かの高層団地に分散させられます。これらのすべての計画は、オリンピック後に実施されることになっています。」

「私がまだラサにいた時、ラサ市政府が、何人かの容疑者リストを発表したそうです。その中のトップは、中国の車の上に立ってチベット人の決起を訴えたカムパでした。後に、彼は空港で捕まったと聞きました。取り調べが始まった時には生きていましたが、出て来たときには死んでいたそうです。2人目は手足を折られて出てきて、生きているのかどうか、誰も知りません」

「多くのチベット人が外国の報道陣に来てほしいと望んでいます。しかし、必要ないと考える人もいます。アメリカは抗議行動の模様を衛星から撮影することができたでしょうから。チベット人たちは、その言葉を世界に伝え、広めてほしいと外国人に強く望んでいます。ラサには多くの刑務所があります。どこも捕まったチベット人で一杯です。私の知り合いの運転手は、ある拘置所に行き、チベット人たちが大部屋に囚われているのを見ました。ほとんどは裸でした。トイレも水もなく、その部屋で排便するしかないのです。100人以上のチベット人が連れて行かれるのが、私の宿から見えました。ラル地区で5〜6台の軍のトラックを見た人もいます。そのトラックには、中国人兵士に護送されるチベット人たちが手を縛られて詰め込まれていました。1000人を超えるチベット人が捕まったと私は思います」

(英国在住のチベット人。ラサの抗議行動とそれに続く弾圧を目撃した)

■娘の元に父親の灰だけが返ってきました(4月5日)

「短い時間で約200人のチベット人が捕まりました。混乱の最中で、誰が生きていて、誰が死んだのか、誰が連れ去られたのかは、わかりません。頭にケガを負った中国人を何人か見ました。それから、私の姉の話では、ルプク地区で9人のチベット人の遺体を見たそうです。私自身は、アニ・ツァングン診療所で、チベット人の女性と男性1人ずつが亡くなって横たわっているのを見ました。ラサ市人民医院に行った時、3人のチベット人が運び込まれるのを見ました。ケガ人の一人は、カム地方ペルバル出身のテンジン・ノルブです。彼の姉が連れて来たため、身元がわかりました。彼は頭を撃たれ、自治区人民医院に運んだほうがいいと勧められました。彼は嘔吐していました。助からなかったと思います。まだ若い…おそらく21か22でしょう…お姉さんによると、セラ寺のふもとにある学校の学生だそうです。別の若者も頭を撃たれていました。出血がひどく、助かる見込みはほとんどありませんでした。もう1人の若者は尻を撃たれ、4カ所ほど銃創を負っていました。」

「これ[決起]は正しい行為だと思います。私は抗議行動に参加し、ラモチェ寺周辺で2時間ほど抗議行動をしたうちのひとりです。この抗議は、私たちの祖国における中国による抑圧への絶望の表われだと理解しています。中国当局による実質的な鎮圧・弾圧は3月14日の夜、始まりました。夜8時頃、ラサのチベット人たちは、中国軍がやって来ることを知りました。多くはその場を立ち去って帰宅しましたが、抗議行動を続けた者もいました。まさにその夜、大勢のチベット人が連れ去られ、中国の武装警察がチベット人たちに発砲するのを見ました。」

「この目で見ました。3月14日、15日、16日には銃声が聞こえました。ルプク地区で亡くなった一人が、ラクパ・ツェリンです。彼のことは知っていました。娘さんが一人残されました。トゥールン・デチェン出身で、運転手をしていました。金曜に亡くなり、翌週の月曜に葬儀が予定されていました。しかし、頭に銃創を負っていたため、当局は遺体を解剖のため持ち去りました。後に遺体ではなく灰が返ってきました。ほとんどの犠牲者の身元はわかりません。家族が生きているのか、死んでいるのか、捕まっているのか、知る術はありません。遺体は当局に持ち去られて処分されてしまいました。」

「ラサにいた時聞いた話では、捕まったチベット人は、情勢が不安定なダプチやトゥールンの刑務所には連行されなかったそうです。多くはグツァや鉄道駅に近いニェタンの拘置所に入れられました。ニェタンでは約200人のチベット人が拘置され、取り調べを受けました。中国のテレビは、ペンポ・ルンドゥプ県でも農民や僧侶、学生らが抗議行動を起こしたと伝えていました。番組では、彼らは政府当局に投降したと主張していました。しかし、何人かのペンポ出身の人と話したところ、投降したことを否定し、中国当局は嘘を言っていると言っていました。」

(オーストラリア在住のチベット人女性。当時ラサにいた。4月5日にRFAの座談会に参加)

■東チベット・チャムドの緊張(4月2日)

「チャムド県では『人民と当局はアムド地方やカム地方カンゼ地域出身のチベット人に警戒しなければならない』という地元政府当局の通達が出ていました。チャムド市内では特に事件はありませんでした。居住者の多くは政府職員です。しかし、町には大きな武装警察の部隊があります。4月2日、政府は職員と住民らに、カンゼとアムド出身のチベット人に警戒するよう告げました。政府の通達によると、当局は、これらの地域からチャムドに来るチベット人を拘束する権限を有するといいます。こうした規制のため、旅行や仕事、あるいは日雇い労働などのチベット人は大きな迷惑を被っています」
(2008年4月2日、チャムドのチベット人が、オーストラリア在住のRFAのレポーターに語った)

■東チベット・ゴンジョで爆発事件(4月2日)

「チベット自治区ゴンジョ県のある町の近くで爆発がありました。そこには県と地元政府の職員の住居になっていた建物があります。はっきりした日付や時間はわかりませんが、最近、その建物が爆発で大破しました。調べてみると、爆破装置が4つ見つかり、実際に爆発したのは2つでした。住人にケガはありませんでした。」
(2008年4月2日、チベット人がオーストラリア在住のRFAのレポーターに語った)

■東チベット・パシュの事件(4月2日)

「3月28日、チベット自治区チャムド地区パシュ県のニェラ寺のツェリン・ドルジェという僧侶が中国警察に拘束されました。彼はパシュの町の中心部に行き、宗教の自由とダライ・ラマの帰還を求めるポスターを貼りました。その地域には武装警察があるため、彼はすぐ連行されました。現地のチベット人たちは、彼は地元の刑務所に投獄されたと信じています。彼の釈放を求めるためニェラ寺の僧侶100人以上が町に出向く準備をしていましたが、僧院長や高僧に説得されて思いとどまりました。」
(2008年4月2日、チベット人が、RFAチベット語サービスに語った)

■東チベットの僧院に大規模な武装警察部隊(4月2日)

「カムの主立った僧院の近くに、大規模な中国の武装警察部隊が配置されています。ペユル寺には2,000人。トムタク寺に約500人。カトク寺のすぐ近くのホルポには約1,000人。武装警察は僧院に立ち入り、僧坊や高僧たちの住居を捜索しています。ダライ・ラマの写真を見つけると、警官はそれを押収し、所持していた僧侶を非難します。地元のチベット人住民は、夜9時以降は外出しないよう警告されています。その時間帯に見つかれば、3カ月拘留されます。また、武装警察が町を通って移動する際には、妨げてはならない、そして、もし妨害すれば、一切の容赦なく殺されると警告されました。ペユル寺の僧侶らは、中国国旗を寺の屋根に掲げるよう命令されましたが、応じませんでした。」

「当局は、ダライ・ラマ批判のキャンペーンを始め、[最近の騒乱における]『ダライ集団』の関与を示す宣伝フィルムを上映し、ラサでイスラム教寺院や漢族の商店・レストランを襲ったチベット人を非難しています。高僧らはダライ・ラマを批判するよう強要され、自由に移動することが許されません」
(2008年4月2日、カム地方のチベット人がRFAチベット語サービスに語った)

■何も言えません(4月2日)

「まさに渦中にいます。何と言っていいのかわかりません。私はチベット人ですが、政府の職員でもあります。個人的な意見を言うのは困難です。」

(2008年4月2日、サンチュ[甘粛省夏河県]のラプラン寺近くに住むチベット人公務員が、RFA中国語サービスに語った)

■テレビは信じません(4月2日)

「[中国政府に管制された]テレビの言うことは信じません。しかし、あなたと電話で話すことはできません。」
(2008年4月2日、四川省カンゼ州に住むチベット人女性がRFA中国語サービスに語った)

■成都のチベット人大学生(4月2日)

「ダライ・ラマという名に触れることさえタブーです」

(2008年4月2日、四川省成都のチベット人大学生が、RFA中国語サービスに語った)

■僧侶が殺された(3月31日)

「3月14日、彼らは軍隊によって殺されました」

(2008年3月31日、甘粛省のチョネに住むチベット人女性が、RFA中国語サービスに語った。現地での初期の抗議行動で僧侶が中国軍に殺害されたことについて)

■騒乱はまだ起こっています(3月30日)

「河北省武漢の部隊がチョネ周辺に配置されています。武装警察が、逃げたチベット人たちを逮捕しようとしています。散発的な騒乱はまだ起こっています。」

(2008年3月30日、甘粛省の男性が、RFA中国語サービスに語った)

■旅行者の立ち入りは禁止されています(3月30日)

「四川省のラモ寺[訳注/タクツァン・ラモ寺]近くにはまだ大勢の武装警察が駐留しています。ラモには、甘粛省側と四川省側に[省境をはさんで]1つずつ僧院があります。四川側のラモ寺の僧侶はまだ抗議行動を続けています。衝突は起きていませんが、旅行者の立ち入りは禁止されています」
(2008年3月30日、地元チベット人男性が、RFA中国語サービスに語った)

■自由を求めています(3月30日)

「私たちはまだ自由を求めています。」
(2008年3月30日、四川省ダンゴ県[炉霍県]のチベット人僧侶が、RFA中国語サービスに語った)

■ダライ・ラマ批判を求められました(3月30日)

「数日前に、さらに多くの部隊が到着しました。正確な数はわかりませんが、今回は武装警察だそうです。市内にも郊外にも配置されています。30〜40人が拘束されました。多くは地元の遊牧民です。自ら出頭した者もいますし、捕まった者もいます。数日前、パトロール中の兵士が遊牧民たちに教われました。私は、今回の騒乱についての自分の意見と、ダライ・ラマ批判を書くよう求められました。他の商人たちの多くも同じことを言われました。もちろん、書きたいように書くわけにはいきません」
(2008年3月30日、青海省チクディル県[久治県]住人が、RFA中国語サービスに語った)

■処罰されました(3月30日)

「私はあのインタビューを受けたことで処罰されました」

(2008年3月30日、四川省カンゼ州の政府職員が、RFA中国語サービスで語った。彼は以前、RFAに対して騒乱を認める発言をした)

■話さないことにしましょう(3月27日)

「私たちには状況はよくわかりません。そう出歩きません。それについては話さなないことにしましょう。お願いです。お願いします」
(2008年3月27日、ラサ近くに住むチベット人女性が、RFA中国語サービスに語った)

■ラサの中国人女性(3月27日)

「今は大丈夫なはずです。ほんの数日前までは、交差点ごとに兵士がいました。トラブルの起こっている地域もあれば、平穏な地域もあります。兵士たちは昨日引き上げました。…[僧院には]まだ兵士はいるにちがいありません」

(2008年3月27日、ラサで商店を営む漢族女性が、RFA中国語サービスで語った)

■チベット人を大勢捕まえました(3月27日)

「彼らはチベット人を大勢捕まえました。重大な犯罪に関わった者が逮捕されています。罪がそう重くない者は釈放されています。…[捕まった人たちは]県の私たちの側に車で次から次へと運ばれてきていました」

(2008年3月27日、甘粛省チョネ県[卓尼県]在住の漢族女性が、RFA中国語サービスで語った)

■彼らは僧侶に発砲し、1人を殺しました(3月26日)

「月曜日、チョクリ寺の僧侶とンゴコク寺の尼僧を含む約1,000人がダンゴ県[炉霍県]で抗議行動を行ないました。中国警察は僧侶を殺害しました。彼らは僧侶らに発砲し、1人を殺したのです。彼は『チベットに自由を!』と唱えていました。私たちは行進していました。警官隊が道を塞ぎ、撃ってきました。月曜の夜、僧侶30が捕まりました。」

「火曜には、さらにダンゴ寺の僧侶200人以上がやはりダンゴの町に出ました。私も加わりました。私たちは行進しながら『私たちは自由がほしい!』と唱えました。警官は100人くらいいました。しかし、衝突はありませんでした。今日は誰も町に出ていないと思います。なぜなら今日は外出を禁じられているからです。僧院の入り口には武装した警官が配置されています。」

(2008年3月26日、チベット人僧侶が、RFA中国語サービスで語った)

■世界に伝えて下さい(3月22日)

「今、私たちはツォロ[訳注/青海省海南州]で抗議行動を行なっています。私たちは、中国指導部がダライ・ラマ猊下との対話を始め、チベット問題を平和的に解決することを求めています。また、猊下のチベット訪問が許されるよう求めています。私たちの抗議行動は平和的であり、ツォロ州のセルロ寺の僧侶10〜15人によるものです。たった今、私たちは、町の役所がある中心部に向かって行進しています。そこから、県政府の役所へ向かう予定です。大勢の地元のチベット人、主に遊牧民たちが加わっています。」

「…セルロ寺から4〜5マイル行進してきましたが、中国の治安部隊が、町と県の中心部に向かうことを許さないのではないかと懸念しています。この抗議の行進はまた、ラサなどチベット各地で平和的な抗議行動を起こしたチベット人たちを応援する気持ちの表われです。今、治安部隊がやって来たようです。ありがとう。私たちがしていることを他の人々に伝え、世界に放送して下さい」

(2008年3月22日、抗議デモを行なっている最中の僧侶が、RFAチベット語サービスのインタビューに答えて)

■チベットの国旗を掲げました(3月22日)

「3月18日、私たち、アムド・ゴロク[青海省果洛州]のペユル・タルタン寺の僧侶は、地元の県政府の役所に向けて行進をしました。地元のチベット人も加わり、約300人になりました。そのとき、武装警察はいませんでした。ほんの40人ほどの地元の警官だけでした。私たちは、県政府の役所まで行進し、中国の国旗を引きずり下ろし、チベットの国旗を揚げました。地元の警察は特に邪魔しませんでした。彼らはただ遠くから見て、写真を撮っていました。それから私たちは地元の学校や病院に行進し、中国の国旗を下ろし、代わりにチベットの国旗を掲げました。私たちはまた拘置所に向かい、すべての囚人の釈放を当局に求めると、彼らはそれに応じました。私たちはすべての抗議行動を平和的に行ない、誰ひとり傷つけず、一切の損害をもたらしていません。それから午後になると、武装した治安部隊を満載したトラックが4台到着しました。彼らは、5人か6人、おそらくもっと大勢のチベット人を逮捕しました。」

「今、抗議行動に参加しなかった僧侶しか寺にはいません。残りは山中に身を潜めています。高僧らは罪人を引き渡すよう圧力をかけられています。[中国は]自首すれば酌量すると言っています。自首しなければ“深刻な事態”になるでしょう。僧院は今、治安部隊に包囲されています。私たちがしたこと、そして私たちどんな状況にあるのかを伝えて下さい。ありがとう」

(2008年3月22日、ペユル・タルタン寺の僧侶が、RFAチベット語サービスに語った)

■治安部隊が発砲し、2人を殺しました(3月21日)

「3月20日、中国の治安部隊がセルタ県[四川省色達県]キクの町に到着しました。約1,000人いました。彼らは、17日の抗議行動で町の役所の建物に掲げられたチベット国旗を引きずり下ろそうとしました。抗議行動の参加者たちが平和的に抵抗していると、治安部隊が発砲し、2人を殺しました。犠牲者の名はキャリとツェド。2人ともツェシュル村の出身です。イェシェ・ドルジェ、タプケなど8人は重傷を負い、セルタ県の病院に運ばれました。セルタでは、セルタ・セラ寺の僧侶らが率いる1,000人以上のチベット人が抗議の行進を始め、約30マイル進んだところで、その2人のチベット人が殺されたのです。彼らはチベット国旗とダライ・ラマの写真を掲げ、『ダライ・ラマ万歳!』『チベットに人権を』そして『チベット独立!』といったスローガンを叫んでいました。彼らはまたチベット独立を訴えるビラを配りました。治安部隊は“深刻な事態”になると彼らを脅しましたが、彼らは平和的なデモを続けることにしました。今のところ[それ以上の]発砲はありません」

(2008年3月21日、セルタ在住者が、RFAチベット語サービスのインタビューに答えて)

■外出したチベット人はみんな捕まりました(3月20日)

「ラサの兄弟の家にいます。でも、町に入ることはできません。治安部隊がすべてを封鎖してしまっていて…居留許可証を持っている者は動き回れますが、持っていない者は外出できません。15日と16日、外出したチベット人はみんな捕まりました。今も、中国の治安部隊による封鎖は続いています。彼らは治安要員が撮影した写真を持って、そこに写っているのは誰か、どこにいるのかを尋ねて回っています。最近、僧侶がひとり捕まったと聞きました。中国が妨害電波を出しているため、RFAとVOAのラジオ放送はラサでは聞けません」
(2008年3月20日、ラサ在住のアメリカ国籍のチベット人が、RFAチベット語サービスに語った)

■僧侶たちは再教育を拒否しました(3月20日)

「カムのガパ地域のセルカル寺の僧侶に対する再教育を実施するため、大規模な治安部隊が到着しました。しかし、すべての僧侶は参加を拒否し、かわりに宗教の自由と人権を求めるスローガンを叫びました。約500人の僧侶がいます。治安部隊は寺を去る前に、明日戻って来て捕まえてやると脅したそうです。その後どうなったかはわかりません」
(2008年3月20日、ンガバ[四川省ンガバ]のチベット人目撃者)

■治安部隊が学生たちを包囲しました(3月20日)

「青海省では、3月19日、玉樹州出身のチベット人学生が抗議行動を起こしました。約800人の学生のうち、約400人が参加しました。彼らは中国国旗を下ろし、火をつけました。治安部隊が到着し、学生たちを包囲しました。治安部隊は、その地域で騒乱を起こす者には発砲せよと命じられたことを告げました。学生たちは他のチベット人たちとの接触を禁じられています」

(2008年3月20日、青海省より)

■2,000人がデモに参加しています(3月20日)

「アムドのツェコ[青海省沢庫県]では、3月20日も僧侶らが平和的な抗議行動を続けています。僧侶を含む2,000人のチベット人が参加しています。参加者が求めているのは、中国の指導部がダライ・ラマとの平和的な対話を開始し、チベット問題を平和的に解決することです。彼らはまた、すべてのチベット地域での実質的な自治を求めています。そして、ダライ・ラマがアムドを訪問することを許すよう求めています。今ここには治安部隊はいませんが、こちらに向かっていると聞きました。中の世界には自由はありません。私たちは今、県政府の役所の前で抗議行動をしています。約2,000人います。私たちは平和的に抗議しています」

(3月20日、アムドのデモの最中、参加者がRFAチベット語サービスに語った)

■オリンピックが終わるまで拘束される(3月20日)

「今日もまた中国の警察が、アムド・ンガバ[四川省アバ]地域のチベット人の家々を1軒1軒捜索しています。ダライ・ラマの写真や、政治的に問題のある物や文書はすべて押収されます。自宅から見つかった場合は逮捕されます。オリンピックが終わるまで拘束されると言われています。オリンピックが終わったら、裁判が始まるのだそうです」
(3月20日、ンガバのチベット人の証言)

■まだ外出禁止令(3月20日)

「町に出入りする時は、身分証明書を提示しなければなりません。まだ外出禁止令が出ていて、通りはほとんど放ったらかしの状態です。商店は仕事になりません。みんな家にいます」
(3月20日、ラサ在住のチベット人がRFA中国語サービスで語った)

■何も話せません(3月20日)

「言ってはならないことを一言でも口にすれば捕まってしまいます。怖いです。何も話せません」
(3月20日、ラサ在住のチベット人女性がRFA中国語サービスで語った)

■携帯電話はつながりません(3月20日)

「大勢が捕まりました。私は家にいて、友だちと連絡もとれません。私の携帯電話はつながりません。私に電話すると、電源が切れているというメッセージが流れます。実際は一度も切ったことはないのですが」
(3月20日、ラサ在住のチベット人男性がRFA中国語サービスで語った)

■ラサの刑務所は満杯です(3月20日)

「ラサでは、抗議行動に参加しようがしまいが、身分証明書を持っていないチベット人は捕まってしまいます。身分証を持っていない遊牧民も多いんです。ラサの刑務所は満杯です」
(3月20日、チベット亡命政府スポークスマンが、RFA中国語サービスで語った)

■バイク30台以上が大破しました

「昨夜、60台の警察のトラックがボラ地域にやってきました。7台ないし10台はすでにこの地域に配置されていました。今朝、60台すべて去って行きました。近くの僧院の僧侶たちは外出を許されず、外にいる僧侶は帰ることを禁じられました。3月18日、さまざまな地域のチベット人たちが馬で町の中心部にやって来ました。バイクで来た若者も大勢いました。バイクは警察のトラックに引かれ、30台以上が大破しました。今のところ、この地域での逮捕や発砲の知らせはありません」
(ボラ地域の人と話したインドのデプン・ゴマン寺のクンチョク・ギャツォ)

■今朝だけでも、市場で3人捕まるのを見ました

「ラサでは、大勢のチベット人が捕まりました。今朝だけでも、タリン市場で3人が捕まるのを見ました。ひどい暴行を受け、手錠をかけて連れて行かれました。中国とコンポ地方からさらに治安部隊が送り込まれたそうです。町中に入るチベット人は検問で調べられます。男性や若者は全身くまなく調べられますが、女性には少し緩いようです。体だけでなく、手荷物を調べられます。軍隊で一杯になったラサの町を見るのは恐ろしいです。中国の装甲車のナンバープレートは、どの部隊かを特定されないよう覆われています」

(ラサ在住のチベット人の証言)

■昨日も1人殺され、9人が連行されました

カンゼの町に平和はありません。昨日も1人殺され、9人が殴られて連行されました。連行された人の家族には、生きて会える望みはありません。ただ遺体を待つのみなのです。しかし、家族にとって悔いはありません。彼らは正義のために命を落としたのだと信じているからです。最近さらに7人チベット人が逮捕されました。ギュルメ、ペンパ、ドルジェ、ジャムヤン、クンガ、チメ・ゴンポ、そして、ナムサ・ワンデン。カンゼの町の中心部では、チベット人は自由に移動できません。そこに行けるのは人民武装警察だけです。地元の県政府幹部には何の権限もなく、武装警察が管制を敷いています。40台の新品の車両と2機の航空機、そして1万人近いと思われる武装警官が駐留していると地元の人々は見ています。

(カンゼのチベット人の証言)

■学生たちは帰郷を許されません

「ンガワ[アバ]に両親がいるマルカム普通学院のチベット人学生たちは、噂を聞いて帰郷したいと希望しました。学校当局は、学校にいたほうが安全だと言って制止しました。衝突が起きたのは何日だったのか、定かではありません。しかし、キャンパスは事実上の戒厳状態に置かれ、3月15日以来、学生たちは帰郷を許されていません。学校にいる限り、安全は保証されています。学校側は、人々が騒乱を起こすことを憂慮しています」
(四川省マルカム県のマルカム普通学院の漢族教師が、RFA中国語サービスで語った)

■家族の安否が心配です

「この状況について話すのは適切ではありません。家族には電話もつながりません。呼び出し続けてるんですが、話し中の音になって、つながらないんです。家族の安否が本当に心配です。現地で何が起こっているのか、まったくわかりません。通信手段が機能していないんです」
(四川省成都の西南民族大学のチベット人学生が、RFA中国語サービスで語った)

■話すのはまずいんです

「話すのはまずいんです。携帯電話は盗聴されています。校内で抗議行動があるかどうかは言えません。まずいんです…」
(上海在住のチベット人学生が、RFA中国語サービスのインタビューに答えて)

■四川省成都でも検問

「成都のチベット自治区事務所へつながるすべての大通りには、車両の中で待機する機動隊と武装警察が配置されています。私は近所を歩きましたが、ミニバンや普通車など、治安関係の表示を付けた車両は60台を下りません。チベット自治区事務所方向へ向かう車はすべて検問を受けます。トランクが調べられ、ドライバーは車から下りて、身分証を提示しなければなりません」
(成都在住の漢族活動家Huang Xiaominが、RFA中国語サービスのインタビューに答えて)

■私たちの政策に不適切なところがあったのだと考えるのが自然です

「ラサで抗議行動を起こした僧侶たちがきわめて乱暴に扱われ、戦車まで投入されているのを、“FreeGate”を使ってインターネットで見ることができました。やりすぎだと思います。死者が出たと聞きました。私は大勢のチベット人と仕事をしたことがあります。多くの少数民族を知っています。特にチベット人は好きです。ひとつ例をあげましょう。料理や水が足りなくなったとき、チベット人の家を訪ねて行けば、だれもが面倒をみてくれます。食べ物や泊まるところを提供してくれます。私だけでなく、友人5〜6人がそういった体験をしました。彼らが本当に騒乱を起こそうとしたというなら、私たちの政策に不適切なところがあったのだと考えるのが自然です。チベット人の友人たちにお願いします。漢族全員を嫌いにならないでほしいんです。目に映るのは本当に悲しい風景です。戦車ですよ…戦車なんて、ひどいものです…」
(北京在住の中国人が、RFA中国語サービスのリスナー参加番組に電話して語った)

■この地域だけで18人の遺体が確認されました

「ンガバ[アバ]の抗議行動では、計18の遺体が確認されました。キルティ寺だけで、15人が葬儀のため運び込まれました。近くの遊牧地帯で、さらに3人の遺体が確認されました。ンガバには他にも多くの僧院がありますから、他の僧院にも遺体が運び込まれているのでしょう。だから、この地域だけで18人が確認されたということです。彼らはあえて中国の病院に行くことをせず、自宅で治療を受けました」
(チベット人目撃者の証言)

■家宅捜索で無実の6人が連れ去られました

「ラサでは、中国人警官が人民武装警察を伴ってチベット人の家々を捜索しています。居留許可証の提示を求め、もし持っていない者がいれば、何の説明もなしに連行されます。許可証を持っているチベット人でさえ、何かの理由で疑われると連行されてしまいます。

例えば、3月15日の夜10時頃、武装警察を伴った警官たちがチベット人の家々の捜索を始めました。カム地方ツァワ・パシュ出身の家が捜索されました。ケルサン・ギャルツェンには2人の息子ロチュ、チャンパと、娘がひとりいました。娘は居留許可証を持っていましたが、他の家族は申請中で、まだ発給されていない状態でした。すると、中国人警官は父と息子2人を逮捕して連れ去りました。娘さんには、彼らがどこに連れて行かれたのかわかりません。警官は家の中を捜索し、現金1万元を発見しました。一家は小さな商店を営んでいたからなのですが、警官は彼らの言うことに耳を貸さず、その金を持ち去りました。娘さんはお金もなく、ひとりきりで残され、父と兄弟がどこで捕らえられているかもわかりません。彼女は父と兄弟の安否を心配し、憂いています。

同じ区画の中に、カム地方デルゲ出身の家族が住んでいました。父の名はツォニ。彼にもまた2人の息子がいます。同じ夜、家宅捜索を受け、彼らも逮捕されました。

6人はいずれも無実であり、抗議行動には参加していないそうです。中国は政策として、男だろうが女だろうが、チベット人の若者のほとんどを捕まえようとしているのです。彼らがどこに連れていかれたのかは、誰にもわかりません。外出しようとすれば、逮捕されてしまうでしょう。殺されてしまったのか、拘束されているのか、あるいは暴行を受けているのか。生きているか死んでいるかさえもわからず、見つけ出す術もないのです。ラサは事実上の恐怖政治の中にあります。」
(ラサの親戚に電話をかけた、カナダ在住のジャンペル)

■リーダーは射殺されました

「3月18日午後2時5分頃、四川省のカンゼで抗議行動が起こりました。僧侶も俗人も参加していました。ペマ・デチェンとンゴガという2人に率いられた参加者たちは『ダライ・ラマ万歳』『チベットに自由を』と叫び、ビラを配りました。数百人の武装警官が動員され、デモ隊を制止しました。デモ隊が抗議行動を続けたため、当局は10人を逮捕しました。捕まったのは、ペマ・デチェン、ゴンポ、ツェテン・プンツォク、ロブサン、サンポ、パルデン、ゴンポなどです。リーダーのひとりンゴガは射殺されました。他の9人は引きずられていきました。ケガを負っているように見えましたが、はっきりとはわかりません。今、カンゼ中が警官と兵士だらけです。チベット人は誰ひとり外出して、町を歩くことはできません」
(四川省カンゼのチベット人)

■僧侶のひとりが射殺されました

「タルギェ寺の僧侶200人以上が抗議行動にやって来ました。しかし、中国人スパイが当局に通報しました。デモ隊がカンゼの旧市街へと行進していると、警官隊が立ちはだかりました。僧侶が抗議すると、僧侶のひとりが射殺されました」
(四川省カンゼのチベット人)

■学校で抗議のスローガンを叫びました

「昨日と一昨日、私たちの学校[陝西省咸陽のチベット民族学院]の学生たちは、抗議のスローガンをたくさん叫びました。学生寮は7階建てですが、スローガンのほとんどは3〜7階から聞こえてきました。学生たちは屋上から魔法瓶などを放り投げました。この学校には約1,000人のチベット人学生がいます。今日は学校当局が全学生を大きな集会に招集し、事件に関わった者は告白文を提出せよと告げました。そして、党員は資格を失うことになると警告しました。今のところ学校には警官の姿はありません。しかし、この事件はすべて省の政府に報告され、あらゆる必要な措置が講じられると、集会で告げられました。」
(陝西省咸陽のチベット民族学院の学生の証言)

■警官が遺体を持ち去りました

「以前、射殺された男性の話をしました。昨日、その家族が葬儀のため遺体を運ぼうとしたところ、警官が家にやって来て、遺体を持ち去りました。解剖して調査するため、すべての遺体を持ち去っているのだと警官は言いました。そして、騒乱の遺体はまとめて火葬にする。火葬の前に家族には連絡があり、火葬後、火葬場を訪ねることが許可されるのだと。こうして家族に有無も言わさず、遺体は強引に運び去られました」
(ラサのチベット人による証言)

■戒厳状態です

「ラサは全体に戒厳状態です。最近の破壊の跡を片付ける作業があちこちで進んでいます。市内では、市の身分証を持っていれば移動はできます。しかし、巡礼や旅行などで外から来た者は中に入れませんし、すでにいる者は出られません。私は巡礼に来ましたが、最後の4日間は旅行も外出もできず、宿にこもっていました」(ラサのチベット人による証言)

■デモ隊の先頭では少女がダライ・ラマの写真を掲げていました

「3月18日、リタンでは300人以上のチベット人が抗議行動をしました。デモ隊の先頭では、[アッパ・ブモという]少女がダライ・ラマの写真とカタを掲げていました。彼女は中国の治安要員に逮捕されました。この地域には大規模な中国の軍隊が駐留し、さまざまな規制が敷かれました。ニュースメディアはすべて遮断されています。学校もオフィスも商店も閉まっています」
(リタンのチベット人による証言)


■以下は3月17日(月曜日)のチベット人と中国人による証言

■武装警官が通行人の身分証をチェックしています(3月17日)

「今日はよくなりましたから、外出できます。多くの人々が食料を買いに出て来ています。しかし、町には武装した警官が大勢立っており、通行人の身分証をチェックしています。町には警官が大勢います。現地政府は私たち外国人にラサを離れるようには言ってきません。しかし、出て行きたいなら、外事事務所が手助けしてくれるでしょう」
(ラサにいる香港人女性商人)

■北京の中央民族大学で沈黙の抗議(3月17日)

「北京の中央民族大学のチベット学部門には約2,000人の学生がいます。そのうち40人が、チベットのさまざまな所で殺されたり、傷ついたりした人々を悼むため沈黙の抗議に参加しました。警官がやって来ました。彼らは今、教室に閉じ込められています。」
(北京で抗議行動に参加したチベット人の証言)

■病院が被害を受けました(3月17日)

「ラサの人民医院が被害を受けました。地元のチベット人は、これはチベット人が手当を受けられないようにするための中国人の仕業だと疑っています。ラサの病院に運ばれたチベット人は今、追い返されています」
(匿名のチベット人)

■犠牲者が出ました(3月17日)

「地元の寺院の僧侶が武装警察と衝突しました。犠牲者が出ました」
(四川省ンガバのチベット人住民)

■大勢の警官がいます(3月17日)

「町中でも郊外でも騒乱が起き、町には大勢の警官がいますが、自分の身の安全が心配になるほどではありませんでした」
(四川省ンガバの中国人住民)

■旅行者は立ち去るよう命じられました(3月17日)

「旅行者はンバガ地域から立ち去るよう命じられました。到着したばかりの外国人の3グループが、すぐに立ち去るよう告げられました」
(四川省ンガバの中国人ホテル従業員)

■400〜500人の僧侶が町に現れました(3月17日)

「土曜の午後、400〜500人の僧侶が町に現れました。彼らは窓ガラスを割り、1時間足らずで去って行きました。この地域を守るため約2000人の兵士が駐留していました。」
(甘粛省と四川省の省境にある寺院の近くに住む漢族目撃者)

■甘粛省の中国人(3月17日)

「抗議行動の規模は小さいですが、まだ続いています…マチュ県とルチュ県それぞれに約1,000人の武装警察が配置されました」
(3月14日に始まった抗議行動について、中国人の証言)

■青海省の中国人(3月17日)

「チベットで暴動が起こったため、地元当局は、ここで抗議行動が起こることを防ぐため手段を講じています。私たちの県には約200人の武装警官がいました」
(青海省同仁県の中国人住民)

■青海省のホテル従業員(3月17日)

「この地域には外国人は入れません」
(青海省同仁県のホテル従業員)

■退去させられたジャーナリスト(3月17日)

「私たちは甘粛省夏河で、ホテルを見つけられませんでした。取材を終えた後、夏河を追い出されました。夏河に再び入ろうとしましたが、許されませんでした。私たちの身分証は、路上の検問で精査されました。夏河に続く唯一の道路は遮断されています。すべての車が制止され検問を受けます。乗っている人の身分証と車のナンバープレートがチェックされ、記録されました。ジャーナリストは潜り込むことはできませんでした。甘粛を離れるすべての車も、そこにいたというだけで慎重に検査されました。甘粛を離れる車の渋滞ができていました」
(英国人ジャーナリスト)

■写真を消去しています(3月17日)

「彼ら[警官]は、暴動に関するものと見なした写真をすべて消去しています。そういったものを持ち出させないつもりです」
(甘粛省の旅行ガイド)

■以下は、3月16日(日曜日)のRFAのインタビューに答えたチベット人による発言の抜粋。

■8人の遺体が到着しました(3月16日)

「たった今、キルティ寺に8人の遺体が到着しました」
(四川省ンガバのキルティ寺より)

■4人が殺されました(3月16日)

「キルティ寺の近くを行進している時、4人のチベット人が狙撃されて殺されました。少し後、さらに3人が殺されました。彼らは遠くから撃たれました。撃たれる前、抗議行動の参加者たちは交番2カ所の窓を割りました。…5,000から6,000人の参加者がいたようです…殺された後者3人の名前はツェジン、ノルブ、そしてロブサン・タシです」
(四川省ンガバのチベット人デモ参加者)

■東チベット・タウ県(3月16日)

「3月15日、カムのタウ[道孚県]で抗議行動がありました。10台の人民武装警察のトラックが突然やって来ました。カムのセルシュ寺は包囲されました。彼らは町をパトロールし、ランダムに身分証をチェックしています。情勢は非常に緊迫しています」
(四川省カム地方カンゼのチベット人の証言)

■ラサの尼寺の診療所(3月16日)

「ラサの尼寺の診療所で5人のチベット人がケガで亡くなりました。ラサのツァンクン尼僧院です。診療所にいた2人のチベット人はケガをしており、足が折れていると言っていました。身元不明のままの少年の遺体が横たわっていました。他に数人の遺体が運び込まれました。彼らの多くは親族が引き取りました」
(ラサのツァンクン尼僧院内部より)

■閉じ込められてしまいました(3月16日)

「もう2日間、家に帰ってません。そこら中に軍隊がいて、完全に閉じ込められてしまいました。外で何が起きているのか何も情報がありません」
(ラサのチベット人住民)

■家宅捜索が始まりました(3月16日)

「ラサの中国当局は、チベット人を逮捕し、ローラー作戦による家宅捜索を始めました。ダライ・ラマの写真と、暴動に関わった人物を探すため、すべてのチベット人の住居を捜索するという公式の警告が、ラサのすべてのチベット人住人に出されました。捜索と検挙を妨げようとしてはならない、そして、検挙された時、集団で集まってはならないとも警告されています。チベット自治区政府は、中国各地にいるチベット政府職員に対し、3日以内にラサに出頭するよう、すべての政府機関に命じました。彼らは鉄道を守ることを求められています。出頭し損なうと“一大事”になるでしょう」
(ラサからの証言)

■甘粛省の西北民族大学で抗議行動(3月16日)

「甘粛省蘭州の西北民族大学のチベット学部のチベット人学生たちが、学校のグランドで平和的なデモを行ないました。1,000人以上の学生が参加し、別の学部のチベット人たちも加わろうとしましたが、制止されました。彼らは、抗議行動は平和的であり、ラサなどでのチベット人への弾圧をやめるよう中国当局に促すものだと宣言しました。彼らはまた、ラサやラプラン寺、そしてチベットの外での抗議行動を起こしたチベット人への連帯の気持ちを表明しました。彼らは『私たちは輝かしい民主主義と生命のために、チベット人たちと連帯する』という横断幕を掲げていました」
(アムド地方からの証言)


■以下は、2008年3月15日(土曜日)の、RFAによるチベット人に対するインタビューの抜粋

■遺体が67あったそうです(3月15日)

「私はラサにいます。今日は発砲がありました。亡くなったり、瀕死の状態の大勢のチベット人が、チベット自治区公安の辺りに集められました。信頼できる人から聞いた話では、67の遺体があったそうです。まだ生きている者もいましたが、ほとんどは運ばれてきた時点で亡くなっていました…男性も女性もいます。私は詳しくはわかりません…でも、そこに合計67体集められたことは確かです。情報源は言えませんが、67体は私の知り合いが見たものです。

戒厳令が敷かれたと、チベット自治区幹部が公式に発表しました。たった今も、銃声が聞こえます。戦車もたくさん見かけました。チベット人を威嚇するため、時々空に向けて撃っています。カルマ・クンセル地区のような所では、今も発砲しています。チベット人はすべて呼び止められて、身分証をチェックされます。チベット人は政府職員であっても調べられますが、中国人は自由に移動できます。

逮捕されたチベット人の多くは、トゥールン方面などラサのいくつかの地域の刑務所に連れて行かれました。ペンポでも、昨夜6人の僧侶が逮捕されました。今日はデモがあり、中国人の商店が焼き討ちにあいました。

こうした規制は、少なくとも7〜8日は続くでしょう。自由に移動できなければ、食料を手に入れることができず、すでに食料不足が起こっています。今、中国当局が鎮圧にあたっていますが、こうしたことは郊外にも広がっているのがわかります。

これらのデモをどこかの組織が計画したことを示すものはありません。チベット人たちの自発的な反応であり、彼らはデモに飛び入り参加したのです。彼らは『ダライ・ラマ万歳』『チベットに独立を』と叫び、中国の国旗を燃やしました。今聞いた話では、ロカ地方のサムイェ寺でも僧侶が抗議行動を起こしているそうです」
(ラサから)

■叫び声が絶え間なく聞こえます(3月15日)

「今日、ラプランで大規模なデモがありました。11時45分に始まりました。昨日は、だいたい3,000人から4,000人いましたが、今日はどうでしょうか。『ダライ・ラマ万歳』『チベット独立』などの叫び声が絶え間なく聞こえます。彼らは地元の政府の役所まで行進し、窓ガラスを割るなどして、デモは続いています」
(アムド地方のラプラン寺より)

■東チベット・リタンでデモ(3月15日)

「3月15日、リタン地域では2つのデモがありました。朝、オトク・ニャクチュカ[拘束されたテンジン・デレク・リンポチェの故郷]出身の遊牧民たちが立ち上がり、しばらくデモをしました。リーダーらのひとりが拘束されました。そして同じ日、[投獄された遊牧民]ロンギャル・アダクと同郷の遊牧民たちもデモを行ない、しばらく叫び声を上げていたところ、僧侶が1人捕まりました。こうして、リタンでは緊張が非常に高まっています。チベット人たちはリタンの町に集まり、何かを計画しています。同時に、政府職員たちもまたチベット人たちの計画を妨げる策を練っています。やり遂げるのはきわめて難しいでしょう。カンゼ州セルシュ県では、チベット独立を呼びかけるビラが1,000枚ほどまかれました。リタンもセルシュも同じカンゼ州にあります」
(カム地方リタンより)

■100人以上のチベット人が殺されました(3月15日)

「中国当局は抗議行動に参加したチベット人を捕まえられるだけ大勢捕まえて、さまざまな刑務所に投獄しています。多くはポタラ宮の裏か、他のラサの4カ所の刑務所に拘置されています。チベット人の抗議行動参加者たちは、これらの刑務所に動物のように閉じ込められました。今朝、私たちが彼らに連絡したところ、殺された者はいませんでした。おそらく外国からの圧力のおかげでしょう。死者の正確な数を知るのは困難です。しかし、さまざまな情報から死者の数を合計すると、100人以上のチベット人が殺されました。土曜の朝も、中国当局は外出禁止令を出して、通りに出て来るチベット人は誰彼ともなく捕まえて投獄しています。現時点では、ラサに平穏や安定の兆しはありません」
(ラサより)

■彼らの多くは『ダライ・ラマ万歳』と叫んでいます(3月15日)

「今朝知り合いに連絡したところ、ボラやアムチョク、ツ、ガジャ、サンカなどの地域のチベット人の若者数百人がラプランに集まってデモをしました。その地域には数千の人民武装警察が配置されていましたが、今のところ群衆への発砲事件は起きていません。しかし、群衆に催涙弾が発射されました。私の知り合いは、その地域では略奪は見ていないそうですが、催涙ガスのため視界が悪く、事件の全体像は把握しにくいとのことです。昨日より抗議行動の参加者の数が増えたことは事実です。[ラプラン寺には]大雑把に見て3,000人はいます。さまざまな地域のチベット人が集まり、デモが大きくなっています。デモ隊は『ダライ・ラマ万歳』『パンチェン・ラマ釈放』『中国とチベットの平和的な対話を始めよ』などと叫んでいました。『チベット独立』と叫ぶ者もいました。表立って誰かがリードしているというものではなく、さまざまなグループがそれぞれのスローガンを掲げています。彼らの多くは『ダライ・ラマ万歳』と叫んでいます」
(ラサより)

■いたるところ軍隊だらけです(3月15日)

「今日はいたるところ軍隊だらけです。行ったり来りはできません。家に閉じ込められています。中国のメディアやテレビでは、チベット人10人が殺された、そして、殺した者は犯罪者であると言っています。報道によると、これらはすべて『ダライ・ラマ集団』の仕業です。今、ラサ市内は、誰も動けませんから、何事もなく平静に見えます。しかし、ラサ周辺の郊外地域では中国人とチベット人の衝突がいくつか起こっています」
(ラサより)

■これに先立ち、3月14日(金曜日)ラサの抗議行動に参加したチベット人は次のように証言している。

■武器を持たないチベット人に発砲したのです(3月15日)

「今日、チベット人たちがデモを行なった際、多くの人が殺されました。私たちチベット人には、反撃する武器はありません。ジョカン寺の前に集まった時、私たちに向けて中国人たちが発砲してきたのです。私自身、中国人が群衆めがけて発砲した際、100人以上のチベット人が殺されるのを見ました。発砲したのは中国軍なのです。そして、それはラサで起こり、私自身がその惨劇を目撃しました。殺されたチベット人の多くは若者でした。男も女もいます。…始まったのは午前10時頃でした。…老若男女、いろいろな年代のチベット人が連れ去られ投獄されました。抗議行動に参加したチベット人はラサのいたるところから来ていました。

振り返ってみると、すべての中国人の商店は破壊されていました。バルコル地域の中国人の商店で、無傷のところはひとつもないと思います。あらゆる物が路上に積み上げられて燃やされました。多くの自動車が放火され、破壊されました。今もまだ煙があがっているのが見えます。

チベット人たちは遺体をジョカン寺の前に集めて、祈りを捧げ、カタを捧げました。親族が遺体を見つけて引き取っていきました。私の家族はひとりも犠牲になりませんでしたが、私もほとんど殺されたようなものです。多くの遺体は自分のように思えました。誰であれ町中をうろうろしていると、逮捕されて殺されてしまいます。

先に言ったように、殺されたチベット人の数は100人を下らないと思います。死者たちは600万チベット人のために犠牲になったのです。私たちは武器を持たないのに、中国人が武器を持たないチベット人に発砲したことには失望させられます。

中国人は有毒ガスを放ちました。目眩がして、もうろうとさせられるガスです。そうして捕らえられ、連れ去られたのです。その地域では戦車も見ました。数は多くありませんでしたが、私たちを威嚇するために投入されたのです。今、ラサは静かですが、町にはまだ黒煙が見えます。私たちに発砲したのは、中国軍なのです」

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2008.04.24

【イベント】4/29 ひと足先に「仏(ぶつ)リンピック」!(上田紀行氏他)@青松寺観音聖堂

4140910879ご案内いただきました。面白そうなので転載させていただきます。
上田紀行氏は、ダライ・ラマ法王との対談本『目覚めよ仏教!』でもおなじみですね。文化人類学者であり、気鋭の仏教者(?)です。

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 臨時版「仏教ルネッサンス塾」 開催のお知らせ!!
 2008年4月29日(火)祝日 12:00〜15:00
                    in青松寺観音聖堂
 ひと足先に「仏(ぶつ)リンピック」!
 悲しみと怒りのただ中から、いまこそ、慈悲ある世界を目指して
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仏教ルネッサンス塾、塾長、上田紀行です。
チベットが緊迫した情勢を迎えてから一ヶ月、多くの人が心を痛め、何か行動しなければ!との思いが日増しに募っています。私自身も、大手書店に呼びかけての、チベット・ブックフェアの開催、文化人による声明と記者会見など、できる限りの行動に邁進してきました。
そして今、「仏教ルネッサンス塾」を、一年ぶりに緊急開催します! 『目覚めよ仏教!』の対談での、ダライ・ラマ14世の鮮烈な生ビデオメッセージを全身で受け止め、特別ゲストと語り合い、そして参加者全員で創り上げる「仏リンピック!」に、ぜひ皆さんお集まりください!!!

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ひと足先に「仏(ぶつ)リンピック」!
 悲しみと怒りのただ中から、いまこそ、慈悲ある世界を目指して
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 チベットが直面してきた苦難はようやく日本でも知られるようになりました。 しかし、この間の動きの中で「仏教」からの声が聞こえてこないのはどうしてでしょうか?  この問題は、単なる「チベット対中国」の領土問題ではありません。現在の世界を覆う、 「強いもの、大きいもの、金のあるもの」が勝つのだという平板な世界観に対して、ひとり ひとりの固有な世界を大切にし、人間の内的価値ー愛と思いやりーの発見とその実現 から、より良き世界を築いていこうという、現代社会に対する仏教からの大きな投げかけ がそこにはあるのです。『目覚めよ仏教!ムダライ・ラマとの対話』(NHKブックス)の中 で述べられたような、ダライ・ラマの、そして仏教からの鮮烈な問題提起の本質を、多くの 人に知ってほしい。今こそ、「仏教」が発信するときです!

 私たちは北京に先立って、ここ東京で「仏(ぶつ)リンピック」を開催します。〈智慧の獲得〉--学ぶこと、深く知ること--、〈慈悲の実践〉--心からの思いやりをもって行動すること--、仏教の二つの柱の実践は、真のオリンピック精神の実現とまったく重なり合っています。
 第一部は、この状況への発言です。上田との対談のビデオでのダライ・ラマの鮮烈なメッセージに触れた後、この状況をいかに理解し、行動していくかを、特別ゲスト(交渉中)を交えて、ともに考え、論じます。
 第二部は、参加者全員で「仏リンピック」を創り上げていきます。おひとりおひとりのチベットに対する思い、世界平和に対する願い、祈りの力を、表現し、共有し、発信する場を、全員の参加のもとに創り出します。

 苦悩を出発点とし、そこから洞察を深め、ともに道を歩みながら、未来を創造していく。
 今こそ、智慧と慈悲の実践が求められています。
 4月29日正午、ぜひ青松寺にお集まりください!

■開催日:2008年4月29日(火)12:00〜15:00
■選手団:上田紀行&特別ゲストの皆さん(交渉中・当日発表)&参加者の皆さん
■参加費:500円(一般)・無料(青松寺護持会会員・学生)
■会 場:青松寺観音聖堂
■詳 細:青松寺ホームページをご覧ください。詳細は随時更新いたします。
     [http://www5.ocn.ne.jp/~seishoji/index.html
■申込み:要予約
03-3431-3514 /seisyouji@basil.ocn.ne.jpまで
 ※受付の関係上、参加者全員分のお名前・ご住所をお願い致します。
 ※前日午前中までにお申込ください。
 ※お寄せいただいた個人情報は本塾のみにて扱い、 他の用途には使用しません。

仏教ルネッサンス塾、塾長、上田紀行氏プロフィール
1958年東京生まれ。文化人類学者。スリランカに2年間赴いて、民俗仏教である「悪魔祓い」と仏教思想に基づく農村開発運動「サルボダ ヤ」を研究し、帰国後「癒し」の概念を日本で最初に提唱。毎日新聞論壇時評、NHKスペシャル、「朝まで生テレビ」への出演など、メディア上でも活躍。 96年より「21世紀のネオリーダーを育成する」との理念のもとに創設された、東京工業大学大学院社会理工学研究科価値システム専攻(VALDES)准教授。
講義 にディスカッションやワークショップ形式を取り入れるなどの試みを行っており、2004年度「東工大教育賞・最優秀賞」(ベスト・ティーチャー・アワード)を学長より授与された。2005年には米スタンフォード大学仏教学研究所客員研究員として留学し、「仏教は今日的問いにいかに答え得るか」の講義(全20回)を行った。
http://www.valdes.titech.ac.jp/~ueda/

チベット・ブックフェア開催中
紀伊国屋書店新宿本店5階で「チベット騒動緊急フェア」開催中です。ぜひお出かけください。また展示中の50冊以上の書籍は、下記のサイトでも購入することができます。
http://www.kinokuniya.co.jp/04f/d05/tibet/

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2008.04.22

青海省でチベット人歌手、テレビ関係者、教師らが行方不明

3月末から4月にかけて、青海省で活躍しているチベット人アーティスト、教師ら少なくとも6人が当局に連行されて行方がわからなくなっている。
まず3月31日、ゴロク(青海省果洛チベット族自治州)のミュージシャンら5人が、そして、4月1日、人気歌手ジャムヤン・キが連行された。
チベット人作家ウーセル(唯色)のブログ『看不見的西蔵』から各人のプロフィールを抄録する。

Dabe■ダペ(達貝)別名ダワタル(達瓦塔)/
 著名なミュージシャン。2003年3月、チベット民族舞踊とともにチベット語や中国語なども教える芸術団を政府の許可を得て設立。↓で創作漫才みたいなのが見られる。
http://www.tibet3.com/chinese/shis/content/2007-02/02/content_196337.htm

Drolmakyi■ドルマ・キ(卓瑪吉)/
 歌手。上記芸術団のメンバー。独自の芸術団を設立し舞台俳優を育成。

Palchenkyab■ペルチェン・キャプ(巴千恰)/
 教育支援団体の責任者。
海外NGOの援助も受け、遊牧民地区の識字率向上のため教師を派遣するなどの活動をしていた。

■ルンドゥプ(恒周、倫珠)/
 アーティスト。上記教育支援団体でも活躍し、教育や女性の地位向上の大切さを歌で伝えている。(写真なし)

Jamyangkyi■ジャムヤン・キ(加羊吉)/
著名な歌手(チベット語の歌謡曲)。『香巴拉』(シャンバラ)、『黒帳逢』(黒テント)、『遠方的情人』(遠くの恋人)、『縁分』(カルマ)など作品多数。
近年は青海テレビ局(青海電視台)でチベット語番組の制作に携わる。
2006年に訪米し、亡命チベット人ミュージシャンらと共演。
女性や子どもの権利についての執筆活動でも知られている。
4月1日に青海省公安当局に拘束されたと報道された。

★第一報を伝えた記事“Leading Tibetan Writer, Performer, Producer Arrested”(Radio Free Asia)

★ジャムヤン・キのブログ(チベット語、1月20日で更新が止まっている)→http://www.tibetabc.cn/user1/jamyangkyi/index.html

★ジャムヤン・キPV(khyed dang nga/あなたと私)↓

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2008.04.14

僧侶70人が拉致された(チベット・ラサのラモチェ寺)

聖火がどーしたとか、そんな話ばかりが増えて、
チベットの中の様子は結局よくわからないまま。
たまにニュースが出てきたかと思えば、中国の公式発表ばかりだ。

抗議と弾圧の応酬は続いている。
連れ去られた人たちは戻って来ず、
僧院は封鎖されて兵糧攻めにあっている。
非常に悪い状態であることは、
断片的に漏れてくる情報によってわかっている。
5月に外国人観光客を入れるとか言い張っていたが、
案の定、無期延期になった。
1989年の戒厳令とどこが違うのだろう??

以下、TCHRD(チベット人権民主センター)のプレスリリースの一部を訳したもの。
スピード重視であまりちゃんと言葉を選んでないので細かい所が違ってるかもしれないけど、だいたい意味は合っているはず。

9 April 2008 [For Immediate Release]
Around 70 monks of Ramoche Temple detain in midnight raid, whereabouts still unknown

深夜の急襲。ラモチェ寺の僧約70名が検挙され、行方不明に

■「ラサは普段通りの平穏を取り戻した」という中国当局の主張とは裏腹に、現実には、厳しい監視と大規模な検挙が続いている。特に対象となっているのは、今回のラサや東チベット各地での一連の抗議行動において積極的な役割を果たした僧院だ。

■最近の宗教施設への大規模な弾圧のうち、ラモチェ寺のチベット人僧、約70人が連行された事件が、チベット人権民主センター(TCHRD)が入手した確認済みの情報により明らかになった。

■2008年4月7日深夜、人民武装警察および公安局部隊がラモチェ寺の僧侶の住む僧坊を家宅捜索。約70人の僧侶を連行した。
■信頼できる情報によると、僧侶らはどこかに連れ去られたという。
■連行された多数の僧侶を含め約100の僧侶がいたラモチェ寺には現在、数名しか残っていない。
■目下のところ、連行された僧侶らの状況、行方についての情報はない。
Champa_phuntsok■チベット自治区人民政府のチャンパ・プンツォク主席は、9日朝の国務院新聞弁公室の記者会見で、警察がラサでの“3-14暴動”に関わった容疑者953人を拘束したと述べた。
■3月14日の抗議行動以来、ラモチェ寺の僧侶らの行動は厳しく制限された。3月22日の武装警察・公安局による大規模な弾圧の際、トクメーという僧侶が自殺したことが、信頼できる筋により確認されている。

■デプン寺、ガンデン寺、セラ寺といったチベットを代表する大僧院にも、同様の規制が加えられている。3月10日にラサなどで抗議行動が起こって以来、これらの僧院へのすべての交通は、大規模な武装警察・公安部隊によって24時間体制で監視されている。
■4月1日の国営新華社通信の報道によれば、ドルジェ・ツェトゥプ(ラサ市長)は、3月27日に中国の招待取材でラサを訪れた外国人ジャーナリストの質問に答えて、昨今の“暴動”に関わった容疑者の捜索と、煽動された僧侶らによる今後の抗議行動を避けるために、当局はこうした措置をとったのだと述べて、ラサ3大僧院に対する武装警察・公安部隊の配備を擁護した。
Zhuweiquan■同様の公的な支持を示すものとして、朱維群(中国共産党中央統一戦線工作部常務副部長)がロブサン・ギャルツェン(チベット自治区統一戦線工作部長)とともに、ガンデン寺に駐屯する武装警察・公安部隊を視察。士気を鼓舞し、奮闘を讃えた。
■信頼できる情報筋によれば、これらラサ3大寺は大量の武装警察・公安部隊により事実上、封鎖されている

(以下、TCHRDによる懸念の記述が続く)

ちなみに、ラモチェ寺は漢字で小昭寺とも書かれるチベット最古の寺院のひとつ。
今回の抗議行動でも中心的役割を果たした。周辺はチベット人の密集する旧市街。
70人も(ていうか、ほぼ全員だ)捕まれば、その中に知ってる人がいるに決まっている。

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2008.04.13

「坂本龍一×チベット人歌手Alan」の微妙〜な感じ(5/10追記)

四川省の通称“美人谷”出身のチベット人歌手Alan(アラン)がエイベックスからデビューしたのは昨年のこと。
6月のNHKの環境特番「Save the Future」のイメージソングを歌うことが決定した。プロデュースは坂本龍一。
このすごーく微妙な感じをわかってくれる方は、きっと少ない。でも一応書いておこう^-^;

OngakuzukanYMO時代からずっと聴いてる坂本龍一、通称「教授」。今でもiPodに何曲か入っているが、その中に「Tibetan Dance」という曲がある。たしか1984年にリリースされたこの曲を聴いたとき、僕はまだ「チベット」という言葉を知らなかったように思う。

47years_in_tibet“47 years in Tibet”という、今まさにチベット人たちが背負っている苦難の歴史をまとめたショートフィルムをYouTubeで見かけた。この音楽は…と思ったら、やはり最後に「Ryuichi Sakamoto」というクレジットが出てきた。たしか1999年にはラダックのレーにダライ・ラマ法王を訪ね、「LIFE」というオペラ作品に映像で登場させている。いつだったかのダライ・ラマ来日講演のときも来ていたように思う。

その他にも色々あって、教授=年季の入った親チベット、親ダライ・ラマという図式が頭の中でできあがっていた。六ヶ所村とかLOHASとか、その延長線上で、きっとチベットの人権にも理解があるんだろう、みたいな、いかにもシロートっぽい単純な発想だ。まあ中国絡みのお仕事も多いことだから、普段から何か言うことはないにしても、今回のような事態になれば、さすがに何かアクションがあるんじゃないかと、ちょっと期待していた。

で、Podcast“i-morley”4月1日の回の冒頭に、いきなりその名前が登場した。
池田有希子さん「坂本龍一さんはいらっしゃらないんですか」
湯川れい子さん「断られました」
モーリーさん「断られました!?」
(中略)
湯川さん「私、坂本龍一さんがお断りになった理由は、よくわからないんですけど(略)」

4月8日に記者会見があった「14世ダライ・ラマ法王と中国政府首脳との直接対話を求める声明文」。文化人65人の賛同者の中に名を連ねることを断ったそうだ。この後「群れて何かすることが好きじゃないからでは?」といった発言もあり、個人的な活動をしている可能性は示唆されている。
【この投稿の一番下の2008.05.10追記を参照】

Alan_hitotsuそして、つい昨日知ったのが、NHKの環境特番「Save the Future」でのAlan(ダワ・ドルマ)とのコラボだ。
中国法人ももつエイベックスにとって、Alanがチベット人だというだけでチベット問題と結びつけられるのは心外で、ものすごーく迷惑だろう。Alan本人もかわいそうかも。でも、「中国人」と言わず「チベット民族」を売りにしてデビューした以上、今さら引っ込みはつかない。公式ブログにも故郷のことを案じるファンからのカキコが見られる
まあAlanはエイベックスという枠組みの中にいる限り、「ダライ・ラマをどう思いますか?」なんて質問をされることもないだろうし^-^;チベット問題とは隔離されて温かく見守られ続けるだろう。

一方、教授。なるほどこのタイミングじゃ「賛同者」は無理だろうなあと勝手に納得した次第。
エイベックスなAlanちゃんと組んでFutureをSaveする大切なお仕事があったのだ。
もしかしたら、チベット人Alan×親チベット歴の長い坂本龍一という構図をわざと作って、チベットやダライ・ラマ法王への注目を暗に盛り上げようという計算し尽くされたアーティスティックな手法なのかもしれない、とポジティブに解釈しておきたい。

基本的には日本では、エコは大歓迎でも、直接お金が絡んでくる中国の人権は×というのが現状の模様。
チベットがこんなことになって、その周辺での表現活動を生業とする者にとっては、親中国なのか、そうじゃないのかと問われる「踏み絵」的な状況が続きそうだ。
身の回りでも最近、直前で企画にストップがかかったとか、表現上の横やりが入ったとかいう話をいくつか聞いた。
営業上は、何もしないのが賢いんだろうが、精神衛生上、ていうか人として、なんだかちょっと難しい。
たいして失うもののない僕だってそうなのだから、大勢の人の生活を背負っている立場の皆さんはきっと大変なんだろうなーと思う。

というグダグダな文章のお詫びとして、お口直しにAlanのPVです^-^;

【以下2008.05.10追記】

上記i-morley中の湯川れい子さんの発言の件、やはりモンダイになったらしく、その後、i-morleyのアーカイブから微妙な部分は削除された。その経緯については4月18日のi-morley「チベタン・リレー」で次のように語られている。

モーリーさん「その坂本龍一さんについて、先日、i-morleyがインタビューをした作詞家の湯川れい子さんが、ご自分の声明文ですね、映画監督の龍村監督と共同で声明された、あの文面に賛同の署名をいただきたいと、色んな人に署名をもらったところ、ピーター・バラカンさん、ロバート・ハリスさん、細野晴臣さん、木内みどりさん、などなどがサインをしてくださった。そして発言された、坂本龍一さんは、あの、『NO』というところに丸をしてFAX…」
池田さん「私たち、その理由がとても知りたかったんだよね」
モ「はい。そうなんです」
池「あえてNOって丸を付けるってことは、やはりそういうご意見がおありなんだと思うから、ぜひ聞きたかったの」
モ「そう、そこらへんのニュアンスは如何にということだったんですけども。その後ですね、お話をしていたところ、やりとりをした結果、坂本龍一さんはダライ・ラマ法王の立場を全面的に支持する、つまり、平和的な対話を求める、この一言に尽きるということなんですね」
池「そうよね。だってずっと活動なさってるもんね」
モ「しかるに、自分に送られてきた当初のドラフト、その署名用のドラフトというのは、坂本さんの見解では、中国に対してあまりにも挑発的であると。なので、これはあまりいい結果を生まないと思う。だから、この文面にはサインできない。ということが、NOに丸をしたことの真意だった、とのことなんですね」
池「なるほどね。で、坂本さんは個人でアート活動を、まだ当然展開なさっていて、それを通してチベット支援活動をなさっていると」
モ「アーティストだからできるチベット支援がある、ていうことだと思うんですが、このへんについては、坂本龍一さんご自身にi-morleyに出演をいただいて、お茶しながら、お聞かせいただきたい! これに伴いまして、先に配信しました4月1日のi-morleyの湯川さんが、坂本さんが丸をNOにしたと発言したくだりは、現時点、このタイミング、長野で色々あるタイミングで配信を続けると、ニュアンス上、誤解を招くおそれがあると判断し、i-morleyは当該部分を削除、わからないようにフェードさせました」


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2008.04.12

【イベント】4/17@宇都宮「チベット人と支援グループが語るチベット問題緊急セミナー」

主催者よりご案内いただきました。

「チベット人と支援グループが語るチベット問題緊急セミナー」 を開催致します。

   日時:2008年4月17日(木)午後7:00〜8:30
   場所:栃木県宇都宮市中央1丁目1番15号
      宇都宮総合福祉センター 9A研修室(9F)
      玄関を入り左にお進み下さい
      (市中心部、オリオンスクェアから1ブロック
               南隣の10階建てのビル)
      →地図はこちら
   参加費:¥500 予約不要

上記セミナー終了後 ≪追悼会≫キャンドルライティング

   日時:2008年4月17日(木)午後8:45〜9:10
   場所:カトリック松が峰教会内の広場
      快く場所を提供して頂きました(教会への駐車不可)
    
   キャンドルはこちらで用意しますが、
   ご自身でも持参したい方はお持ち下さい。
 
   主催:アムネスティ・インターナショナル宇都宮グループ

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2008.04.03

i-morley×湯川れい子×アムネスティ(ダライ・ラマ・コネクション)

J-WAVEナビゲーター、モーリー・ロバートソンさんのPodcast“i-morley”に、湯川れい子さんとアムネスティ日本事務局長が登場。
実名がバンバン飛び出すチベット業界&ダライ・ラマ人脈ぶっちゃけトークに注目です^-^;
湯川れい子さんとの対談(i-morley)

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2008.04.01

「兵士が僧侶に変装!?」例のあやしい写真について

Chinesesoldiersposingriotmonks1あるサイトに思わせぶりに掲載されたのをきっかけに、あっというまに世界中に広まった「兵士が僧侶に変装!?」な写真。
ちょうど↓みたいなニュースが流れたタイミングとぴったり合ったこともあり、
「兵士が僧侶変装」ダライ・ラマ、中国関与の可能性示唆(asahi.com)
ほーら、やっぱりやってたよ、動かぬ証拠だ!
と釣られかかった方も多いはずだ。

が、この写真は以前からあった。
元々の写真の出所とされるTCHRD(チベット人権民主センター、亡命チベット人のNGO。ここの2003年の報告書の裏表紙に問題の写真が掲載されていた)にメールで問い合わせてみたところ、
「あれは映画の撮影シーン。
 僧侶が協力を拒んだので、彼らが袈裟を着て撮影した」
と明快な返事が来た。
現在、件のサイトにも、その旨が加筆されている。

あと、中国政府と対立関係にある宗教団体系のサイトに、
中国当局が騒ぎを煽った決定的証拠ふうの写真・記事が掲載されている。
初期の写真に写っていた人物が、ある時期から削除されたというやつ。
とても事実っぽいんだが、自信がない。
どこか別の新聞か何かが、写真から削除された偽装チベット人をラサで見たと証言した人(タイの華僑女性)に取材してくれないかなあ、可能ならば。

公安等の当局者が僧院に潜り込んでいるというのは、
チベットではよく聞く話だ。
騒乱を煽ったというのは、過去にはあったと聞いているし、
今回も、あったかもしれない。
限りなく、あったと思う。
でも並大抵のことじゃ証明できない。

動かぬ証拠がほしい。
虐殺を証明する衛星写真があるんなら、早く出してくれよー。
なぜ出さないんだ?
誰かが何かの交渉に使ってるのか?
隠してる間に、どんどんチベット人が捕まってくんだよ。
もともと何もないから出せないんじゃないのか?
と中国人に言われて反論できないのが悔しい。
そんな気持ちから、うっかりこの種のものに釣られそうになる危険は、
私自身も含めて今後もありそうだ。

中国の“ウソも100回言えば本当になる”式の物量作戦に負けないためには、
継続的・戦略的な対マスコミ燃料投下は欠かせないんだろうけど、
あっちのレベルにつきあって言動のクオリティを下げないよう自戒したい。

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2008.03.23

【2008年チベット動乱】デモ、満潮ラウンジ、i-morley、風の馬

■Podcast「i-morley」に出演しました。(3/19)
フェア・チャイナ(i-morley)
モーリーさんのスピードに時々ついていけずにうろたえています^-^;

■渡辺一枝さんの講演に行きました。(3/20)
写真展「風の馬(ルンタ)」開催中@セッションハウス(神楽坂)

■六本木のデモとcandle light vigilに参加してきました。(3/22)
チベット・サポート・ネットワーク・ジャパン
チベット国旗Tシャツ着て国旗持参で。

■音楽イベント「満潮LOUNGE vol.3」(@下北沢)でチベットのお話with小林秀英さん(@チベット問題を考える会)。(3/22)
ほんと、急に決まりました。

まあ、なんとなく幅を広げる方向でいきたいと思います。

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2008.03.18

【2008年チベット動乱】ラサからのナマ声@i-morley

J-WAVEのナビゲーター、モーリー・ロバートソンさんのPodcast“i-morley”で、ラサ滞在中の日本人旅行者への電話インタビューが公開されています。
今日現在のラサの模様です。
微妙な話をしようとしたとたん「話し中です」のアナウンスに切り替わってしまいました。
ちなみにその後、本人の無事は確認済みです。

【速報】ラサ市内にインタビュー(i-morley)

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2008.03.15

【2008年チベット動乱】よく聞かれる質問集

3月10日以降、チベットのラサなどで起こった「自由なチベット」を求める僧侶や市民の抗議行動に対して、
中国当局が武力で鎮圧。多数の死傷者が出ています。
「チベット暴動」関連ニュース(Googleニュース)
経過のフォローは報道のプロの皆さんに任せるとして、よく聞かれる質問をまとめてみました。
(2008.6.11更新)
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[行動]→チベット・サポート・ネットワーク・ジャパン
↑各種イベント・アクションの案内、関係各所へのFAX・メールのテンプレート他
[参考]→【2008年チベット動乱】目撃者の証言集 (1)  / (2)
[参考]→超入門「チベット問題」(I Love Tibet! HP内)
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■「動乱」(暴動)はどこで起こっている?
チベットのラサという町で起こった騒ぎが発端です。
中国の西端にある「チベット(西蔵)自治区」の区都です。
その後、東隣の青海省、四川省、甘粛省各地で、それ以上の規模の騒乱と弾圧が続いています。

■「××省」もチベット?
チベットはもともと、ヒマラヤ山脈の北に広がるチベット高原ほぼ全体でしたが、中国に組み入れられた後、ラサを中心としたチベット自治区がつくられ、東部は青海省、四川省、甘粛省、雲南省に併合されました。中国や日本のマスコミが「チベット」と言った場合、「チベット自治区」だけを指すことが多いので要注意です。今回の騒乱は自治区だけでなく、チベット人の住む地域全体で起こっています。

■ひとことで言って、どんな「動乱」(暴動)?
チベット人が、中国政府に対して怒っています。

■経緯は?
2008uprising023月10日、数百人の僧侶たちが「自由なチベット」を求めてデモ行進をしました。

中国当局が鎮圧。僧侶らを逮捕。

以降、他の寺や市内各所で抗議行動が起こり、当局が催涙弾で鎮圧。寺院を封鎖。

一般市民も加勢。騒ぎが広まり、放火なども発生。当局が鎮圧。

死者が出たとの報道。中国当局も公式に認める。

中国の情報統制により犠牲者の数など真相は不明のまま。
今も散発的に事件が続いていますし、連れ去られたまま帰って来ない人が大勢います。

■テレビで見ると、なんか「暴徒」が暴れてるみたいだけど?
現場を撮影できたのは中国側だけです。当然、人が撃たれたり装甲車が暴れてる映像なんて外に出しません。テレビ番組というのは何か映像を流して時間を埋めないといけないので、ひたすら中国側が提供する映像だけが流れる結果になります。多少解説で補ったところで、残念ながら「暴徒」の姿だけが印象に残ってしまいます。

■中国はどんな弾圧をしている?
例えば四川省アバ(Ngawa)州アバ県のキルティ寺に運び込まれたチベット人たちの痛々しい写真から、武器を持たない市民に発砲していることが想像されます。
チベット人権民主センターのページ
【注】正視に耐えない画像が含まれています

■そもそも初めのデモの要求は?
「Free Tibet」。チベットを、自由にものが言えて、生きていける普通の場所にしてほしい、ということです。

■こういう騒ぎはよくあるの?
2008uprising01小さな事件はたまにありますが、多数の死者が出てしまったのは1980年終盤以来です。1989年にはラサに1年以上にわたって戒厳令が敷かれました。当時、チベット自治区共産党書記として動乱の制圧にあたったのは、現在の中国国家主席、胡 錦濤氏です。因縁でしょうか。
1988年3月チベットで行なわれたこと(YouTube動画)

■歴史的経緯は?
もう50年以上前のことですが、中国はチベットを武力で併合しました。その過程およびその後、多くのチベット人(一説には120万人)が犠牲になりました。

以来、中国の中でも特に人権や民族文化がおろそかにされる地域となりました。

大量の中国人が移民してきたことによりチベット人は少数派になってしまいました。

チベット人たちが危機感を募らせています。

■なぜこのタイミング?
Antelope_yingsel中国が北京オリンピックを開こうとしている今、それにふさわしい国かどうか世界中が中国の人権状況に注目しているため、最大にして最後の機会だと位置づけている、のだと思います。実際、聖火リレーが世界中を巡る中で、チベット問題が注目されています。

■なぜ3月10日?
1959年、中国軍の侵攻に対してチベット人たちがラサで大規模な抗議行動を起こした記念日だからです。毎年この時期には、規模の差はあれ色々起こります。

■なぜラサ?
チベット人が多く集まる中心地。歴代ダライ・ラマ法王以前からチベットの都だからです。

■なぜ僧侶?
チベット人は一般に仏教徒です。チベット社会での僧侶の占める役割・影響力は大きく、そのため中国当局から目の敵にされてきました。最大の被害者として、常に最初に声を上げる存在です。今回最初に行動を起こしたのは、チベット仏教界の最高峰であるデプン寺、セラ寺といった有名寺院の僧侶たちでした。

■普通のチベット人はどう思っている?
Photo何よりも僧侶を乱暴に扱ったことが一般のチベット人の反感を招きました。デモに加勢しただけでなく、放火や略奪などの行為に至った者もいたようです。一般にチベット人は穏やかですが、日頃から中国政府・中国人への不満が鬱積しており、それが爆発してしまったのでしょう。
多くの普通のチベット人は平穏な生活を望んでおり、僧侶たちに同情しつつも、実際には何もできません。それをやると人生や生命を投げ打つことになるのを歴史から学んでいます。
ただ、外の世界にいる人々に注目してほしいと願っています。

■デモは計画的?
もちろん自然発生的なものではないでしょう。「高僧の後継者を中国当局の許可制にする」等、中国でのチベット仏教への抑圧は近年厳しさを増しており、仏教界ではずっと不穏な動きが続いていたという伏線もありました。

■中国は「ダライ・ラマ集団の策動」とか言ってるけど?
ほとんどのチベット人はダライ・ラマ法王の支持者・信者・ファンなので、ダライ・ラマ集団って言われれば、その通りかもしれませんが、どういう集団なのか中国側から具体的な説明はありません。証拠を残す記録要員を用意していない点から、外国の誰かが仕掛けた可能性は低そうです。

■ダライ・ラマはどうしてる?
1959年以来インドに亡命中なので、直接は何もできません。中国側にも、チベット人にも、暴力を用いないよう呼びかけています。騒乱がおさまらなければ辞任するとまで言ってます。北京五輪の開催にも反対していません。

■チベット人は独立を要求してるの?
ダライ・ラマ法王は独立を要求してはいません。チベット人の(本当の意味での)自治権を求めています。そして、チベット問題を解決するために中国との対話を求めています。
ただし、一般のチベット人の中には、今の中国では自治なんて無理という意見も当然あり、心情的には独立を求める声が強いようです。

■「対話」が進んでるらしいけど?
中国とチベット亡命政府との協議が始まっています。しかし、こうした協議は2002年から6回行なわれましたが、実質的な進展はありません。その間「いま交渉中だから中国を刺激しないように」と、世界中のチベットサポートの動きは停滞しました。今回、中国側から協議しようと申し出があったのも、単に騒ぎを抑えて時間稼ぎをするだけの目的かもしれません。少なくとも、密室ではなく、第三国を交えての対話が必要と言えるでしょう。

■中国人とチベット人の関係は?
チベットには大勢の中国人(漢民族)が移住し、あるいは出稼ぎとして暮らしています。歴史的な経緯もあり、残念ながら一般にあまり仲がいいとは言えません。

■チベット以外にもチベット人は大勢いる?
1959年にダライ・ラマ法王がインドに亡命した後、約10万人のチベット人がインドやネパールに逃れて難民となりました。そのまま帰国できず、2世・3世の世代が増えている上、今も毎年数百人のチベット人が亡命しています。

■ラサと連絡はとれない?
ラサまでの光ファイバー回線を日本のODAで敷いてくれたおかげか、電話もメールも結構つながるようです。もちろん盗聴・監視されているでしょうから、内容には要注意。

■何かできることは?
↓のサイトをご覧下さい。さまざまなイベント・アクションの案内、関係各所へのFAXやメールによるアピールの文例等があります。
チベット・サポート・ネットワーク・ジャパン
聖火リレー、胡錦濤来日、洞爺湖サミット、そして北京五輪に向けて、各地でチベット関連のイベントが予定されています。

(時々更新しています。長くなってすみません)
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[行動]→チベット・サポート・ネットワーク・ジャパン
↑各種イベント・アクションの案内、関係各所へのFAX・メールのテンプレート他
[参考]→【2008年チベット動乱】目撃者の証言集 (1)  / (2)
[参考]→超入門「チベット問題」(I Love Tibet! HP内)
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2007.12.16

【チャイナ電視台】チベットはここ数年で最も緊迫している

チベット事情がこうなふうに取り上げられることは、
東京のキー局ではありえないのではないだろうか。
しかも朝日系なのに
……と思わされたのが、12/11朝日放送「ムーブ!」の「チャイナ電視台」(上村幸治氏)コーナーの
「ダライ・ラマが投げかけた米中関係への波紋」。
まあ、ご覧下さい。
けっこう真面目に歴史からダライ・ラマ法王の勲章受賞や訪日、チベットでの騒ぎなど、
最新事情を取り上げてます。
関西ローカルだけど、YouTubeがあってほんとに助かります♪

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2007.11.05

中国の武装勢力がチベットで【また】仏像を破壊。チベット人は「人間の盾」で抵抗

チベット西部の聖地で、中国の武装勢力がまた仏像を破壊した。
5月にもチベット最古の僧院サムイェ寺で仏像破壊事件があり、
チベット人はあいかわらず信教の自由もままならない状態。
さすがオリンピックを控えた文明国、
非科学的な迷信からチベット人を守ってあげたくて仕方がないようだ。

Darchen_statue_bofore↓第一報はInternational Campaign for Tibetの記事↓
Rare protest as Tibetans attempt to save Buddhist statue from demolition (2007/11/01, ICT)
これによると、9月28日、チベット最高の聖地の一つカイラス山(カン・リンポチェ)の巡礼起点の町タルチェンにあるグル・リンポチェ(パドマサンバヴァ)の仏像を中国の武装勢力が破壊しようとした。
約20人のチベット人が「人間の盾」で守ろうとしたが、まあ無理だろう。
高さ2メートルほど(写真だともうちょっと大きく見えるけど)の仏像は破壊され、土台だけが残った。
地元の人々はもちろん、外国人旅行者も目撃しており、警官に「写真を撮るな」と言われたという。

Darchen_statue_after事件の時、近くにいた欧米人旅行者は、チベット人女性に片言の英語でこう言われたそうだ。
「中国人はno good。写真を撮ってダライ・ラマ法王に見せてほしい」
彼女は泣いていたという。
写真はICTサイトより勝手に拝借。上が破壊前、下が破壊後。

カイラスといえばチベット仏教やヒンドゥー教の最高の聖地だ。
↓あまり参考にならないけど↓
2泊3日カイラス巡礼 (I Love Tibet! ホームページ)
5月に仏像破壊事件があったサムイェ寺もチベット最古の僧院であり、どうもシンボリックな場所ばかり狙ってくる。
偶然なのか、仏像はどちらもグル・リンポチェのものだ。よほど恐いらしい。
↓前回の破壊の模様↓
中国の武装警察が、チベット最古の僧院で仏像を破壊(チベット式)

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2007.11.03

【上映会のお知らせ】11/22ドキュメンタリー「チベット難民 世代を超えた闘い」

Tibetnanminチベットの抱える問題を難民側からとらえた、
ビデオジャーナリスト田中邦彦氏のドキュメンタリー「チベット難民 世代を超えた闘い」 上映会のお知らせです。
シンポジウムもあります。
作品そのものについては↓
「チベット難民 世代を超えた闘い」 (公式サイト)

以下、上映会情報についてコピペ。

………………………………………………………………………
■フォーカス イン チベット — チベット発見 ! — 3
………………………………………………………………………

◆◆ドキュメンタリー 「チベット難民世代を超えた闘い」 上映会 ◆◆
【日時】2007年11月22日(木)
   18:00開場  18:30〜上映開始予定 
   イベント終了予定21:00 

【場所】場所:ちよだプラットフォームスクエア 504会議室
〒101-0054 東京都千代田区神田錦町3-21

【地図】  http://www.e-rep.jp/koutuu.htm
【参加費】800円

【定員】45名
第一部 チベット難民世代を超えた闘い 映写会 108分
【第一章】:『チベット侵略と難民』
【第二章】:『若者たちの闘い』
【第三章】:『次世代への思い』
【第四章】:『解放への道程』
第二部 ミニシンポ:国籍を持たない「民」とは? 

終了21.00 

報告:ビデオジャーナリスト 田中邦彦氏

内容:1950年、突然の中国軍の侵入により主権を奪われた”仏教国”チベット。その9年後、ダライ・ラマ14世はインドへの亡命を余儀なくされた。一方、チベット亡命政府のあるインドのダラムサラに暮らす難民もすでに3世代目である。しかし、「第3世代」のいまだ見ぬ真の故郷チベットへの思いは衰えを知らない。
http://www.10system.com/Tibetan%20documentary.html

【参加お申込】 E-MAIL TibetNL@hotmail.com   わうち宛て

【主 催】アムネスティ・インターナショナル日本 チベットチーム 
〒101-0054 東京都千代田区神田錦町2-2共同ビル (新錦町)4F 
TEL:03-3518-6777 FAX:03-3518-6778

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2007.10.21

ダライ・ラマの受賞を祝うチベット人が中国の警官隊と衝突(続報)

10/20エントリーの改訂版です]

米連邦議会がダライ・ラマ14世に栄誉勲章を授与した件は、
日本でも連日かなりの報道量。
チベット人が盛り上がらないはずがない。
やっぱりというべきか、ラサをはじめチベット本土各地で受賞を祝うチベット人たちと警官隊が衝突したとの報道があった。
GoogleやYahoo!を必死で妨害中とも伝えられる中国が、
いよいよ実力行使に出たか?

ラサでチベット僧と警官隊衝突=ダライ・ラマ受勲祝福めぐり−香港紙(時事通信02007/10/21)
香港の新聞『明報』の報道を受けたもの。朝日新聞も同様の報道をしている。

実は第一報は↓だった。
中国、ラサでチベット族が警官隊と衝突 ダライ・ラマ14世の受賞めぐり(世界日報2007/10/19)
こちらの元ネタはノルウェーのラジオ放送Voice of Tibetの10月17日の放送のようだ。
Voice of TibetのArchive(チベット語と中国語の2カ国語放送)

Pap_tank12つの記事を要約すると——
10月17日夜、ラサのジョカン寺やポタラ宮の広場で、晴れ着を着て線香を炊いたり爆竹鳴らしたりして盛り上がってしまったチベット人たちが警官隊と衝突。逮捕・拘束者が多数出た。(世界日報)
ラサの大僧院デプン寺でも祝福の儀式を行おうとした約900人の僧侶・信者と警官隊が衝突。町に繰り出してデモるのを防ぐため、武装警察が寺を包囲した。(時事)
他、青海省や甘粛省でも同様の衝突が起こったらしい。(世界日報)

他、ロイター(英文)も同じ報道をしているが、やはりネタ元は『明報』。
Tibetan monks "clash" with police over Dalai Lama(Reuters)

一次情報が出てこず、ネタ元が香港の新聞1紙というのが今いち不安だ。
BBCかRadio Free AsiaかVoice of Americaあたりの突撃電話取材の続報を待ちたい!
ネットは遮断されていないらしく、
ラサのチベット人はとても喜んでる、ということが、
世間話を装ったいくつかのメールで確認できた。
不穏な動きがあったのかどうかは目下、確認を躊躇中。

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2007.10.20

ダライ・ラマの受賞を祝うラサのチベット人が中国の警官隊と衝突(?

[このエントリーは古いバージョンです。
改訂版は→ダライ・ラマの受賞を祝うチベット人が中国の警官隊と衝突(続報)

米連邦議会がダライ・ラマ14世に栄誉勲章を授与した件は、
日本でも連日かなりの報道量。チベット人が盛り上がらないはずがない。
やっぱりというべきか、ラサをはじめチベット本土各地で受賞を祝うチベット人たちと
警官隊が衝突したとの報道があった。
GoogleやYahoo!を必死で妨害中とも伝えられる中国が、
いよいよ実力行使に出たか?

……といっても記事はコレ1個だけ↓という微妙な状態。
中国、ラサでチベット族が警官隊と衝突 ダライ・ラマ14世の受賞めぐり世界日報2007/10/19)

元ネタは↓の10月17日の配信のようだ。
ノルウェーのVoice of TibetのArchive(チベット語と中国語の2カ国語放送)

Toe_pap要約すると——
10月17日夜、ラサのジョカン寺やポタラ宮の広場で、晴れ着を着て線香を炊いたり爆竹鳴らしたりして盛り上がってしまったチベット人たちが警官隊と衝突。逮捕・拘束者が多数出た。
ラサの大僧院デプン寺でも衝突があり、寺は武装警察に包囲された。
他、青海省や甘粛省でも同様の衝突が起こったとのこと。

[写真は7月に甘粛省甘南チベット族自治州合作市で行なわれた武装警察の“反テロ”デモ(TibetInfoNetより)]

英語メディアで記事がまったく出てないというところが不安だなあ(^^;
本当のところはどうなんだろうか。
BBCかRadio Free AsiaかVoice of Americaあたりの続報を待ちたい!
こういうときに現地に電話やメールすると当然危なそうなので
しばらく様子を見ようと思う。。。

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2007.10.03

環境保護に熱心な中国。チベット人遊牧民10万人を強制移住

さすが来年にオリンピックを控えた国、環境保護に熱心に取り組む姿勢を大々的にアピールしたいようだ。
中国は、青海省に住むチベット人遊牧民10万人に対して、草原から都市部へ移住するよう命じた。理由は環境保護のため。すでに3万人が移住済みで、2010年までに10万人の移住が完了する予定。
☆このエントリーは10/6に加筆改訂しました☆

Nomad_tent中国は、青海省に住むチベット人遊牧民10万人に対し、草原から村落・都市へ移住するよう命じた。
過放牧による砂漠化が進む草原の環境回復・保護のためだという。
年内に6万人が移住させられ、2010年までには10万人の移住が完了。

最初に報じたのはたぶんBBC↓
China to relocate Tibetan nomads(BBC NEWS、2007/10/02)

ちべ者さんの探してくれた中国側の記事↓
三江源牧民渇望生態移民(新華網2007/09/17)
これとほぼ同じ内容の日本語の記事が↓
三江源の蔵族の遊牧民が町に移住(人民網日文版2007/09/12)

これによると移住はすでに2005年から始まっていて、もう3万人以上が移住し終えたとのこと。

国際人権団体ヒューマンライツ・ウォッチ(Human Rights Watch)は途中で気づいたらしく、現地調査をしてチベット自治区や四川省も含めた詳細な報告書を作成。↓
“No One Has the Liberty to Refuse”(Human Rights Watch、全文読めます。英語だけど)

そういう報告書が出たよということは日本でも報道されてたようだ。忘れてたけど。
強制移住で「中国化」進む チベット遊牧民の人権報告 (共同通信、2007/06/18)

Nomad_klids移住した遊牧民にはもれなく家と野菜栽培のためのハウスが提供される。
どうせその移住先も、別のチベット人から奪った土地なんだろうな。
万が一本当に初期投資がタダだとしても、農機とか肥料とか電気代とか、ついでに商売もやりませんかとか言って中国農業銀行か何かが金を貸しつけて借金漬けにして最後には家も土地も取り上げられ、結局、移住してきた漢族が住むことになる。同じことは(チベットに限らず)すでにあちこちで起こっているのだから、騙されないよう、だれか教えてあげてほしい。
そもそも遊牧民に農業をやれというのが無茶な話だが。

根性のあるチベット人は、モグリの遊牧民になって、
ヤク肉やバターの密売で荒稼ぎしてほしい。

ちなみに多くのチベット人は、チベット高原の温暖化は中国人の増加と無秩序な資源採掘のせいだと信じている。

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2007.07.06

中国の武装警察が、チベット最古の僧院で仏像を破壊

今日はダライ・ラマ14世の誕生日だというのに悲しいニュース。
チベット最古の僧院サムイェ寺の高さ約9メートルの仏像を、中国の武装警察が破壊した。
NGOチベット人権民主センター(TCHRD) が第一報を伝えた。

Colossal Guru Rinpoche's statue demolished in Tibet: China's new religious affairs regulations for "TAR" entered into force(2007/6/4)

Satue_demolished_tchrd破壊されたのは、チベット最古の僧院サムイェ寺のグル・リンポチェ(インドの聖者パドマサムバヴァ)の像。中国広東省の2名の漢族信者から約80万元の寄進を受けて建立されていた途中で、ほぼ完成していたという。高さは約9メートル。
5月半ば、人民武装警察の部隊がやって来て仏像を破壊し、破片(金・銅メッキ)をどこかへ持ち去った。
[写真は1月に撮影された、壊される前の仏像(上記TCHRDのサイトより)。クリックすると拡大できます]

Statue_demolished1チベット自治区では今年1月から、宗教に関する新しい法令が施行されており、この仏像破壊は
「宗教組織や宗教施設に所属していない団体や個人は、目立つ仏像や仏塔、施設を許可なく作ってはならない。作った場合は破壊してよし」(意訳)という条項に則っているそうだ。
[写真はラサの寺院に残る壊された仏像の破片(記事とは関係ありません)]

Statue_demolished2サムイェ寺といえば8世紀に建てられたチベット最初の僧院。敷地全体が巨大な立体マンダラを模していることで知られる聖地であり、パッケージツアーのコースにも入っていることが多い。
仏像があった場所は記事からはよくわからないが、そう広い場所ではないので、上の写真でだいたい見当がつきそう。
左の写真は同じサムイェ寺の本殿内にある忿怒の形相をしたグル・リンポチェ像だ。チベット人に最も親しまれている尊格のひとりだが、怒らせたら怖そう。

話が違うが、外国人がチベット自治区に入るのに必要な入域許可証の発行システムが変わったそうで、
ますます自由な旅行がしにくくなりそうである。
ここ数年規制が緩みっぱなしだったのだが、
チョモランマでデモられてしまった事件が効いたらしい。
この件はまたあらためてお伝えするかもしれない。

というわけで、今年チベットで災いが起こったら、コレのせいってことになるだろう。
もしかしたら、見えないところで、すでに着々と起こっている最中なのかもしれない。

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2007.04.28

チベット人がチョモランマで「チベット独立」を訴えた+リチャード・ギア事件+中国の陰謀(w

ひさびさに威勢のいい事件。チョモランマ(エベレスト)ベースキャンプで「チベット独立」を訴える横断幕を掲げたチベット人ら米国籍の5人が中国当局に身柄を拘束され、国外退去となった。現地で撮影された動画がYouTubeで公開されている。

Tendor_everest4月25日、チョモランマ(エベレスト)のベースキャンプで、米国籍チベット人1人を含む米国人5人が「一つの世界、一つの夢、自由チベット2008」と英語で書かれた横断幕を掲げた。中国の北京オリンピック組織委員会が、チョモランマを含む聖火リレーのルートを発表する前日のことだった。5人は27日に国外退去となった模様。
[写真はそのチベット人テンジン・ドルジェ]

当初の報道では「4人拘束」だったが、ビデオテープを持ち出そうとした1人も捕まり5人になったとのこと。が、なんだかうまいことやって動画を持ち出したようで、さっそくYouTubeで公開されている。

↓Free Tibet Olympics Protest - Mount Everest(2分12秒)↓

横断幕には、北京五輪のスローガンをもじった「一つの世界、一つの夢、自由チベット2008」に加えて、中国語とチベット語で「チベット独立」とも書かれている。ちなみに動画の後半で歌っているのは、チベット亡命政府のチベット国歌。むかし日本にも支部があった米国のチベット支援組織「Students for a Free Tibet」 (SFT)の「チベット独立支援」「北京五輪反対」活動の一環だったようだ。

日本でも読売新聞などがこのニュースを報じたが、間の悪いことに、リチャード・ギアがインドで「公然わいせつ」事件(笑)をやらかしてしまい、同じ国際面でギア事件の陰にかすんでしまった。リチャード・ギアは熱烈なチベット&ダライ・ラマ支持者である。この絶妙のタイミングはきっと中国の陰謀に違いない(w

エベレストでチベット独立訴えた米国人4人、中国が逮捕か(読売新聞)
Students for a Free Tibet (SFT)公式サイト(英語)
壇上キスは公然わいせつ…R・ギア氏とインド女優に逮捕状(読売新聞)…「ダライ・ラマ14世の支援活動でたびたびインドを訪れることで知られる」と、なんでかわざわざ書かれている

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2007.04.06

ダライ・ラマ法王来日!…11月だけど

ダライ・ラマ14世の11月来日がいつのまにか決まっていた。もはや毎年恒例! なんだか早すぎる気もするがご案内させていただく。

Pic_0614(財)全日本仏教会の50周年記念事業の一環とのことで、サイトにちょっとだけ掲載されている→http://www.jbf.ne.jp/50th/40thhold.html
正直、一昨日知ったばかりなのだが、お寺さん関係はもう動きだしてるらしいよ♪
以下FAXしていただいたチラシより転載。

ダライ・ラマ法王来日講演
「信ずる心と平和」
第40回全日本仏教徒会議 神奈川大会 特別記念講演

日時:平成19年11月20日(火)9:00〜12:30
   講演に先立ち記念式典があります 開場:午前8時
   講演開始は10:20頃の予定
開場:パシフィコ横浜 国立大ホール
チケット:全席自由 3000円
お申し込み:ポスターちらしのある寺院または各地域仏教会へ
主催:(財)全日本仏教会 神奈川県仏教会
後援:(財)全国青少年教化協議会 神奈川県仏教青年会
   神奈川県宗教連盟 横浜市釈尊奉讃会
お問い合せ:神奈川大会実行委員会(西有寺)電話:045(661)0166
同時開催:第41回現代名僧特別墨蹟展(展示・頒布)

Pic_0615_1ちなみに、パシフィコ横浜は5000人くらい入れます。
あと、注意事項というか——
★ダライ・ラマ法王の代表機関であるダライ・ラマ法王日本代表部事務所(チベット・ハウス)は主催者ではないので、この講演について問い合わせてもよくわからないと思います。
★まして私に問い合わせされても、なおさら何もわかりません!
★横浜以外の日程についても知りません。

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2006.10.05

中国の国境警備兵がチベット人を射殺…外国人登山隊も目撃

今年鉄道が通って、すごく変わっちゃうんだろうなぁという激動のチベット。
相変わらずなのは、命を賭けてでも祖国から逃げ出さざるをえないチベット人が今なおたくさんいることだ。

まだ詳しいことはわからないけど、カトマンドゥ発ロイター電の記事。
Two Tibetans allegedly killed by Chinese guards
Wed Oct 4, 2006 6:50 PM IST

20061002xnangpala2要約すると、
9月30日、チベット(中国)ネパール国境のナンパ・ラという峠近くのチベット側で、ヒマラヤを越えてネパールに逃れようとした70人程度のチベット人グループに対して、中国の国境警備兵が発砲。
少なくとも2人が亡くなった。
40人ほどは国境を越えてネパールに入った。
現場を目撃した彼らがカトマンドゥにたどり着いたら、詳細が明らかになるはず。

また、現場はチョーオユー(という有名な山)の前進キャンプ(ABC)近くのため、外国の登山隊の目撃者もいたようだ。
MountEverest.netにある写真付きの記事↓
Cho Oyu ABC swarmed by Chinese Army - Tibetans shot at Nangpa La?
12:27 pm EST Oct 02, 2006

今回たまたま発覚したんだろうが、チベット人から聞く限りでは、こういう事件は本当はもっと多いんだろうと思う。

★061007加筆
↓に、K2climb.netの記事の訳等があります。

ナンパ・ラにて人民解放軍、チベット難民に発砲か?
http://everest.cocolog-nifty.com/gassan/2006/10/post_0a6a.html

★061014加筆
↓“その瞬間”のビデオが公開されました。(PRO TV)
Exclusive footage of Chinese soldiers shooting at Tibetan pilgrims

↓動画の解説含め、いろいろとまとめられています。
虐殺映像を公開…中共軍がチベット難民狙撃の瞬間(東アジア黙示録)

★061020加筆
↓ビデオに日本語字幕付けたものがYou Tubeで公開されています。
日本語字幕版
このページの一番上に貼りつけました。
英語版もあちこちで公開中
http://www.youtube.com/watch?v=tNnA3K_kCEc

★061231加筆
↓Wikipediaの記事になってます。英語と中国語あり。
Nangpa La Killings (Wikipedia)

ご参考↓
DVD「ヒマラヤを越える子供たち」のサイト(by KIKU)

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2006.06.28

ダライ・ラマ法王7月帰国!の噂にあえて乗ってみるテスト【ガセネタ注意(^-^;】

「猊下が7月に帰っていらっしゃる」
先月ラサに行ったとき結構あちこちで耳にした噂だ。
すでに本気で準備を進めているっぽい動きも感じた。
そして、44年間閉ざされていたインド(シッキム)・中国(チベット)の国境が
7月6日に再開される。
なぜダライ・ラマ法王の誕生日に?

Lhasa_stationインドに亡命して47年。
ダライ・ラマ法王はずっと「帰国したい」と言ってきた。
そして、中国政府も「帰国を歓迎する」と言ってきた。
条件が圧倒的に折り合わなかっただけだ。

その条件について、なのかどうかは知らないが、
近年、チベット亡命政府は中国政府と「交渉」を続けてきた。
交渉への影響を懸念して、チベット亡命政府は反中国的な動きを一切しなくなり、
チベット人がやめろというものだから世界中のチベット支援活動が停滞した。
歴史に学ぶとすれば、まんまと中国にハメられてるんじゃないかと思うのが普通だ。

ちょうどよかった、「フォーサイト」の記事↓
ダライ・ラマ望郷の思いにつけ入る中国(フォーサイト、2006年6月号)

噂は以前からあった。それはチベット人たちの願望が生んだものだろう。
ある日、あの方が戻ってきて、すべてが元通りになる。
そんな潜在的な願望が、チベット本土に住む600万チベット人の心の底にはある。

今年はちょっと違う気がした。
どうも政治や宗教の世界が組織的に動いているっぽい。
ラサだけではない。
帰国訪問先のひとつになるであろう、法王の生地・アムド地方(青海省周辺)でも同様だそうだ。

まあ噂を流しておいて反応を見るという手口なのかもしれない。
これでメンタルな地均しをしておいて、
いつか近いうちに本当に帰国、という算段か。
あるいは普通に考えて、単なるデマかもしれないんだけど(^-^;

チベット人たちは法王の帰国を心待ちにしているだろうが、
それが結果としてチベット人にとっていいかどうかはわからない。
でも、とにかく時間がない。
中国にはたいして失うものはないが、
時間がたてばたつほどチベット側は不利になる。
ダライ・ラマ法王は70歳を超えた。

71歳の誕生日は来たる7月6日。
インド・中国の関係改善の結果、この日、44年間閉ざされてきたインドと中国(チベット)の国境が開かれることが決まった。
国境の峠の中印貿易、40数年ぶり再開へ(チャイナネット)

面白そうだったので無理矢理結びつけてみた(笑)。

[写真はラサの鉄道駅の駅舎建設現場。「6月20日竣工まであと27日」の看板]

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2006.02.18

チベット人の動物愛護イベントを(案の定)中国が弾圧

オリンピックを前に野生動物保護を必死に訴えているかにみえる中国だが、本音はどうなのだろうか?
大切な民族衣装を焼いてまで動物愛護への決意を示そうというチベット人が自発的に行なったイベントに、中国当局が中止の通達を出した。

amdo_girlすぐ直前の記事「毛皮なんて恥ずかしい! チベットの民族衣装に大異変!? ていうかダライ・ラマの影響力は絶大。」でお伝えした通り、チベット・アムド地方(中国青海省同仁県)のロンウォ寺(隆務寺)を中心に、チベット人が本来大好きな毛皮を集めて燃やしてしまおうという自発的なキャンペーンが進行していた。
2月12日、現地の暦で正月15日の吉日にクライマックスを迎えるはずだった。

中国当局は当初静観していたが、妙に盛り上がっているのを見て、本当の矛先がいずれどこに向くのか本能的に察知したのだろうか?
イベントを禁止する通達を出し、地元幹部には口頭で「参加したらクビだから」と言い渡した。よほど多くの幹部が参加するつもりだったらしい。

ありがたいお寺で毛皮を焼いてもらう気満々ですでに多くの人々がロンウォ寺に向かっていたが、町に着いてみて通達を知り、仕方なく村に帰る途中で自分で燃やした者もいた。
警察および近隣の基地から軍も動員されて警戒にあたったという。

チベット人たちが突然動物愛護に目覚めたのはダライ・ラマ法王の説法が効いたからだ。
中国当局の気に障らないわけがない。
もともと「今は畜生だけど、前世では自分の母親だったかもしれない」という輪廻転生を信じるチベット人であるから、動物の命を慈しむメンタルな素地はある。ただ実践がほとんど伴っていなかっただけだ。法王の言葉でようやく目覚め、アクションを起こしたのである。
毛皮さよならキャンペーンはすでにアムドからラサやカム(東チベット)にも広まりつつあるという。
[写真は悪い例]

中国人がいくら誠心誠意チベットの役に立とうとしても疑いの目で見られるのと同様、チベット人が何か始めると、中国当局はダライ・ラマが裏で糸を引いているのではないかと疑心暗鬼になる。
まあ実際けっこう引いているわけで(笑)今回は法王の影響力を示すデモンストレーションとして大いに役に立った。
古くはツォンカパ大師、そしてパンチェン・ラマ10世とダライ・ラマ14世を生んだ地だけあって、じわじわと理詰めでねちっこく攻めるのが得意なアムドのインテリチベット人たちは実はあれこれ深謀遠慮を巡らせているのかもしれない。次はどんな手を打ってくるのか楽しみだ。

元記事(英語)はこちら↓(画像あり)
Burning of wildlife skins prohibited as tensions rise in Rebkong(TibetInfoNet)

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2005.11.23

【予告】CIAとチベット…"THE SHADOW CIRCUS - The CIA in Tibet"上映(11/27)

1950〜60年代、チベット人たちは中国軍の侵攻に対して抵抗軍を組織した。圧倒的な武力を持つ中国人民解放軍の前に、原始的な武器と馬で立ち向かうチベット人…というイメージが強いが、抵抗軍の中にはアメリカでゲリラ戦の訓練を受けて送り込まれた精鋭もいた。

cia_soldier1抵抗運動の中心となったのは、現在四川省となっている東チベット出身のチベット人(いわゆるカムパ)たち。1959年にダライ・ラマ14世が亡命した際、国境まで護衛にあたっていたのも彼らだ。抵抗組織のうち最大のものは、リタン出身のゴンポ・タシが率いる「チュシ・ガントゥク」(四つの河 六つの山脈)だった。

cia_hhラサからインドへ、馬と徒歩での逃避行。24歳のダライ・ラマ法王にとってそれは確かに“命からがら”だったに違いない。しかし、「私が持参できたものといえば、ラマ法衣の着替え一、二枚だけであった」(『チベットわが祖国』)という法王の言葉のわりには、亡命途中の記録映像が(しかもカラーの動画で)残されているのを不思議に思った人は少なくないだろう。全行程ではないようだが、ちゃんと訓練を受けた撮影係がいて、昔のでかい映像機材とフィルムを携えて同行しているのだ。

cia_soldier2ダライ・ラマ14世の2番目の兄ギャロ・トンドゥプ。中国人の妻を持つ彼は、チベット現代史の陰の主役だ。常に法王にかわって“汚れ役”を務めてきた(今なお務めている)存在とも言える。法王が北京を訪れた1951年前後には、すでにCIAと接触を持っていた。CIAはチベット人にゲリラ戦や諜報活動の訓練を施し、装備とともにチベットにパラシュート投下する作戦を展開した。どれほど効果的だったのかは定かではないが、CIAは確かに一時期、チベットに何らかの形で介入していたらしい。

cia_soldier3コロラド州のキャンプ・ヘイルで訓練されたチベット人の数は259人にのぼるという。ダライ・ラマ法王が亡命した後も、抵抗軍はネパール国境のムスタンを拠点として戦いを続けた。しかし、アメリカと中国の政治的接近によって見捨てられることになる。1974年、ムスタンにたてこもっていた義勇軍は、カセットテープに吹き込まれたダライ・ラマ法王による説得のメッセージにより、ネパール軍に投降したとされている。

…といったようなことは別にナイショの話ではなく、チベット人の側からは『雪の国からの亡命 チベットとダライ・ラマ 半世紀の証言』(地湧社)に、「陰謀」ととらえる中国側の視点からは『現代チベットの歩み』(東方書店)などに、これまでも書かれている。

cia_soldier4ただ、当時の映像をまとめて見る機会は、ほとんどない。
というわけで、11月27日、武蔵小山の唯称寺での「THE SHADOW CIRCUS The CIA in Tibet」(White Crane Films)上映は貴重なチャンス。しかも日本語字幕付き!
詳しくはカワチェン(↓)まで。定員あり、要予約。
カワチェン・ホームページ

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2005.09.29

中国の充実した教育制度のおかげ様で、チベット人の識字率が下がった

中国が発表した統計によると、チベット自治区の識字率(読み書きできる人の割合)が大幅に悪化した。児童の就学率も低下した。教育・職業訓練の機会が得られないまま、チベット人たちは、流入し続ける漢族移民たちに仕事を奪われていくのだろうか?

英国Tibet Information Networkの後を継いだドイツのTibInfoNetによると、2004年版中国統計年鑑で発表されたチベット自治区の15歳以上の非識字率(2003年)は54.9%。前年の43.8%から11.1ポイントも悪化した。6歳以上の児童の小学校就学率は55.1%。これも前年62.0%から6.9ポイント下がった。中学校就学率は14.2%でこれも低下しており、中国全体(57%)、隣接する四川省(約50%)と比べて低さが際立つ。
[チベット自治区(TAR)、青海省(Qinghai)、甘粛省(Gansu)、四川省(Suchuan)、中国(PRC)全土のデータは元の記事"Illiteracy and education levels worsen in the TAR despite development drive"(英語)を参照して下さい]

もちろん統計なんてものは、どこの国のものであれ話半分ぐらいに思っておいたがほういい。しかも中国の統計となれば、間違いや誇張や政治的意図を十分考慮する必要がある。(ていうか識字率ってどうやって調べてるんだろう? 読み書きって、チベット語でも中国語でもいいんだろうか?)
以前は「ちゃんと充実させてます!」と報告しなきゃ中央に怒られたが、最近は「まだまだ学校が足りません!」と報告したほうが援助を引っ張ってこれる(→それに乗じて儲けられる)から好都合、とかいうふうに風潮が変わったのかもしれない。

とまあそういった諸々をちゃんと考えた上で、TibInfoNetは、この数字の背景をいくつか指摘している。

チベット自治区の非識字率(文盲率)の推移は:
1998…60.0%
1999…66.2% ↑
2000…47.3% ↓
2001…45.5% ↓
2002…43.8% ↓
2003…54.9% ↑+11.1%

まず、識字率は2000年代に入って大きく改善された。これは「西部大開発」スタートに伴って莫大な援助投資がもたらされたことと関係があると思われる。
そして、識字率は2003年に早くも失速した。この2000年から2003年に間に、教育関係者の人件費がほぼ倍増したことも統計に示されている。教育のための投資が人件費で吸収されてしまったのではないかと考えられる。

illiteracy_tau_schoolまた、チベット自治区の1人あたりの学校数は中国で最低であるにもかかわらず、小学校の数は895校(2002年)から892校(2003年)に減少した。中学校・高校の数は100から105へと増えており、そのうち2校は高校(高級中学)だった。
[写真は東チベットの小学校。子どもたちは広い範囲に散らばって住んでいるが、寄宿舎を設ける予算がなかった。通える子どもが減っていき、数年後に閉鎖された]

チベット人が職を得るのに直接役立つ職業学校も4校から2校に減った。4校の時点(2002年)でも、人口1人あたりの数は中国全土平均の1/5しかなかった。一方、大学レベルの学校は3校から4校に増えて、人口比で中国一の割合を誇る。

つまり、中国は、チベット人が必要とする初等教育・職業教育の機会を減らし、チベット人にほとんど縁のない高等教育ばかりを充実させてくれたことになる。移民してきた漢族あたりが、その恩恵に与っているわけだ。

illiteracy_lhasa_schoolそもそも教育が“役に立たない”というのも就学率が伸びない理由だろう。
教育は無償とか言っているのは建前だけで、特に都市部以外では、なんだかんだ適当な名目をつけて学校が授業料を徴収していることが多い。イナカであるがゆえに予算がないのだから仕方がない。チベット人家庭にとっては大きな負担となっている。
また「学校を出たら仕事を世話する」という政策は2001年に破棄された。もはや教育に投資する価値なしと判断する親も多い。
[写真はラサの私立小学校]

[参考→青海省でチベット人学生200人が就職難に抗議(チベット式)]

もちろん、学校が中国語を中心とした中国化教育の場となっていることへの反発もあいかわらず強い。
これだけデメリットが揃ってしまうと、比較的恵まれた一部の都市住民を除いては、どうせ教育を受けさせるなら、ダライ・ラマ法王のお膝元であるダラムサラへ留学させようという気持ちになるのも無理はないかもしれない。
[参考→チベット難民の亡命に同行したドキュメンタリー『ヒマラヤを越える子供たち』が再上映される(チベット式)]
  →『ヒマラヤを越える子供たち』(KIKU)

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2005.09.17

チベット人数百人が食肉処理場を襲撃。動物を逃がしてから放火@中国四川省

中国四川省で、数百人のチベット人が食肉処理場を襲撃し、放火した。もともと大規模な処理場そのものへの抵抗感があったうえ、安値で家畜を買い叩こうとしたため反発を呼んだらしい。

アメリカのアジア向け宣伝放送ラジオ・フリーアジア(RFA)によると、8月初頭、中国四川省カンゼ(甘孜)チベット族自治州のデルゲ(徳格)県マニカンコにある食肉処理場をチベット人数百人が襲撃した。
襲撃されたのは、四川隆生集団の甘孜隆生美孜髦牛有限責任公司のデルゲ処理場。折しもホースレース(競馬祭)の最中だったため、相当数のチベット人が集まっていたという。

nomads_meat_factory01現地チベット人によると、この企業が相場以下の安値で家畜を売るよう強要したため、チベット人遊牧民たちが怒って工場に押し掛け、中にいた動物を逃がした上で建物に放火した。警察が駆けつけて50〜60人が拘束され、その後ほとんどは釈放されたが、7〜8人はまだ拘留されているらしい。被害額は不明。現地当局者は事件を否定している。
[写真はマニカンコの近く(たぶん)。ヤクがいっぱい]

nomads_meat_factory02この食肉処理場は2004年にできたばかり。
チベット人はヤクや羊などの肉を食べるし(ていうか肉しか食べない)、遊牧民だって食肉は売りたい。ただ、この種の工場タイプの大型処理施設はチベット人には馴染みがないせいもあり、感情的な反発を招いたようだ。漢族が持ち込んだ工場だというせいもあるのだろうか。また、家畜の買値も安いため、チベット人たちはボイコットしていた。
[写真はヤク肉ジャーキー]

地元の宗教指導者であるゾクチェン寺の活仏ケルサン・リンポチェ師と、セルタ佛学院のケンポ・シェラプ・サンポ師が10万元で処理場を買い取ると提案していたが、処理場側は売却を拒否したとされている。

▼元ネタ
Tibetan Nomads Set Fire to Chinese Slaughterhouse in Sichuan (RFA/2005.09.07)

▼カム(東チベット)の男たちを怒らせたら怖い(笑)と歴史に学ぼうシリーズ
青海省でチベット人数千人が“暴動”…“冬虫夏草税”をめぐる役人の汚職に抗議(チベット式/2006.06.03)

▼おまけ(ヤクのYakkinと遊牧民の少年ニマのお話)
4コマ漫画“Yakkin”

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2005.09.13

貴重なチベット情報源が消滅。まじ?TINがなくなる?

中国系でも亡命政府系でもないニュースを配信していた
ロンドンのチベット・インフォメーション・ネットワーク(TIN)が
資金難を理由にお休みするようです。
メールが来てました。

>>We regret to inform you that the Tibet Information Network (TIN) has had to
>>close down for lack of funds.
以下略。
とりいそぎ。
また後で何か追加するかも。

サイトは何ごとも変化なし。
http://www.tibetinfo.net/

新手のイタズラかとも思ったけど、どうでしょうか?

※追記(09/15)
「ちべ者」ですでに紹介されていますが、
http://55tibet.way-nifty.com/tibemono/2005/09/tin_d14c.html
活動停止のメールの翌日に、
ドイツのTibetInfoNet(http://www.tibetinfonet.net/)が発足しましたー、
というメールが来ました。
いちおう別の組織とか言ってますが、ま、初めから決まってたんでしょうね(^-^;

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2005.08.22

ラプラン寺の座主グンタン・リンポチェの“生まれ変わり”を認定

ちょっとマニアックなニュースだけど、一部地域では大事件。
チベット仏教ゲルク派6大寺の一つ、アムドのラプラン・タシキル寺(甘粛省夏河の拉卜楞寺)の座主だった故グンタン・リンポチェ6世の“生まれ変わり”が中国によって公式に認定されたらしい。

gungthang_rinpocheグンタン・リンポチェ6世[←写真]は1926年、チベット東北部アムド地方ンガバのゾッゲ(現在の四川省若爾蓋)で生まれた、ラプラン寺の座主(宗教上のトップ)。
アムドが中国の支配下に入った後、1958年から21年間にわたって投獄されていた。
1979年に釈放された後はパンチェン・ラマ10世らとともにアムドでチベット仏教の復興を志し、中国仏教協会副会長も務めていた。

gungthang_kid6世は2000年に亡くなり、その後、伝統に則って“生まれ変わり”探しが行なわれていたが、この度、2002年生まれの男の子[←写真]が、めでたく7世として認定された。
8月9日に認定の儀式を執り行ったのは、ラプラン寺の寺主(経営上のトップ)ジャムヤン・リンポチェ6世(やはり中国仏教協会副会長)。

で、ダライ・ラマ法王の承認は受けたのだろうか?
必要かどうか自体に異論があるだろうし、そのことにはあえて触れないようにしているのだろうが、
パンチェン・ラマ11世(本物)のときのように密使を通じて秘かに承認を受けていたらカッコいいなあと思う。
チベット人はみんな知っているのに、誰かに聞かれたら「受けてない」と言い張っていれば、それでいい。まあ、北京のパンチェン11世の承認も、ついでだから受けておけばいいじゃないか。

▼「西蔵文化網」のニュース(中国語)。写真たっぷり。先代どころか1世から5世までの解説、6世のカーラチャクラ灌頂の模様など情報満載。さすがアムド人、地元だけあって気合いが入っている。
第六世貢唐倉大師転生霊童認定

▼「チベット・ニュース・ダイジェスト」より(日本語)6世が亡くなった当時の記事。中国が認定したパンチェン・ラマ11世を認めたがらなかったことなどが書いてある。
『偉大な学者で愛国者』の死 故グンタン・リンポチェの経歴

▼中国公式メディア「人民網」(日本語)の記事
グンタン・リンポチェ6世の転生霊童を認定 西蔵
↑“西蔵”なんて書いていいのかな?(笑)

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2005.07.14

チベット名産“ラサ・ビール”もホルムアルデヒド入り?

中国産ビールの95%にホルムアルデヒドが含まれている」という報道があった。ホルムアルデヒドは発ガン性が疑われる物質。チベットの老舗ブランド“ラサ・ビール”は大丈夫か?

lhasabeer_bottle日本語になった第一報は韓国・中央日報の「中国産ビールの95%に発がん性物質」(7/8)のようだ。そもそもは捜狐(sohu.com。Yahoo!の真似みたいなもん)に載った重慶商報の記事がネタ元。
95%とかいう数字からしてなんだか信ぴょう性が疑問だが、日本のメディアは後追いで厚生労働省の対応あたりを加えて報道。その後はサーチナが続報を出している。

まあホルムアルデヒドは新築のビルなんかで建材からガンガン放出されてるわけで、日本もよそ様のことを言えた立場じゃないかもしれないが、とりあえずナイショでビールに入れるのはカンベンしてほしい。

「ビール有毒物質問題:消費者から不信と怒りの声」(中国情報局)によると、
青島ビールは「この2−3年間はホルムアルデヒドを使用していない」。
「製造コストを下げるために、小規模なビールメーカーはホルムアルデヒドを添加するかもしれない」とのこと。

lhasabeer_canとなれば、小規模では中国一?チベットにおけるビールの老舗“ラサ・ビール”はアウトかもしれない。

と思いきや、実は、ホルムアルデヒドを使うのがもったいないから何も入れていない…といいなと思う。
または、ホルムアルデヒド使ってると思っていたら偽物で、ほんとはただの水だった…どうりで味が薄いはずだよ!みたいなの、希望。

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2005.06.03

青海省でチベット人数千人が“暴動”…“冬虫夏草税”をめぐる役人の汚職に抗議

中国青海省でチベット人数千人が役所に放火するなどの騒ぎが起こった。漢方薬剤の冬虫夏草に対する税金の多くを当局の役人が着服していたことへの怒りが原因らしい。アメリカのラジオ・フリー・アジアのチベット語放送が第一報を伝え、日本でも産経新聞に記事が出た。

「中国・青海省で数千人衝突か 米政府系放送局」(産経新聞)
「チベット族数千人、治安当局と衝突…米政府系ラジオ」(読売新聞)
■元記事「Tibetans, Chinese Security Forces Clash in Qinghai」(Radio Free Asia)

騒ぎが起こったのは中国青海省玉樹チベット族自治州雑多県(チベット語ではザトゥ県)。舗装道路も電気もない最貧地区のひとつで、人口のほとんどはチベット人。5月20日から21日にかけて、チベット人数千人が治安部隊と衝突し、政府庁舎などが放火された。

electric_baton周辺では生薬として高値で売れる冬虫夏草が採れるが、採取にあたっては一人あたり1500元(約2万円)の“税金”を納めねばならない。現地チベット人によると、徴収された65万元のうち県政府に入ったのは20万元で、残りが行方不明。

共同通信や産経や読売が現地当局者に取材したところ「そんな騒ぎは起きていない」と否定したそうな。

現場はメコン河の源流近く。玉樹(ジェクンド)といえばバリバリのカム(東チベット)最奥部だ。カムの男たちを怒らせたら怖いよ〜(・ω・) 。

[写真は電気ショックを与える電気棒。軽めの騒ぎを起こすと、こういうので鎮圧される(もともとは家畜用)。照明・警報・電撃の3つのボタンがある。クリックすると拡大]

参考までに勝手にリンク→Asia Photo Net "MEKONG PHOTO GALLERY"
(Zadoiと書いてあるのが今回の現場)

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2005.06.02

中国のネット検閲で“I Love Tibet!”が見られなくなったらしい

もっとヤバいサイトが他にいくらでもあるだろ〜(・ω・)
拙サイト“I Love Tibet! ホームページ”(http://www.tibet.to/)がチベットどころか中国で見られなくなった…と、ちょっと前からご指摘をいただいている。ついに栄光のブラックリスト入りか?

netcafe1ロンドンのチベット亡命政府のサイトや、スパイが情報集めてるとしか思えない“Tibet Information Network”が見られないのはわかる。実際、以前からブロックされていたし。
しかし、もうずいぶん前からオトナの事情で亡命政府系のコンテンツを自粛している“I Love Tibet!”にまで検閲の手が及ぶとは、チャイナの中の人もずいぶん気が小さい。
[写真はラサ市内のネットカフェ。クリックすると大きくなります]

「中国のネット検閲 その“手口”」(東京新聞)
「巧妙な中国政府のネット検閲、米の調査で明らかに」(Hot Wired Japan)
「新たに5人を投獄、ネット上の発言を抑圧する中国当局」(Hot Wired Japan)
「中国のインターネットはフィルタリングが徹底的に」(たなか@さくらインターネット)
中国、情報統制の実態(娘通信♪)
などの記事によると、中国のネット検閲技術は世界一らしい。1億人ぐらい雇って手動でやってる公共事業かと思ったら、そうではなかったようだ。

netcafe2にしても、せっかく最大限“日和って”チベット国旗も載せずに頑張ってきたのに、何が気に入らないかな。
そりゃ最近ダライ・ラマ系コンテンツがちょっとオモテに出過ぎたのは確かだが、チベット関連のサイトでダライ・ラマ法王に触れないなんて、超不自然、異常だ。

あと、このブログで反日デモに乗じてチベット人のデモを煽ったという悪行もあったにはあった。
が、このブログはブロックされていないというから、わけがわからない。
まあ、本なんかも含めて、これまでためたポイントが加算されて臨界点を超えたプレゼントということかもしれない。

本土のチベット人がこんなことを言っていた。
「ネットカフェで“tibet”で検索したら、アブナいサイトがいっぱい見れちゃって。で、しばらく見てたら、ブラウザの上からスーッと画面が白くなっていったんだ。ホラー映画見てるような気分だったよ。その後、公安に勤めてる友だちから遠回しに警告されたっけ」

怖いDEATH!

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2005.04.18

今がチャンス!?チベット人も反日デモを!

中国各地で反日行動が激しさを増しているらしい。
ああいう規模の国で1万人デモとか言われても、多いのか少ないのかよくわからない。文化大革命当時、天安門広場に100万人の紅衛兵が結集したというのと比べると、まだまだということか?
文革では「造反有理、革命無罪」というスローガンが流行ったが、今回は「愛国無罪」らしい。それにしても四字熟語が好きな人たちだ。

“六四屠殺”と呼ばれる1989年6月4日の天安門事件(リンク先に残酷な画像が含まれているので注意)では政府に逆らったため弾圧されたが、今回は日本が相手だからOK。暴れるデモ隊が大人しい武装警察と衝突する風景はまるで普通の民主主義の国さながらで、本人たちが勘違いしないか心配だ。

チベットではまだ反日デモはないようだが、お隣の四川省成都では、チベットから下りてきた日本人旅行者の心のオアシス、イトーヨカドーが襲撃された。飛行機で2時間のラサへの飛び火も間もなくかもしれない。

lhasa_demo2めったにないチャンス!
ここでひとつ、ラサのチベット人もデモってみてはいかがだろうか?

かつて中国でデモといえばチベット人の独壇場だった。
1987年に始まった一連のデモは戒厳令で鎮圧されていまだに投獄されている人もいるが、今なら大丈夫!

lhasa_demo1過去の侵略行為を反省しない国なんてアリエナ〜イ!……チベット人だからこそ言えるセリフのはずだ。

「愛無罪!オムマニペメフム!」でバルコルにGO!
折良く巡礼者が集まるサカダワ祭も近づいている。

用語[オムマニペメフム→観音様専用のお祈り]
  [バルコル→ラサ旧市街の中心地]

[写真は1987〜89年のラサでのデモ。クリックすると大きくなります]

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2005.04.11

ダライ・ラマ法王、TIME誌「世界で最も影響力ある100人」に選ばれる♪

time1004/11発売の米『TIME』誌の「世界で最も影響力のある100人 2005年版」にダライ・ラマ法王が入選! 去年も入ってたけど。

“影響力のある”っていうのは、かなり微妙な表現で、金正日が入ってたりもする。日本人では宮崎駿と次のトヨタ自動車の社長だって。結局アニメとクルマだけの国なのか。。。

time1959apr20こちらの写真は、ダライ・ラマ法王がチベットからの亡命直後に表紙を飾った『TIME』誌1959年4月20日号。

ダライ・ラマ法王は現在来日中。詳しくは「ちべ者」あたりでどうぞ!

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2005.04.02

チベット文化のサイトが公安によって閉鎖?“蔵人文化網”

China Information Center(中国信息中心)によると、中国甘粛省で運営されていたチベット文化サイト「蔵人文化網」(http://www.tibetcul.com/)が3月25日、蘭州市公安局によって閉鎖された。管理人であるチベット人作家ツェワン・ノルブは消息不明だという。
Tibetan culture site in China forced to close and webmaster disappeared
(CIC, 3/28/2005)
中国境内著名蔵人網站−蔵人文化網被強行関閉(中国信息中心)

tibetcul_closed実際アクセスしてみると、こんな画面が表示される。データ整理&メンテナンス中と書いてある。
まず22日に掲示板コミュニティ「蔵人文化社区」が閉鎖され、次いで25日にトップページが見られなくなったと中国信息中心は報じている。

「蔵人文化網」は昨年オープンしたばかりの中国語サイトで、チベットの高僧、研究者、作家、芸術家などを(アムド地方を中心に!)詳しく紹介してくれる等、なかなか充実したコンテンツが揃っていた。
さすがアムドというべきか、民族意識盛り上げ効果満点の内容でありながら、言葉づかいは慎重で、そのバランス感覚は絶妙。
昨年、中国人アスリートがチベットの聖湖ナムツォを泳いで横断しようと企てた際、公然と非難したのもこのサイトだった。
「聖湖ナムツォ横断」にチベット人が公開書簡で抗議(チベット式)

ただし、閉鎖といっても、見られなくなったのはトップページと掲示板だけの模様。下の階層にあるページにはちゃんとアクセスできるから不思議。
tibetcul_before

例えば、これは「雪獅雄姿」という、チベット人ならタイトルを見ただけで嬉しくなってしまいそうな(笑)人物紹介のページ。(http://tibetcul.com/xsxz/
[雪獅=Snow Lionはチベット人が誇りとする勇壮なキャラ]
掲示板がヤバめの話題で盛り上がってしまい、ほとぼりが冷めるまでしばらく閉じただけかもしれない。
すぐ復活してくれることを祈る♪

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2005.03.03

チベットの現実を“神経衰弱”で学ぼう!?…全然楽しくないカードゲームfromダラムサラ

ダライ・ラマ法王率いるチベット亡命政府の拠点、北インドのダラムサラに行ってきた方から色々とお土産をいただいた。
その中で、これは!と思ったのが、チベット・ミュージアムで売られている“Memory Game”というカードゲーム。
shinkeisuijaku早い話が“神経衰弱”なのだが、ただのトランプではない。
「中国人の倉庫と化した僧院の本堂。1979年アムドのレコン寺にて。金、銀、貴重な仏像などの遺産が、奪い去られるか破壊された。数え切れないほどの経典や仏画が灰になった」
などという英文の説明とともに当時のモノクロ写真がある。
他、“17条協定調印”“ガンデン寺の廃墟”などなど32枚。

・・・ダプチ刑務所?さっきあったよね・・・これだ! 当たり当たり!! 次、“ゴルムドの中国人移民”? 初めてだっけ?・・・ここか? あ〜“森林伐採”って、さっき誰か引いたばっかじゃん、残念!

みたいな^^;
エデュテイメントっていうか何ていうか、とにかく楽しめないことうけあい!
[写真中央は“凍傷の手当を受ける女の子。90年代半ば、カトマンズのチベット難民受け入れ施設にて”]

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2005.02.21

“ミス・チベット”にまで妨害工作! さすが中国、チェックが細かい

世界一(?)のチベット美人“ミス・チベット”(2004年)に選ばれたタシ・ヤンチェンが“ミス・ツーリズム・ワールド”世界大会に参加できないことがわかった。
中国の圧力があったようだ(呆^^;)

tashi_yangchen2タシ・ヤンチェン(右の写真)は2月13日、2005年“ミス・ツーリズム・ワールド”開催地ジンバブエのハラレに着いた後でこの事実を知った。
主催者側によると「ハラレの中国大使館に北京から指示があった」。

[↓関連記事(英語)]
Tibetan beauty banned from pageant in Zimbabwe (IOL) (WTN)
Miss Tibet expelled from Miss Tourism World due to Chinese pressure (Miss Tibet公式サイト)

[↓タシ・ヤンチェンの画像(Miss Tibet公式サイト)]
Tashi Yangchen crowned Miss Tibet 2004
Tashi Yangchen (プロフィールも)
※ちなみに、今ならMiss Tibet公式サイトのトップページにタシ・ヤンチェンのメルアドが!

“ミス・ツーリズム・ワールド”は20年の歴史をもつイベント(知らなかったけど)。今年参加する72カ国の中には台湾(Chinese Taipei)代表もいる。
調べてみたら、2003年大会(ベネズエラ)には、2002年ミス・チベット候補者の1人テンジン・デキ・チョクテンがチベット代表として堂々参加していた。

[テンジン・デキの画像]
Tenzin Deki represents Tibet at Miss Tourism World in Venezuela
(↑Miss Tibet公式サイトより)
Miss Tourism World 2003 Contestants
(↑Miss Tourism World公式サイト。下から2段目にいます。クリックすると別の画像も見られます)

2003年、ベネズエラでなぜかミスコンを密偵していた中国外交部筋からの驚愕の報告に、北京当局は決意を固めたに違いない。
「次回は断固阻止すべし!」
国家の体面を保つためには、こういった地道な努力の積み重ねが必要なのだろう。
....ご苦労様なことだ。

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2005.02.14

チベット難民が見捨てられようとしているので助けていただきたい♪

ネパールのカトマンズでチベット難民を保護する活動をしている「チベット難民福祉事務所」が閉鎖された件で、
日本でも事務所再会を求める緊急行動が始まった。
在ネパール日本大使館に要請文を持参して、ネパール政府への働きかけを求めるというもの。
詳しくは(今のところは)「ルンタ・プロジェクト」↓のページで。
カトマンドゥのチベット人難民事務所再開を求める緊急アピール行動
http://www.lung-ta.jp/support/urgent/appealfornepal.htm

最新の現地情報は「ちべログ」内↓
ネパールのチベット難民事務所再開を求めるアピール
http://lung-ta.cocolog-nifty.com/lungta/2005/02/0211.html

関係報道や基礎知識については、とりあえず弊ブログ「チベット式」内↓
ダライ・ラマ法王の事務所が閉鎖! 中国の圧力?…カトマンズの話だけど
http://tibet.cocolog-nifty.com/blog_tibet/2005/01/_.html

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2005.01.30

ダライ・ラマ法王の事務所が閉鎖! 中国の圧力?…カトマンズの話だけど

ネパールの首都カトマンズにあるダライ・ラマ代表部事務所とチベット難民福祉事務所(TRWO) がネパール政府によって閉鎖された。
40年以上も活動を容認してきたネパール政府が今になって急に「正式な許可がないから閉鎖」なんて言い出したのは、ネパールをじわじわと取り込んできた中国の圧力のせい、と勘ぐられて当然だ。

国内での報道はAFP-時事の「ダライ・ラマ代表事務所2カ所を閉鎖=ネパール」(1/28)。
2/1のサンケイ新聞に記事が出た(←この部分2/1追記)
中国圧力? ダライ・ラマ亡命政府事務所に閉鎖通告
http://www.sankei.co.jp/news/050201/kok047.htm
欧米での記事は例によって、まことさんのブログ「北朝鮮・チベット・中国人権ウォッチ−東北アジアの全ての民衆に<人権>の光を!」にいくつか翻訳が掲載されている。
ダライ・ラマ代表部事務所「中国がオフィスを閉鎖するようネパールに圧力を掛けた」と主張/アメリカ「深刻な懸念」を表明(ラジオ・フリー・アジア 05.01.29)
http://watch.blogtribe.org/entry-ff477826599cb8279ecd1db7d3c9e7c0.html
ネパール政府、カトマンズのダライ・ラマ関連施設を閉鎖(AFP 05.01.28)
http://watch.blogtribe.org/entry-ed02c0bb028b2d3e484c217848660330.html

チベットを逃れる難民たちのほとんどは、ヒマラヤを越えてネパールを目指す。
山中でネパール兵にワイロを払って見逃してもらったりしてカトマンズにたどり着き(たどり着けない者も多いだろうが)、受け入れセンターに収容され、国連の難民高等弁務官事務所(UNHCR)によって難民であるという法的身分が与えられてはじめて一息つくことができる。
このUNHCRの業務を実際に行なっていたのがチベット難民福祉事務所だ。
事務所がなくなったら、今なお年間1000人〜2000人もいる難民保護の活動に支障が出ることは明らか。

かつてネパール政府はチベット難民の受け入れに柔軟だった。公式には「チベットは中国の領土」と言ってはいるが、そこはそれオトナの対応で、実際にはダライ・ラマ法王のチベット亡命政府の動きも事実上容認していた。
もともとチベット人やチベット系諸民族が多く住んでおり、文化も近い。今も2万人のチベット難民が定住している。
[チベット難民についてはチベットハウスのコンテンツ「亡命チベット人」をどうぞ]

個人的にも、チベットからカトマンズに下りてくると、あちこちにダライ・ラマの写真が大っぴらに飾られていて、「やっと普通の世界に来たか」とホッとしたものである。

ネパール警察しかし、近年、チベット難民がネパールで不法入国者として捕まって中国に送還される(そして間違いなく投獄される)例が増えた。定住した難民たちの活動が制限されるようになり、ダライ・ラマ法王の誕生日も大っぴらに祝えなくなった。
[写真は、国際人権デーの集会を警備するネパール警察。