2008.03.13

チベット・ラサで僧侶らがデモ。70人拘束?

3月10日、チベット・ラサのデプン寺の僧侶ら数百人が、中国による支配に抗議するデモ行進を行なった。中国当局は催涙弾などを用いてこれを鎮圧。少なくとも70名程度が拘束されたと報じられている。翌日以降、他の僧院でも同様の抗議行動があり、ラサの主な僧院は治安部隊に制圧されているという。

Dscn7165すでに新聞等でも報じられている通り、ラサで久々に大きなデモがあった。
中国:ラサで僧侶、チベット政策に抗議デモ 70人拘束(毎日.jp、2008.3.11)
中国当局、チベット僧侶のデモに催涙ガス使用か(AFPBB、2008.3.12)

3月10日は、1959年、中国軍の侵攻に対してラサ市民が蜂起した(そして鎮圧された)記念日。毎年、世界中でデモ行進などが行なわれるが、北京五輪を控えて中国の人権状況に注目が集まる今年は、特に刺激的な行動が目立つ。チベット内部でも、その動きに呼応する動きが相次いでいる。

Kc3a0002b今回、最初にデモを行なったのは、ラサの大僧院デプン寺の僧侶たち。翌日には(おそらく前日にも)もう一つの大僧院セラ寺の僧侶らが同様のデモを行ない、警官隊は催涙弾で制圧にあたった。旧市街の中心、バルコル広場でも不穏な動きがあるという。
今回の一連の抗議行動は、ラサで戒厳令が敷かれた1989年以来の規模となりそうだ。胡錦濤氏(国家主席)は当時、チベット自治区共産党書記としてチベット独立運動の制圧にあたった。

上段の写真と下の動画は↓の現地レポートより。私服警官ぽい。
http://steve.ulrike.stivi.be/english/list.php?LijstNr=2&Item=55

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2008.02.28

中国当局、チベット僧ら200人を拘束

チベット人と中国当局が衝突し、僧侶ら200人が一時拘束された。場所はチベット東北部アムド地方の中心地、レプコン(同仁)。折しもチベット暦新年15日目の祈祷祭がクライマックスを迎えるタイミングだった。

Rebkong_monlam米国のラジオ・フリー・アジア(RFA)によると、2月21日、チベット暦新年15日目のモンラム祭(祈祷祭)の行事に参加していたチベット人を警官が尋問したところ、他のチベット人たちが集まって騒ぎに発展。投石や車両に放火するといった事態となり、当局は催涙弾で鎮圧して、僧侶など200名を拘束した。チベット人たちは「チベット独立」「ダライ・ラマ万歳」といったスローガンを叫び、騒ぎは夜10時頃まで続いたという。

事件が起こったレプコン(中国青海省同仁県)は、チベット東北部アムド地方の文化的中心地。観光客も数多く訪れる。新年の祈祷祭のため、地元の大僧院ロンウォ寺(隆務寺)には相当の人が集まっていたはずだ。祭のクライマックスであるチャム(仮面舞踊劇)を演じる僧侶の多くが拘束されたため、行事は中止に。

騒ぎが大きくなったため当局はすぐに僧侶らを釈放せざるをえなくなったが、暴行・拷問による負傷者が多く、かえって怒りをかうことになった。結局、ロンウォ寺の高僧のとりなしで騒ぎが終息し、チャムも開催された。

民族意識が盛り上がる祭りの時には、こうしたことが起こりがちだ。次の節目は西暦3月10日。1959年、ラサ市民が蜂起した記念日だろうか。

Tibetans, Chinese Police Clash at Festival (Radio Free Asia, 2008.2.22)
治安当局、チベット僧ら200人を拘束 中国青海省(asahi.com, 2008.2.25)

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2008.02.26

カモシカ写真を偽造してチベット鉄道を宣伝

中国中央テレビが「記憶に残る報道写真賞」第3位に選んだ青海チベット鉄道(青蔵鉄道)とチベットカモシカの群れを撮影した写真が合成写真だったことが発覚。みっともないとしか言いようがない。

Antelope_1また偽装か、ってことで日本でもそこそこ大きく報道された。たとえば↓
報道賞は合成写真 中国、華南トラに続き(産経ニュース、2008.2.18)
↑が問題の写真だ。[クリックすると拡大できます。以下同じ]
青海チベット鉄道に乗った経験からすると、こうした風景はあっても不思議はない気がする。だからバレないと思ったんだろうか。

Antelope_articleカメラマンの劉為強氏は「報道写真として発表したことはない。もともと芸術的にするため加工した芸術写真だ」と言い張っているというが、新華社はこの写真を掲載した記事に「青藏鉄道は野生動物のために生命の道を開く」と見出しを付け、「野生動物の日常生活を妨げないように、33の動物用通路を設けた」(要約)と、なんかすごくイイことしたとでも言いたそうなコメントを寄せて、要は宣伝記事に仕立てた。
↑はすでに削除された新華網の記事(2006.6.27)のハードコピー。

Antelope_2この写真については、もともとネット上で「合成疑惑」があったそうだ。
←は「三大疑点」を指摘した記事。

Antelope_yingying2チベットカモシカ(チルー)は、北京五輪の5匹のマスコットのひとつとして徴用されており、中国はチベットの自然を守ってます!の象徴的な存在としてライセンス料稼ぎに貢献している。
←チルーの迎迎。ゲーゲーではなく、インイン。

Antelope_yingselこちらは亡命チベット人が5月に独自に開催する「チベタン・オリピック」のマスコット(?)。当然ちょっと怒ってる感じだ。ちなみに聖火は今ごろ台湾にあって、3月には東京にも来る予定。
Tibetan Olympics 2008のサイト

P1000601ちなみに青藏鉄道、風景はほんとにキレイで野生動物もたくさん見られるのは確か。けど、延々こういう(←)絶望的な風景が続いたりもして、本当は何をやったんだ、この人たちは、という暗い気持ちにもさせられる。

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2008.02.11

【訃報】西川一三さん、チベット暦元日に逝く

1945年、チベットの都ラサに、モンゴル僧に扮して潜入。8年にわたってヒマラヤで過ごした西川一三さんが2月7日、盛岡で亡くなった。享年89歳。

Nishikawa_kazumi■チベットが外国人の入国を禁じていた時代、さまざまな動機を秘め、命を賭してチベットを目指した日本人がいた。
能海寛、河口慧海、寺本婉雅、成田安輝、青木文教、矢島保治郎、多田等観、野元甚蔵、木村肥佐生、そして西川一三。
■西川一三さんはそのうち最も遅く、太平洋戦争前夜に「西北」への憧れからチベット潜入を目指した。故木村肥佐生氏とは「興亜義塾」で後輩にあたる。
■1943年、モンゴル僧ロブサン・サンボーとして内モンゴルを発ち、1年10カ月に及ぶ単独行の後、1945年にラサに到着。いわゆる“特務調査工作員”としての命を帯びていたが、すでに戦争は終わっていた。
▲写真は帰国後の西川さん

Nishikawa_tratsang■その後もチベット、シッキム、ブータン、インドで足掛け8年を過ごした。ラサではモンゴル僧としてデプン寺に入り、1年間にわたって下級僧として滞在。「底辺の人」として生きることを貫いた。
■結局、国が“特務”の成果を活かすことはなかったが、その壮大な体験な一部は『秘境西域八年の潜行』(全三巻)に詳細に綴られている。
■盛岡で理美容材卸業を営み、元旦以外は休まず働き続けた。チベットではずいぶんひどいめにあい、「チベット人は大嫌いです」(2001年「日本人チベット行百年記念フォーラム」での言葉)とまで言い切った西川さんだが、くしくもチベット暦の元日である2月7日、新たな「西北」への旅に発った。

▲写真は西川さんが滞在したデプン寺の僧坊

良き来世をお祈り申し上げます。

▼ニュース記事
【おくやみ】西川一三氏死去 特務調査工作員(中日新聞)

以下、西川さん関連の本。この機会にどうぞ。

Nishikawa8years■『秘境西域八年の潜行 抄』(西川一三/中公文庫BIBLIO)
『秘境西域八年の潜行』3巻(絶版)を1冊にまとめたもの。

100nenbook■『チベットと日本の百年』(新宿書房)
2001年、西川一三さん、野元甚蔵さんを招いて開催された「日本人チベット行百年記念フォーラム」が収録されている。
▼フォーラムのレポートはこちら(ダヤンウルス)

■その他、チベットを目指した日本人たちについての本は↓の「その他の先人たち」コーナーをどうぞ。
チベットの本のご案内

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2008.02.03

ネパール・ドルポ写真展+「ヒマラヤを越える子供達」上映会(@大阪)

西北ネパール。チベットとの国境にあるドルポ(トルボ)地域の一番奥、上ドルポ(Upper Dolpo)の写真展のご案内。

Inaba稲葉香写真展
未知踏進 遥かなる時を越えて IN NEPAL
2008年2月7日(木)〜2月21日(木)
13時〜22時(最終日は20時まで)・期間中無休
場所/cafe&gallely CHAKRA
大阪市北区菅原町6-12 06-6361-2624
参加費/ドリンク代

★2月11日 16時〜/スライドショーあり(参加費 ドリンク代)
★2月17日/ドキュメンタリー「ヒマラヤを越える子供達」上映会

公式ブログ
「ヒマラヤを越える子供達」(チベットサポートグループKIKU)

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2008.01.06

北京オリンピック目前。亡命チベット人たちが「帰国大行進」でラサを目指す!

亡命チベット人の5団体が、チベット問題の解決を訴える歴史的抗議行動を実行に移すと発表した。3月10日、帰国のための行進がインドのダラムサラを出発。チベットの都ラサを目指す。


1959年3月10日、チベット人たちは中国軍による支配に抗議するためラサで蜂起し、鎮圧された。
49年目の今年、亡命チベット人の5つの民間団体が、チベット問題の存在を国際社会に訴え、北京オリンピックに抗議するための「帰国行進」を計画している。
行進は3月10日の「蜂起記念日」に、北インドにある亡命チベット人の拠点ダラムサラを出発。チベットのラサを目指す。

抗議行進に参加します!という人に、中国政府がチベット帰国の許可を出すとは思えないので、何か面白い手を考えているはずだ。
クライマックスは、いかにチベットに入るか。
あらかじめルートを発表すれば妨害されることは明らかなので、途中からはナイショの旅になってしまいそうだ。
公式発表の行進はダミーで、実は…という可能性もある。
セキュリティが厳しくなるインドやネパール側でなく、ベトナムとか香港とか、まさかの日本とか、意外なルートを取るかも?

Tibetanuprising↓が公式サイト。全世界のチベット人へ参加を呼びかけ中(動画はチベット語)
The Tibetan People's Uprising Movement(英語)

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2007.09.22

中国、落書きしたチベット人中学生40人を拘束。1人負傷、7人が消息不明

チベット人中学生約40人が「ダライ・ラマの帰国」「チベットの自由」を求める落書きをして中国警察に拘束された。
うち暴行により負傷した1人を含む7人の所在が不明。
さすがオリンピックを来年に控えた国だけあって、道徳教育にも熱心だ。


事件が起こったのは、中国甘粛省甘南チベット族自治州のアムチョク・ボラ村(夏河県博拉郷)。
9月7日頃、村の警察署などの壁に、亡命中のダライ・ラマ14世の帰国やチベットの自由を求める落書きが登場。
Ipreviewphp翌日、14歳〜15歳の中学生40人ほどが村の警察署に身柄を拘束された。
※画像は想像図です(笑)

多くは48時間以内に解放されたが、特に元気いっぱいだったと思われる男の子7人は9月10日に、県庁所在地(ラプラン、中国名:拉卜楞鎮)の施設に移送された。うち1人は暴行により負傷していたが、親族による治療の要望は拒否された。その後7人の消息は不明。

Lhasa_city_psb↓事件の第一報は米国の人権団体Human Rights Watchが伝えた。
Teenage Students Held Incommunicado for Graffiti (英語)

↓それを受けて朝日新聞、産経新聞も報道
「チベット独立」落書きで中学生拘束 中国の警察当局(朝日新聞)
「独立」落書きで拘束 チベット族の中学生(産経新聞)

警察の壁に落書きとは、完全に喧嘩売ってるなあ。
いったいどんな落書きなのか、見てみたかった。
もちろん速攻消されたんだろうが、今どきのチベット人中学生だから、一人ぐらい携帯で撮ってたんじゃないかという気もする。

※写真はイメージです(ラサで一番立派なビル、ラサ市公安局)

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2007.09.01

【祝】あのチベットのお祭り日程入り豪華カレンダーが復活!ラサのドペンリンで発売中

かつてチベット土産の定番だった、あのカレンダーが見事に復活した。ラサのNGO系スーベニアショップ“ドペンリン”で2008年版が発売中。

2008calendar_coverそろそろ来年のカレンダーが気になる時期だ(?)。
かつては、某キリスト教系新宗教の陰謀だと影口をたたかれながらも、その商品のクオリティで他を圧倒していたペントク(Pentoc)のカレンダーが定番だったが、ペントクはラサから撤退。ゲストハウスは現在も営業中だが、カレンダーが買えなくなったことは、一部のチベットファンを大いに悲しませていた。

昔の関連記事↓
チベットのお祭り日程入り豪華カレンダー、買うなら週末の"横浜国際フェスタ"へ♪

ラサのペントク・ゲストハウスが店じまい!"光明"の運命は!?【追悼速報】

ペントク撤退後、ヤクのぬいぐるみ等の人気アイテムを受け継いだのが、NGO系の「ドペンリン」(Dropenling)。スタッフも一部重複している。当然カレンダーも…と思いきや、2005年、2006年とその動きはなかった。

昔の関連記事↓
チベット一オシャレなお土産物屋はここだ!…ラサの「ドペンリン」

チベット・ラサ発。新作ヤクの巨大ぬいぐるみが登場!

2008calendar_insideしかし、圧倒的な支持の声が届いたのか、今年見事に2008年版カレンダーが登場
サイズはA4よりちょっと大きく、見開きの片面が写真、片面が暦という、Pentoc製とまったく同じ仕様。ていうか、きっと同じ人が作ったんだろうけど。
ただPentoc製では、チベット暦は祝祭日の記述しかなかったが、Dropenling版では、すべての日付にチベット暦(チベット文字)と西暦・中国暦を併記。祝祭日は、チベットや中国のものはもちろん、欧米各国の祝祭日(Martin Luther King. Jr. Dayとか)からイスラム教のラマダン、日食・月食まで網羅している。網羅しすぎて邪魔なくらいだ。

2008calendar_shotonちなみに来年のチベット暦元旦は2月7日。また中国の春節と同じだ(なぜこんなに度々重なるんだろう?)。北京オリンピックが(無事開催された場合)8月8月から始まり、8/16にガンデン寺のタンカ開帳、8/24に五輪が閉幕し、8/30がショトゥン祭のスタートだそうだ。

ちなみにこのカレンダー、ISBNの記述がはあるが、発行元などはどこにも書かれておらず、連絡先としてオランダの下記サイトのメールアドレスが記されているのみ。たしかPentocも販売許可云々で中国当局からイチャモンをつけられてカレンダーを売れなくなったことがあった。売ってるうちに買っておいたほうがいいかもしれない。

Tibet Calendar2008(英語)
↑カレンダーの画像も見られる。たぶん購入もできる模様。

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2007.07.14

外国人のチベット入域管理を強化?(許可証発行システムが変更)

チベット入域許可証の発行システムが7月から変更になった。一言で言うと「時間がかかるようになった」という、ありがたくない変更。外国人に対する管理を強化しようという方針の現れだろうか?


中国には、許可を取らなければ外国人が入れない地域が少なくない。なし崩し的に自由にはなってきているものの、何を見られたくないのかチベット自治区については入域する時点でまず許可証(パーミット)が必要となり、数カ所の大都市を除いて、さらに別の許可を取らねば旅行できない。

Ttbpermitチベット自治区の入域許可証(通称TTBパーミット)は、チベット自治区旅游局(TTB)という役所が発行している。公式には、外国人がチベット入りするためには必ず許可証取得が必要。陸路でチベット入りする一部のバックパッカーを除いて、旅行会社が勝手に許可証を取得してくれるので、普通は意識する必要はない。手数料はツアーやチケットの代金に上乗せされている。
[写真は許可証の実物(旧フォーマット)。クリックで拡大]

チベット自治区旅游局はラサの他、北京、上海、成都に(他にもあったかも)事務所を設けており、6月まではそれぞれの事務所が許可証を発行する権限を持っていた。しかし、7月から、支局(というのか)は許可証の扱いを止め、ラサの旅游局だけが発行できるようになった。また、有料だったのが無料になった。

自治区旅游局による公告(中国語)6/28付(中国西藏信息中心)
同じく(英語)

たとえば成都の旅行会社で、成都→ラサの航空券を手配する場合、これまでは成都の旅游局で許可証を発行してもらって、航空会社でチケットを買っていた(はず。許可証の現物がなければチケットは買えないのが建前)。
しかし、7月からは、ラサの旅游局に申し込み、許可証の現物がEMSで届いてからチケットを買うことになる。郵送の時間+チベット的のんびりペースで、これまでよりも、待ち時間が長くなる見込みだ。
ちなみに、たしか2001年頃までは、こういうシステムだった。5年ほど逆戻りしたわけだ。

現地ではチョモランマでデモられてしまった事件の影響ということになっている。
許可証が形骸化して、金さえ払えばどんどん外国人を入れていたため、チェックがおざなりになり、ああいうお粗末な事態を招いてしまった、ラサで一元管理しようよ、ということか。

といっても、今までだって、旅行会社、旅游局、航空会社がそれぞれ儲けるため、抜け道だらけだった。新システムでも、きっと何かうまいことやって三方丸くおさまるような仕組みに落ち着くのだろう。あるいは話がついているからこそ新システムに移行できたのかも。

許可証については「2007年に廃止になる」「2008年に廃止になる」と、かなりもっともらしい噂が流れていたが、これでまた廃止への望みは絶たれた。
中国にしてみたら、中国人旅行客だけでチベットは十分潤うんだから、余計な面倒を持ち込みかねない外国人なんて来なくて結構ということなんだろう。オリンピックも控えていることだし。

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2007.06.27

新刊!『天空列車 - 青蔵鉄道で行くチベット』

中国各地とチベットのラサを結ぶ、いわゆる「青蔵鉄道」を紹介した、初めてのちゃんとしたガイドブックが登場!
ていうか宣伝です(^^;
↓amazon.co.jpへのリンク
『天空列車--青蔵鉄道で行くチベット』

Kc3a0001『天空列車 - 青蔵鉄道で行くチベット』
写真/長岡洋幸 文/長田幸康
集英社インターナショナル 定価1680円
ISBN4797671629
という感じ。

メインは写真(by 長岡洋幸)です。
もちろんフルカラー。
圧倒的な自然から豪華な(笑)車内まで、お楽しみいただけるはず。
(後ろのほうにちょっとだけある解説ページだけモノクロ)

文章もいちおう頑張らせてもらってるんだけど、地名表記は色んな妥協の産物。
「トト河」(笑)とか、なんだかよくわからならないままNHKや旅行会社のパンフレットで定着しちゃってる地名は今さら変えるわけにもいかずに。
あとは、鉄道ファンの鋭い指摘がちょっとこわいかも(^^;

というわけで、よろしくお願いいたしますm(_ _)m

※そうそう、「天空列車」てコトバは阪急交通社の登録商標になったらしいですよ。

しつこく関連記事↓
青蔵鉄道の最新式トイレは、たまに逆噴射するらしいよ(笑

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2007.06.26

再びチベット鉄道(青蔵鉄道)@月刊プレイボーイ

Tibet_railway_playboy前号に引き続き月刊『プレイボーイ』2007年8月号(391号)の「チベット鉄道を行く」で拙文が掲載されています(p.114から6ページ)。
前編はただ誉めてるだけでしたが(^^;、後編は社会派入ってます。
とはいえ前編同様「協力=阪急交通社」ということで、明るく話をまとめる方向に持っていかざるをえませんねー(^^;
写真はお馴染み長岡洋幸さんです。

関連記事↓
青蔵鉄道の最新式トイレは、たまに逆噴射するらしいよ(笑

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2007.06.16

チベット人が「聖山」伐採に反発。亜丁自然保護区が閉鎖に

中国四川省南部の景勝地、亜丁自然保護区で、地元のチベット人が聖山と見なしている山の森林を、県政府が観光開発のために伐採。チベット人数百人と作業員の衝突が起き、自然保護区が閉鎖された。
香港の人権団体の情報をもとにした元記事はこちら↓
チベット族、「神の山」伐採に反発=衝突騒ぎで保護区閉鎖−中国四川省(北京発時事2007/06/15-17:28)


Yading四川省稲城県、なんて漢字で書かれているとまるで昔から中国だったかのような勘違いを誘うが、
もともとはチベット・カム地方の一部。
記事中にある山の名前「仙乃日山」も、
変な漢字をあてられてしまっているが、
チベット語でチェンレーシ(現地訛りを音写して仙乃日と表記)、
つまり観音菩薩のこと。
亜丁(チベット名はニェテン)は、観音・文殊・金剛手という
チベットで人気の3菩薩を象徴する3つの山を中心とした聖地だ。
[写真はどっかのチャイナのサイトから適当に拾ってきた亜丁のよくある風景]

Tau_house九寨溝に続けとばかりに近年観光開発に邁進してきた亜丁だが、記事によると今回の森林伐採は「ロープウエーとホテルを建設する」ためだという。
そりゃあたしかにチベット人もこれまでさんざん木を伐りまくって、巨木をふんだんに使った立派な屋敷を建ててきた。
が、1998年だったか、下流の長江で起こった大洪水を機に政府に禁止されて伐るのを(できるだけ)止めたし、
まして聖山には、指図されなくても(おおむね)手をつけなかったものだ。
[写真は東チベットのチベット人の家。石造り+ログハウス風]

当局は6月12日に亜丁自然保護区を閉鎖。
観光客は入れなくなった。
ただそれで一番困るのは、地元のチベット人だろうけど。

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2007.05.12

青蔵鉄道の最新式トイレは、たまに逆噴射するらしいよ(笑

月刊誌『山と渓谷』2007年 4月号に、作家の篠田節子さんが「西寧ーラサ チベット高原鉄道二千キロの旅」というエッセイを寄せている。個人的に懸念していたこと(笑)が実際に起きていたことがわかった。

P1000623『女たちのジハード』などで知られる篠田節子さんが青蔵鉄道に乗ったのは。チベットネタの小説の取材のため。個人でチケットを取るのは無理なので、大手旅行代理店の主催するツアーに紛れ込んだそうである。そのときの模様を4ページにわたって綴っているのだが、プロなので当然おさえるべきポイントはおさえつつ、良い所も悪い所も書いてあって、楽しめる内容になっている。それはともかく——
[写真:列車内のトイレの扉のプレート。チベット風のデザイン]

P1000613私も3月に乗ってきて(成都→ラサ、ラサ→西寧、西寧→ラサ)、期待以上に快適な列車の旅ができることがわかって、ちょっと見直した。といっても、もともとの期待があまりに低かったからであり、与圧のため密閉していて禁煙のはずの車内で警察官が率先してタバコをふかしていたり、ああやっぱり中国だ、的なアラはいくらでも見つかる。機関車はGE製、客車はボンバルディアの技術、と立派なハコを用意したのはいいが、この先ちゃんと運用していけるかどうかだ。新築のホテルがあっというまに朽ち果てていく姿はお馴染みである。
[写真:一等寝台(軟臥)の洋式トイレ。トイレットペーパーはすぐなくなるが、車掌さんがすかさず補充。掃除もかなりマメにやってくれる]

そこで篠田節子レポートのトイレのくだりだ。
「同じツアーの参加者が顔面蒼白で洗面所から戻ってきた。真空式吸引トイレが、何をトチ狂ったか逆噴射して頭から汚物を浴びたとのこと」

P1000614青蔵鉄道のトイレは、新幹線や飛行機のように、ボタンを押すとシュポっと吸い込んでくれる式。
私も最初は、この最新の(?)仕組みが不具合なく動くのか不安だった。日本だって、なぜだか知らないが駅とかのトイレはよく故障している。ましてや中国で、前の人がどう使ったかなんて、わかったもんじゃない。水洗トイレの使い方を知らずに流さない人はよくいるが、それならまだマシなほうだ。
何回か使っているうちに、特に問題もなかったので安心して「FLUSH」ボタンを押すようになったのだが、いやあ危ない危ない(笑)。
でも旅行会社的には、こんなことを注意事項に書くわけにはいかないだろうなあ(^^;
[写真:運命のボタン]

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2007.02.08

青蔵鉄道〜チベットから生中継!@tibetronica by モーリー・ロバートソン

あの?モーリー・ロバートソンが、中国から、青蔵鉄道から、チベットからライブパフォーマンスを続々配信中!

一時期J-WAVEを聴いていた世代の人なら「アクロス・ザ・ビュー」の名パーソナリティとして記憶に残っているはずのモーリー・ロバートソン。最近はPodcast「i-morley」で活躍中だが、現在、話題の青蔵鉄道でチベットへ向かうべく中国に滞在中。旅の一部始終を携帯電話やスカイプを駆使して生中継/Podcast/YouTubeで配信している。

その全貌は⇒「tibetronica」(チベトロニカ) by Morley Robertson

宣伝しようと思っているうちにもう始まってしまったが、もうすぐ青蔵鉄道に乗るところまで来ている感じ。すでに西寧(スラン)、同仁(レプコン)あたりの模様が配信されている。Livedoorのネットラジオを利用したライブパフォーマンスのスケジュールなどもすべて「tibetronica」公式サイトで予告される。ちゃんとポラロイド社がスポンサーになっているプロジェクトで、「i-morley」によると映像はハイビジョンで記録されており、プロのカメラマンも同行。音源や映像が後で色々な形で発表される模様だ。

いやー色んなことができるようになったもんだ。
とりあえず旅の安全と、途中で変な横やりが入らないことを祈る!

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2006.12.25

名古屋にチベット僧♪「日本で唯一のチベット仏教寺院」ではないので念のため。

名古屋市守山区にある日本で唯一のチベット仏教寺院「強巴林(チャンバリン)」に18日、中国チベット自治区から2人の僧侶が到着し、信者らが歓迎会を開いた。来年3月18日まで滞在する。チベット僧侶が外国に長期滞在して布教活動するのは珍しいという。
続きは→「名古屋・守山にチベット僧」(中日新聞06年12月19日)

あーなんか見たことのある顔だな(笑)。
ラサ・ジョカン寺(大昭寺)の僧侶。記事には「次仁(トゥラン)」と書いてあるが、ツェリンだな。そうか、名古屋に来たか!
倶利加羅不動寺のご住職が「大昭寺で修行した」との縁で、今回「日中友好の懸け橋として」ジョカン寺の僧侶2人を招いてくださったそうだ。

このお寺、前々から話題になっており、チベット関係のブログでも度々ネタにされている取り上げられている。住職は、今の中国政府が認定したとされる、チベットで初めての外国人受戒者(どんな種類の戒なのかはわかんないけど)ということで、なんだかとてもコメントしづらい(^-^;
そういえば自分でもネタにしていた。

名古屋にチベット寺院?ポタラ宮殿の中に大昭寺は無いと思うが大丈夫か?>読売新聞(チベット式)

訪問記など、一番真面目に詳しいのはこちら。

噂の名古屋チベ寺(あほケツな日々)

Hiroshima_ryuzoinちなみに中日新聞の記事中の「日本で唯一のチベット仏教寺院」は間違い。
広島に龍蔵院デプン・ゴマン学堂日本別院がある。4人のチベット僧がおり、きちんと僧伽(そうぎゃ、サンガ、修行僧のコミュニティ)としての体もなしている。今年のダライ・ラマ14世来日の際の広島行事をプロデュースした文殊師利大乗仏教会がサポートしている。左の写真は龍蔵院。
文殊師利大乗仏教会・龍蔵院デプン・ゴマン学堂日本別院

いまどき広告だって「唯一」とか「0円」とか言うと問題になるんだから、公器としてはちゃんとウラを取ったほうがいいだろう。
まあ中日新聞には誰も文句は言えないだろーな、と愛知県出身者としては思うわけだが(笑)。
帰省のついでに初詣に行ってこようかな♪

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2006.07.28

青海チベット鉄道、壊れないうちに乗っておこう!

完成したばかりのはずが、もうあちこち壊れている。
中国の建物ではよく見かける光景だ。

開通したばかりの「青蔵鉄道」で地盤沈下

 7月1日に開通したばかりの中国青海省とチベット自治区を結ぶ「青蔵鉄道」で、線路の地盤沈下などの問題が起きている。中国の華僑向け通信社、中国新聞社が28日までに伝えた。
 鉄道省の報道官は、開通後の青蔵鉄道の運行状況は良好だと強調したが、一部の橋などの表面に亀裂が出たことや、砂嵐による被害なども指摘。ヤクが線路上に現れ、衝突の危険があるといったチベット特有の問題も説明した。(北京・共同)
毎日新聞 2006年7月28日 18時08分
http://www.mainichi-msn.co.jp/kokusai/news/20060729k0000m030016000c.html

Yaks_before_namtso数年前からラサ北方の草原にチベット鉄道を支える弱々しい高架が建ち始めた時、
そんなに早く作って大丈夫か?と思ったものだ。
半永久凍土の区間がたしか500kmくらいあるらしいが、
これから温暖化で溶けて地盤が緩むだろうし。

早く乗っておいたほうがいいかもれない。

[画像は線路に侵入したヤク(と同型のもの、たぶん)]

どうでもいいけど、この記事を読んで、「ヤク」って何?と思った人もいるんではないだろうか(^-^;

参考→「聖湖ナムツォにヤクを訪ねて」
  →4コマ漫画"Yakkin"

Bombardierあと、これは青海チベット鉄道の車両に与圧技術を提供している、カナダの航空機メーカー、ボンバルディア社を小一時間問い詰めるバナー(「ちべログ@うらるんた」から拾ってきました)

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2005.12.24

チベット難民ドキュメンタリー『ヒマラヤを越える子供たち』がDVD化される

今も毎年2,000〜3,000人のチベット人が難民となっている。
多くの難民は国境警備が手薄になる冬、ヒマラヤ山脈を歩いて越えて、ネパール・インドを目指す。
その約三分の一が14歳未満の子どもたち。
逃避行に同行して撮影されたドキュメンタリーフィルムがDVD化される。

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『Escape Over the Himalayas ヒマラヤを越える子供たち』は、ヒマラヤを越えて亡命する実際のチベット難民を追ったドイツ製のドキュメンタリーフィルム。
5人の子どもを含む10人の亡命者、そして彼らを導く亡命ガイドの姿を描いている。

というわけで、以上は、以前書いた記事「チベット難民の亡命に同行したドキュメンタリー『ヒマラヤを越える子供たち』が再上映される」の流用だ。
その後、全国で上映会が催され好評を博したあのフィルムをDVD化するプロジェクトが進められている。

チベットサポートグループKIKUでは、
DVD化のための権利購入と日本語版DVD制作費への出資者を募集中。
1口5000円で限定100口。
詳しくは

チベットサポートグループ KIKU "EOTH DVD PROJECT"

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2005.10.30

ラサのペントク・ゲストハウスが店じまい!"光明"の運命は!?【追悼速報】

ラサのペントク・ゲストハウス&レストランが先週、閉店してしまった。
常宿にしていたパッカーも多いはず。
区画整理の一環らしい。

pentoc_closure1前の記事で、カレンダーを紹介したばかりだというのに……。
まだラサにネットカフェなどなかった頃(といっても、そう昔の話じゃない)、
バルコル近くの安宿エリアにあって、国際電話やFAX、カラーコピーがマトモに使えて、夜になればハリウッド映画のビデオが上映される…そんなちょっとススんだスポットだった。中国くささのない点も人気の秘密だったかも。
[写真は公式サイトより。左端に写っているのは、奧にある中級ホテル・シャンバラホテルの入口]

pentoc_closure21階のショップには、おなじみのヤクのぬいぐるみ(Teddy Yak)や指人形をはじめ、それまでのチベットにはなかったセンスのハンディクラフトが並んで注目を集めていた。
まあ某ミッション系ということで仏教に冷たかった点がアレだが、チベットの伝統工芸を応援しようという意図は感じられた。
カレンダーを毎年おみやげに買って帰るというファンも多い。

yakkin_nuigurumiペントクはネット通販もやっていて、何度かお世話になったことがある。スタッフにメールしてみたところ「残念ながらホントに閉店。建物を確保できなくなり、宿も食堂も運営できなくなった。近い将来、何かの形で復活できたらなあ」という返事だった。
ヤクのぬいぐるみの運命は? カレンダーはどうなってしまうのか!?

pentoc_past_calendarsとか長々と書いたわりには、実はペントクは仕方ないと思う(^-^;
仏教に冷たくした仏罰だったりして(^-^;
それより心配なのは、古い建物が並ぶあの一角のフルリニューアルが予定されているらしく、
正式名は何だったかな、「光明」(ウーセル)といえばわかる、あの並びにある昔ながらチャカン(茶館。トゥクパもあるけど)の運命も懸念されているのだ。あ、これだ、これ→光明商店餐館(「中村のチベット茶館」より)。
テーブルに1角札を積み上げてミルクティーで延々粘るチベタン専用の憩いの場がまたひとつ消えていくのか? 要注目。

[この件については何人かの方から情報をいただきました。ありがとうございました!]

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2005.10.24

チベットのお祭り日程入り豪華カレンダー、買うなら週末の"横浜国際フェスタ"へ♪

そろそろ来年のカレンダーが気になる時期だ(嘘)。
チベットのカレンダーといえば定番はペントク(Pentoc)カレンダー!
2006年版もなかなかお勧め。

pentoc2006_coverラサでゲストハウスやハンディクラフトショップを経営するTibet Pentoc Crafts & Tourismが発売している豪華なカレンダー(西蔵人民出版社、ISBN7-223-01805-4)は、毎年楽しみ。写真がキレイなだけでなく、チベット暦の祭日も掲載されていて、英語・チベット語・中国語対応だ。
2006年版もいつもの通り、1カ月一見開きで2006年1月から2007年1月まで。A4より一回り大きなサイズ。写真はなんとTracey Elliot-Reep!(誰?)。

pentoc2006_shotonチベット暦(王暦2133年)の元旦は2月28日らしい。
今年はデプン寺のショトゥン祭が、このカレンダーに掲載された日付とは違う日に行なわれた。というか、カレンダーの日付自体はチベットの伝統的な暦に則っていたのだが、実際のショトゥン祭の行事(大タンカ開帳)が、観光の都合だか何だかで1カ月ずらされてしまった(8月にやりたいんだろうな)。カレンダーによると来年のデプン寺の大タンカ開帳は8月24日となっている。これなら、ずらされないかな?

pentoc2006_innerペントクカレンダーは、Pentoc.comで買える(カード可)。このオンラインショップは何度か使っているが、今のところトラブルはない。メールのレスポンスもいい。
Pentcoc.com
お値段は$12。もちろん送料がかかる。サイトも英語だし、なんとか日本で買えないか?
……というわけで、今週末(10/29-30)、横浜みなとみらいのパシフィコ横浜で開催される「横浜国際フェスタ2005」に出展しているミンドゥリン・プロジェクトのブースで若干数、手に入るらしい。
ずいぶん長い前置きだったが、結局ソレの宣伝でした(^-^;
ミンドゥリン・プロジェクトは東チベットのナンチェン地方で活動しているNGOです。
ミンドゥリン・プロジェクト公式サイト
話題の(?)ヒマラヤのバスソルトなんてのも販売されるらしい♪

pentoc2006_rigpaチベットのカレンダーといえば、ソギャル・リンポチェのところの“Rigpa Tibetan Calendar”もおなじみ。こちらは西暦・チベット暦対照はもちろん、各種ラマの誕生日や記念日、縁起のいい日・悪い日などがこと細かに記されていて、さらに通好み。RigpaSnow Lionなどで手に入る。[写真は2005-06年版に掲載されている有名ラマ一覧のページより]

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2005.05.22

レッサーパンダの風太くんで有名な千葉市動物公園にはヤクがいる

二本足で立つレッサーパンダの風太くんとやらの映像を最近やたらと見かける。
「風太くん」大人気でデートままならず(JNN)動画付き

千葉市動物公園といえば、昨年、ヤク(だけ)を見に行った、あの動物園だ。

しかし変われば変わるもんである。GW真っ直中だというのに全然混んでなかったあの動物園に早朝から行列ができているとは!
これを機に全国のレッサーパンダが二本足で立ち上がるかもしれないな。なんだか『幼年期の終わり』みたいだ。地球を継ぐのは人類ではなくてレッサーパンダだったか。

ここのレッサーパンダはシセンレッサーパンダ。つまり中国四川省周辺の山間部に生息するらしい。四川の山の方といえば、なんだ、ほとんどチベットも同然じゃないか。ジャイアントパンダと同様、勝手に中国の動物にされてしまったわけか。

千葉市動物公園のヤクレッサーパンダのいる小動物ゾーンの裏手、家畜の原種ゾーンには、ややしょぼくれ加減のヤクがいるはず。ついででいいから温かく見守ってあげてほしいものだ♪

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2005.04.26

卵を投げる中国人、石を積むチベット人

反日デモの中国人の皆さんは、どういうわけか生卵を大使館だか領事館だかにぶつけてくれていた。卵というのはそもそも何なのか、あまり考えたことがないのだろう。さすがは都会っ子。ああいう豊かなチャイナの人々が「扶貧」とか「援蔵」とかいって“貧しい”チベット人に手を差しのべてくれているわけだ。ありがたいことである。

チベット人なら卵は投げないだろうと思う。「食べ物を粗末にするのは良くない」というのとは違う。不必要な殺生を嫌う仏教徒としてのメンタリティーが許さないのだ。無精卵とか有精卵とかいう話は別として、これから生命の形を整えようとしているものを食べること自体が、雰囲気的に忌み嫌われる。まあ実際はチベット人も卵を食べるわけだが、腹を満たすという目的があるなら、まだいいのだ。放り投げてつぶしてしまうというのは、食べもしない動物を殺すのに等しい。

卵はともかく、一番活躍した飛び道具はやはり石だろう。ガラスが派手に割れたら楽しそうだし、あわよくば中にいる日本鬼子を傷つけることだってできる。とはいっても、都会っ子だけあって無駄弾ばかり撃っていたようだ。チベットの遊牧民に投げさせれば一撃で仕留めるだろうに。

チベットでは石は積むものだ。

stone1_obo例えば、道の要所要所に、タルチョ(祈祷旗)とセットになった石塚がある。その横を通るたびに、なにがしか真言を唱えて拾った石を一つ積んでいく。巡礼地や峠などでは小山のように石が積まれた塚が、旅人の安全を見守っている。
[写真をクリックすると大きくなります]

stone2_ommaniオムマニペメフムなどの真言やお経を彫った石を「マニ石」と呼ぶ。小石に一文字だけ彫った小さなものから、巨岩に仏像などの彫刻をほどこし色を付けたものまで、バラエティ豊かなマニ石が集まったマニ塚は、チベットの風景に欠かせない。

stone3_dopungただ雑然と積んでいるだけでは芸がない。やがて石の積み方に規則性が生まれ、芸術的といっていいほどのオブジェと化したマニ塚もある。そして、一定の形を目指してマニ塚が作られるようになる。近場に寺院のない草原などに作られて、朝晩のお参りの場所となったりもする。

stone4_chagpori大きければ大きいほど、ありがたい。多ければ多いほど、ありがたい……信仰に情熱を注ぐチベット人の心意気だ。以前ここで紹介したタルチョと同じように、マニ塚も進化する。草原地帯では主に「長さ×キロ」と水平方向に、都市部では「高さ×メートル」「×段重ね」と垂直方向に巨大化する傾向がある。写真はラサにあるマニ塚……というか神仏を描いた石版を整然と積み上げたマンダラ状の石積みだ。ちょっとやりすぎの感もあるが。

というわけで、卵を投げるよりマニ石を積むほうが好き!って方は、画面上でマニ石が積めるサイト「ぱるかん ちゅんちゅん」などはいかがでしょうか(笑)

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2005.03.19

名古屋にチベット寺院?ポタラ宮殿の中に大昭寺は無いと思うが大丈夫か?>読売新聞

「日本では初めてとなるチベット仏教寺院」が建立されたという報道があった。
守山に日本初 チベット寺院(読売新聞3/17、たぶん中部地方限定)
前々からあちこちでネタ話題にはなっていたが、ついに落慶らしい。
寺院そのものについては厄介なのでコメントは避ける(笑)。
とにかく記事の最初にこう書いてあってズッコケた。
nagoya_tibetan_temple
もちろん、ポタラ宮殿と大昭寺はまったく別の場所なので、よろしくお願いします。
あと、
>>チベット仏教では門外不出とされる「大蔵経」
とか、よくわかんないことも書いてあるけど、まあいいや。
万博で人手が足りないとでも好意的に解釈しておこう。
いちおう地元だし。。。

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2005.02.17

「チベットへ行かねば!」と初めて言った日本人、能海寛

チベットに初めて行った日本人といえば河口慧海の名が真っ先に挙がるだろう。しかし、実は“だれが一番か”問題は少々複雑だ。

[“日本とチベット”温故知新シリーズ(?)第3弾。第1弾は矢島保治郎第2弾は寺本婉雅

河口慧海は1900年(明治33年)、ネパールから国境を越えて“チベット”へ入った。これが日本人初の“チベット入り”と普通は思う。
しかし、その前年、前回紹介した寺本婉雅とともに能海寛(のうみ・ゆたか)という僧侶が東チベットのダルツェドを通ってリタン、バタンにまで達している。
現在の四川省・甘孜チベット族自治州に属するこの辺りは、当時“チベット”だったはずだ。
少なくともバタンには中国の実質的な支配は及んでいない。
(中国は「及んでいた」と言い張るだろうが)

また、河口慧海がチベット入りを決意したのは1893年(明治26年)4月だと著書『チベット旅行記』にある。チベットにしか伝わっていない仏教経典の原典を手に入れるためだった。
一方、能海寛はすでに1888年(明治21年)、親友のインド行の送別会でチベット行きの必要を説いている。そして、1892年には「自身入蔵ノ任ニ当ラント決ス」とチベット行きを決意している。この時、24歳。

つまり、総合的に見て、能海寛のほうが“一番だった”というのが能海派(笑)の見解だ。

確かに、何かと河口慧海ばかりが脚光を浴びるんで、「ちょっと待て」と言いたい人が多いのはよくわかる。
チベット入りを目指した日本人10人を追った『西蔵漂泊』著者の江本嘉伸氏もたぶんその一人だ。文章の節々に“能海派”色がにじみ出ている。

で、能海寛は、おそらく雲南のどこかで消息を絶ってしまった。同時代にチベットを目指した日本人のうち、ただひとり志半ばにして帰らぬ人となった。

能海寛は故郷(島根県金城町大字波佐)で今も大切にされている。金城町歴史民俗資料館には能海寛の遺品や資料が展示されているし、1989年には『チベット探検の先駆者・求道の師 能海寛』(波佐文化協会発行)が刊行された。
[参考記事]中國新聞 みち紀行「探検家の心は眠らない」

nomiyutakaそして、2002年に発行されたのが、これ、『まんが 西蔵探検家 能海寛』(波佐文化協会・発行、南一平・画、江本嘉伸・原作&シナリオ)だ(写真左)。
能海寛の生涯を描いた漫画だけでなく、文章による解説や年譜、写真資料も豊富。写真右は『能海寛 チベットに消えた旅人』(江本嘉伸・著、求龍堂)。

[参考記事]
web-さんいん能海寛の生涯漫画に
山陰中央新報「偉人伝は漫画が似合う?」
[たぶんここで買えるんじゃないかな?→]吉田屋書店 おすすめ地域図書

しつこいようだが、チベットを目指した日本人については、以下2冊が定番だ。
『西蔵漂泊』上下巻(江本嘉伸・著、山と渓谷社)
『チベットと日本の百年』(新宿書房)
また、別冊太陽『日本の探検家たち』(平凡社)もカラー写真が多くて楽しめる。

最後に声を大にして言いたい。
たぶん1988年だと思うが、どこかの民放で能海寛を取り上げた番組があった。
西田敏行が能海寛の足跡を追って、四川省だか雲南省だかでロケをしていたはずだ。
確かに見た覚えがあるのだが、ビデオは残っていない。
というわけで、どこかにないでしょうか!?

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